0.天使と色欲の序章
友愛、恋愛、自己愛、家族愛、偏愛――。
この世にはいろんな“愛”がある。
……けど、それらを無自覚に縛っている人間がいるなんて、そのときの俺は思ってもみなかった。
「え、えっと…これは……?」
「白守君が悪いんだよ。私を裏切って他の女の子達と楽しそうに喋ってるから…」
委員長の真中さんの声が低く震えていた。
「私だけを応援してくれるって、約束したのに」
幼馴染のあさひが、冷たい笑みを浮かべる。
「裏切り者め…その報いを受けてもらうぞ」
千鳥先輩が、剣呑な視線を向けてくる。
「私を騙すとは、いい度胸だことですわね?」
百合花先輩が、優雅に髪を払った。
「今からでも私を選んで下さいよ、先輩♪まぁ、もう遅いんですけどね♪」
派手な後輩の鈴川は甘い声で囁く。
「ひ、酷いです。わ、私はあんなにも白守先輩に尽くしてきたのに」
おとなしい後輩の下桐が、涙目で訴えかけてくる。
――なんでこうなってしまったんだ?頭が混乱していた。とにかく状況を整理しよう。少し時間を巻き戻す。
-放課後-
帰宅部の俺は、いつものように家へ帰る途中だった。
公園を抜けようとしたそのとき、視界の端に“何か”が映った。
中央に、翼が生え、頭に輪っかをのせた――幼い天使?が立っていた。
「んー、どこにあるんでちゅか?ここって聞いたんでちゅが~
あれがないと、仕事が進まないでちゅ...」
ウロウロしている天使のコスプレをした幼女は唸っている困っているようだったので、つい声をかけてしまった。
「・・・大丈夫?」
勇気を出して声をかけたけど、反応がない。
まさか無視された?
いや、ここまで来たら意地だ。
もしかしたら、この子が危ない目に遭うかもしれない。そっと肩をつついた。
「うひゃぁ!!なんだお前、もしかしてあたちを攫いにきた悪魔でちゅか!?」
「え、えっ?ち、ちが…」
幼女がファイティングポーズを取る。目をギロリと光らせ、喧嘩上等って感じだ。敵意がないことを伝えるために、俺は鞄を下ろし、両手を上げた。完全降伏のポーズ。
「ごめんね。何か困っている様子だったから…さ」
「…ならいいでちゅ」
しばらく俺をジーっと見つめたあと、興味をなくしたように本題を話し出した。
「お前!!喉がシュワッとして、おでこの辺りがキリッとする飲み物を知っているでちゅか?」
「うん、知ってるよ」
「はぁ、やはり知らんでちゅか。…んんっ!知ってると言ったでちゅか!?」
……どうやら、炭酸飲料を探していたらしい。
子供らしい理由に、肩の力が抜けた。
俺は幼女を近くの自動販売機まで案内した。
「ここだよ――」
「おおっ!?これでちゅ!これでちゅ!!うしっ、褒めてやるでちゅ。光栄に思うでちゅよ!」
光栄……ね。なんか生意気だけど、ここは年上としてノッてあげるべきだろう。
「ありがたき幸せ!帰りはお気を付けください...えー、お姫様?天使様?」
目的も果たしたし、もう一人で帰れるだろう。正直、これ以上一緒にいるのは、世間的にちょっとヤバい気がする。
……と思ったら。
「待ていッ!!」
後ろから甲高い声。反射的に振り返る。
「人間、この細長い箱からじゅーちゅは、いつ出てくるんでちゅか?」
飲み物を買って、公園のベンチに座った。どうやら自動販売機の使い方わからなかったみたいだ。
仕方なく、ベンチに座って一緒に飲むことになった。
「ぷはぁ!うんまい!!これでちゅ、これでちゅ、シュワッと喉で弾けて、脳みそがキーンと冴える…これぞ、人間が作りし悪魔の代物でちゅ!!」
「よ、良かったね…」
お金は、もちろん俺が出した。どうやら何も持っていなかったらしい。まぁ、いいけど。
「いよっし、喜べ人間!この女神ヴァリティーユ・クラティア・スワンが、お前の願いを一つ叶えてやるでちゅ!!」
意気揚々と語るヴァリティーユ?ちゃん。名前からして、日本人ではないみたいだ。ヴァリティーユ・クラティア・スワンちゃん…覚えられるかな?
「お、おー」
とりあえず機嫌を損ねないように、パチパチと手を叩いておいた。
「ふっふっふっ…こんなこと滅多にないでちゅよ。お前は幸運のラッキー、ラッキー人間でちゅ」
すごく楽しそうな、ヴァリティーユちゃん。
仕方ない、ここは年上のお兄さんが、渾身の演技というものを見せてあげよう。
俺は、膝をついて祈りのポーズを取り、仰々しく乞い願った。
「ああ、ヴァリティーユ・クラティア・スワン様。私の願いはただ一つ。世界の平和です。この世に争いがなくなりますようにと。どうかこの願いを、欲深く愚かな人間の願いを…お叶えくだされ……」
「……きもいでちゅ」
あっさり言い放つ幼女。
うん、早く帰ろう。全力疾走で帰ろう。きっと、過去最高記録を叩く自信がある。
「はぁ……まぁ、叶えてやるでちゅ――いや……」
ヴァリティーユちゃんの言葉が途中で止まる。次の瞬間、公園を囲む木々がザワザワと揺れた。不思議な空気が広がる中、ヴァリティーユちゃんが神妙な顔をする。
「お前、今日死ぬでちゅ」
え?
