第八章 海外スイーツとの出会い
港町の市場。
陽射しに照らされる石畳を歩いていたシモーヌは、ふと一つの屋台の前で足を止めた。
木箱に並ぶのは、見たこともない艶やかな果物。黄金色に輝くもの、宝石のように赤いもの、奇妙な模様をまとったものまである。
「こちらは南方の大陸で採れる果実でしてな。名は──」
異国の商人が口にした果物の名は、シモーヌの耳にはまるで音楽のように響いた。だが、あまりに耳慣れない言葉で、一度では聞き取れない。
それでも直感した。
この果物を使えば、きっととんでもなく素敵なスイーツが生まれる、と。
自国伝統の焼き菓子に、この瑞々しい果実を組み合わせれば……誰もが驚く味になるに違いない。
シモーヌの青い瞳が、きらりと光を帯びる。
「……語学を、学ばなくては」
その決意は、一瞬で固まった。
◇◇◇
そのころ、王城の一室では。
「シモーヌ様が、海外の言語を学び始めた? ……これは怪しいですね」
女官長ミレーヌが、眉間に皺を寄せていた。
前回、王家乗っ取りの疑いをかけて大騒動になったことなど、すっかり棚に上げているらしい。
「海外商人と親しげに会話していたという報告もございます。国外と通じている証拠では?」
「……ふむ。では、彼女の動向を密かに探らせましょう」
ミレーヌは即座に密偵を差し向けることを決めた。
一方そのころ、シモーヌは机に向かっていた。
広げた紙に、外国語の文字をびっしりと書きつけている。
「この単語は“甘い”……。では、これは“苦い”。ふふっ、覚えるのが楽しいわ」
彼女にとって外国語はただの学問ではなかった。未知なるスイーツへの扉そのものである。
食への探究心を原動力に、シモーヌは驚くべき速さで言葉を覚えていくのだった。
シモーヌは日ごとに語学力を高めていた。
学び始めて一週間足らずで、果物や菓子に関する単語はすらすら口にできるようになり、さらに数週間後には、外国商人とぎこちないながら会話を交わせるほどになっていた。
「この果物は、どのように熟すと甘みが増すのですか?」
「ふむ、木から落ちる直前が一番良い。色が濃くなるのを目印にするといい」
商人が答えると、シモーヌはきらきらと目を輝かせ、せっせと手元のノートに書き留める。
学ぶ喜びと、未知なるスイーツへの探究心が、彼女を突き動かしていた。
◇◇◇
一方そのころ、シモーヌを監視していた宮廷の密偵たちは頭を抱えていた。
「報告いたします。今日もシモーヌ様は外国商人と接触しました。しかし……」
「しかし?」
女官長ミレーヌが鋭い視線を向ける。
「延々と果物の熟し方について語り合っておりました」
「……は?」
「その後も菓子の焼き加減、砂糖を加えるタイミング、クリームの泡立て方について……。一時間以上」
「そんなもの、隠れ蓑に決まっているでしょう!」
ミレーヌは唇を吊り上げるが、密偵たちの表情は困惑そのものだ。
毎日毎日、報告に上がるのはスイーツの話ばかり。
どうにも“陰謀”らしきものは見つからない。
「……これは高度な暗号に違いないのです!」
ミレーヌの強弁に、密偵たちは渋々うなずくしかなかった。
◇◇◇
その間も、シモーヌはまったく意に介さず学び続けていた。
「なるほど、この単語は“酸っぱい”の意味……。ふふっ、これで味の表現は一通りそろったわね!」
甘味、酸味、苦味、塩味──。
料理や菓子に欠かせない言葉を覚えることで、彼女の語学力は驚異的な速さで伸びていく。
やがて、海外果物の輸入に必要な書類を自ら読み書きできるほどに成長していくのだった。




