1.無自覚の罪
暗闇の中から、一点の光が瞼を通り抜けて、差し込んできた。その光がだんだんと広がり、目を覚ます。
「やっと、目を覚ましたでちゅ」
ため息まじりに、ヴァリティーユちゃんが呟いた。
……さっき、大変なことがあったような?それにしても、ここはどこだ?ピンクと青を基調にした可愛い部屋。ぬいぐるみだらけ。もしかして、ヴァリティーユちゃんの家か?
「どうやら気づいてないみたいでちゅね。お前は、死んだでちゅ。いや、殺されたと言うべきでちゅか?」
「死んだ?さっき起きた事は、もしかして現実?」
幼女は微笑んで指を鳴らした。映像がフラッシュバックする。
公園のベンチ、幼女の笑い声、そして――。
「「「「「「他の娘に渡すぐらいなら!!」」」」」」
ゆっくりと服をめくってお腹を見る。
そこには六つの刺し傷があった。
「現実…」
「やっと、思い出したでちゅか?」
あの出来事が全部本当だとしたら……何で俺、殺されたんだ?殺すほど、俺が憎かったのか?いや、みんなとはそこまで険悪じゃなかったはずだ。
「えっと、じゃあ……ここは死後の世界ってこと?」
不安を少しでも拭うため、ヴァリティーユちゃんに尋ねた。
「ビンゴでちゅ。ここは死んだ人間が前世の罪を償うために作られた、贖罪の間と呼ばれる所でちゅ」
【贖罪の間】。
しかし、想像してた場所とは全然違う。
だって、クマのぬいぐるみやイルカの抱き枕、ユニコーンまである。完全に子供部屋だ。
やっぱりこども…。
ヴァリティーユちゃんは、わざとらしく強い咳ばらいした。
「こどもじゃねーよ!!でちゅ」
そっぽを向いて拗ねてしまった。あーこれは不味い。
「そうだよね!ヴァリティーユちゃんは子供じゃないよ、もう立派なレディ……って、もしかして心の声が聞こえたりなんて?」
「そりゃもう、ガンガン聞こえてるでちゅよ、『子どもみたいに拗ねた』とか、『生意気な幼女だ』とか――」
えーと、本当にこの子……女神様のようです。
ヴァリティーユちゃんではなく、“ヴァリティーユ様“でした。
「恐れ入りました。ヴァリティーユ…なんとか様」
「クラティア・スワンでちゅ!!」
はい覚えました。以後お見知りおきを。
「…あ、あの、それで俺の罪っていうのは?償いますけど、痛いのはちょっと……」
「お客様の要望にはお応えできません。」
さっきまでの口調が嘘みたいに、突然ロボットボイスになった。
ヤバい、これ以上機嫌を損ねたら大変な目にあいそうな気がする。
「あ、あの、具体的な罪の内容は?」
「それでちゅ!!その、覚えていない事がお前の罪でちゅ。えー、無意識の誘惑――それが、お前の罪でちゅ!」
ヴァリティーユ様は手元の紙をちらっと見て、指を鳴らした。背後にスクリーンが現れ、映像が再生される。
放課後の教室。真中さんと一緒に勉強してる俺。
「真中さん、ここってどう読むの?」
「――白守くん。こんな所で言うのも変なんだけどね……」
真中さんが立ち上がり、真剣な目でこちらを見つめる。
「す、好き!!やっぱり白守君の事が好きなの!!」
距離は数センチ。息づかいが聞こえる。俺もつられて立ち上がり――
「『隙』!?ありがとう!!」
―映像終了―
そうそう、あの時だ。
「隙」って漢字が読めなかった時。隙間って書いてあれば読めたのに。だから俺はバカじゃない。
「……いやバカでちゅ」
「バカって言う方が…いや、そうそう!俺ってばかなんですよね!あはは――」
危なかった。子どもにムキになるとか、大人気ない。俺は大人、そう、大人なんだ。
……あ、しまった。
「子どもじゃねーって言ってんだろボケナスがぁ!次の映像を観ろでちゅ!!」
再び指を鳴らす。映し出されたのは幼馴染のあさひ。雨の日、学校玄関で待ちぼうけしている。
「こんなとこで何してんだ?」
「別に。なんでもない。へー、勉強してるんだ。えらいじゃん」
今日は機嫌、悪そうだな。わかった。さては、勉強したくないからだな…。
「あさひも、そろそろ勉強したほうがいいぞ。一夜漬けで地獄みたろ?」
「うっせ、余計なお世話。てか話してるときくらいこっち見たらどう?下向いてブツブツと……うちのことなんて、どうでもいいんだ(ボソッ)」
あさひはいつも以上に、機嫌が悪いみたいだ。ここは言う通りにしよう。
「わかってる……『隙』だ」
「は?急に何言ってんの??ついにおかしくなった?」
俺はあさひを指さし、もう一度ハッキリ言った。
「『隙』だっ!!」
「――は!?って、マジで?――実は、私も――」
よく見ると、指の先の掲示物に「難しい漢字ランキング」が貼ってあって、そこに『隙』がトップ3入りしていた。
―映像が終わる―