今、なんて言った?
「おっ。来たでちゅよ」
「来た?…何が?」
公園の入口から、制服姿の女子が6人。うつむきながらゾンビみたいに歩いてくる。
あれ?何処かで見覚えが…?
あれは――。
顔がはっきり映る。俺の唯一の友人たちだ。しかし、どこか様子がおかしい。俺と幼女が座っているベンチを、包囲する。
「ッくくくく…」
隣のは、俺の方をみて口が歪む。お腹をおさえ笑いを堪えている様子だ。
「キャーキャキャキャ♪お前の人生、面白すぎでちゅ!ヤバ過ぎでちゅ!カッーカカカ♪
鈍すぎて…ク、ケッーケケケケ♪」
せき止めていた水が一気に流れるかのように笑い始めるヴァリティーユちゃん。
笑いすぎでしょ……。とりあえず、隣に座っているヴァリティーユちゃんを紹介しよう。
「えっと、この子はヴァリティーユちゃんって言って女神様なんだって――」
ピキッとどこから、岩が割れるような音がした。
まずい、今変なことを言ったか?
いやでも、ヴァリティーユちゃんは実際に、自分の事を女神だって言ってし、それをそのまま紹介するのが筋で――。
思考がグルグルと周り、正解が導き出せない。
「ヴァリティーユちゃん?そう――まだいるんだ」
真中さんが意味深に頷く。
まだいる?何が?
「えっと…そう、ヴァリティーユちゃんは自動販売機の使い方を知らなくてね、今どきめずら──」
頬を何かがかすめた。血がたらり。
「また違う女を惑わそうとしてるんだ?ううん、白守くんは悪くない。悪いのは白守君の善意を利用しようとしてる女。待ってて、直ぐに解放してあげるから」
真中さんの声は優しい。でも目が死んでる。違う女?また?理解が追い付かない。
「隣に座ってる――」
「幼馴染としての警告しておくよ。冗談は今、一切笑えない。うちがそういうの、嫌いなの知ってるでしょ?そっか、他の女と遊んで忘れたんだ」
あさひが狂気に笑う。
もしかして、真中さんと、あさひには見えていない?隣に座っている、ヴァリティーユちゃんが。
「なるほど…合点がいったでちゅ。あたちが視えている理由が…」
ブツブツと呟くヴァリティーユちゃん、次に、からからと笑い始める。もしかして何か知っている?
「ん?ああ……骨は拾ってやるでちゅ。次の人生計画して、安らかに死ぬでちゅ…って安らかにはどうみても無理そうでちゅけどプックックックッ♪」
相変わらず意地悪な事を言うヴァリティーユちゃん。安らかに死ぬ?なぜ?彼女たちに恨まれるような事は一切してないはずだ。
「貴様には心底失望した。楽しかったか?心を弄ぶのは?しかし、そうだな、貴様の行いを許してやる…この胸の痛みに耐えれたらだがな」
千鳥先輩が青筋をたて、怒りを露わにした。
「はぁ、貴方にはがっかりですわ。私との純潔の契約。覚えていますわよね?破却したと言うならば、血を流すことは、避けられませんわね」
百合花先輩が、優雅に、荒々しく宣告する。
「弄ぶ!?純潔の契約!?それって映画の話とかですか?」
あまりにも的の外れた言葉に、ピキッピキッと岩がかち割れた音がした。
「あーあ。将来、先輩と田舎でのんびり暮らして子供は5人ぐらいのプラン立ててたのにな~。.叶えられないなら、先輩なんて要・ら・な・い♪」
派手な後輩、鈴川が歌うように言う。
「わ、私の格好よくて真面目で、優しい先輩。そ、そんな、私の...私だけの先輩...そんな先輩が、他の女と…嘘嘘嘘嘘ウソウソウソうそうそ...」
おとなしい後輩、下桐が、独り言のように呟く。
じりじりと距離が近づく。よくみると、彼女たちの手にはいつの間にか、光る鋭利な得物が。
「え、えーと、何か誤解してるだけです。落ち着いてみんなで話を
「「「「「「他の娘に渡すぐらいなら!!」」」」」」」
瞬間
お腹、胸、背中に、異物のような物が入り込んできたのを感じた。一瞬の出来事だったので、何が起きたかも分からない。だんだんと暗転していく視界。
横を見ると、ヴァリティーユちゃんが笑っていた。そして、その背後に――漆黒の長い髪の女が微笑んでいた。誰だ……?