ほら、俺はバカじゃなかった。だって、難しい漢字なんだから。仕方ない。今すぐ書いてみてと言ったら、書ける?書けませんよ。……そうだ、あの後あさひがやけに機嫌良かったけな。
「やっぱりバカでちゅ」
スクリーンが切り替わる。千鳥先輩、百合花先輩、鈴川、下桐――そして公園。光る刃物と、笑うヴァリティーユ様。
「「「「「「他の娘に渡すぐらいなら!!」」」」」」
映像はそこで止まった。
「えっと……つまり俺、何したんですか?」
「なっ!?これを見てもわかんねーでちゅか!?お前それでも男でちゅか!?てか、言葉のイントネーションで察しろ!木偶の坊がっ!!」
マシンガンのような罵倒が飛んできて、ヴァリティーユ様は後ろのぬいぐるみをサンドバッグ代わりに殴り始めた。
こっわ……。
「ふぅ。だから、お前には贖罪の旅に出てもらうでちゅ」
「贖罪の旅?でも俺、死んでますよ…」
ヴァリティーユ様の目が鈍く光り、俺を指さして言い放つ。
「お前はこれから異世界に転生するでちゅ!」
長い間が空く。ヴァリティーユ様は俺のリアクションを待っているようだ。仕方ない、ノッてやるか。
「い、異世界!!...って何です?」
素直に聞いたら、ヴァリティーユ様は椅子から転げ落ちた。もしかして「隙」レベルの常識なのか? これは、是非アンケート取らせてほしい。
「はぁー、普通の男子高校生なら『いやったー!俺の人生勝ち組確定だぁ!めっちゃ可愛い娘と旅の幕開けだーい!』でちゅ」
「はい、ならとても嬉しいです」
「真面目かっ!!」
俺の反応が微妙だったのか、鋭い突っ込みをするヴァリティーユ様。取りあえず、ざっくりとした説明を受けた。どうやら俺はまた生まれ変われるらしい。ただし赤ん坊から。たしか、輪廻転生だっけ?……でも、そこは剣と魔法の世界。魔王っていうやばい存在もいるらしい。さっき楽しいって言ってませんでした?
「理解したようでちゅね...ではっ!異世界に行く前に、まずは無意識の誘惑を行った罰を与えるでちゅ!お前の転生体に軽い呪いをかけるでちゅ」
「呪いスタートか……。あの~、友達が一人も出来ないとかは辞めてくださいよ…」
ヴァリティーユ様は鼻で笑い、顎に手を当てて考える。既に決まってるものじゃないんだ...。適当だなと考えそうになったが、ここは無理矢理振り払う。だって相手は心を読める女神様なんだから。
「決めたっ!罰は『痩せない太った身体』これで決まりでちゅ!!」
明るい声で恐ろしい罰を宣告された。すると、どこからとまなくでた黒い霧が、俺の体にまとわりつき、鏡に映る姿が一瞬ふくよかに見えた。しかし罰の内容に少しホッとした。
「 ふぅ、良かった」
「どんだけ友達いなかったんだよ…変な奴でちゅ」
ボソッと傷つく事をいわれたが気にしない。ここで機嫌を損ねたら、罰が『友達が出来なくなる』になるかもしれないからだ。
「まぁでもすぐ死んだら贖罪の意味もなくなるでちゅ。だからッ!救済措置として『近くの者に【愛】を向けられた時。呪いは解け最強の肉体へと変化』!これで、お前の鈍感も少しは改善するでちゅ。ああ、我ながら天才的な考えでちゅ」
鼻を鳴らして得意げなヴァリティーユ様。愛?最強?なんか凄そう。だが二つとも俺には縁がなさそうな単語だ。ヴァリティーユ様が指先をこちらに向ける。すると、光の粒が俺の体を包み、胸の奥に沈んでいく。体がほんのり熱くなった。
「でも愛って、どうすればいいんですか?自慢じゃないですけど、高校まで一人も友達いませんでしたよ。愛って友達のずっと先にあるものなんじゃ……」
「本当に自慢になってないでちゅ…愛といっても恋愛だけじゃないでちゅ。家族と共に暮らし困難を乗り越え、得られる家族愛、友人と共に学び、共に成長していく、友愛。これ以外にも愛の表現は色々あるでちゅ」
「な、なるほど……」
「それらが、最強へのトリガーとなってるでちゅ。お前は、第二の人生で生前、出来なかった事を一生懸命にやる。これが贖罪の道でちゅ。ま愛なんて簡単には、出来ないんでちゅがね」
第二の生。これが俺の贖罪になるのならやるしかない。
「腹を括ったようでちゅね!最後に言う事はあるでちゅか?」
ヴァリティーユ様はいたずらに笑い、無理矢理締めに入る。
「えっ!? もう!? えっと……異世界を知ってるかアンケートを――」
パンッと指が鳴る音。視界がぼやけていく。体がゆっくりと崩れていくような感覚。
――あ、そうだ。死ぬ前に見た、あの漆黒の髪の女性のこと。聞くの、忘れてた。
呪い常時付与:特定の条件以外では、解除不可
『痩せない太った身体』
-解除条件-
『近くの者に【愛】を向けられた時。呪いは解け、最強の肉体へと変化』




