第六章 女官長ミレーヌの誤算
王宮・女官長室。
「……ええ、リュシエール嬢はまるで毒でしたわ、だから宮廷から追い出しましたの」
ミレーヌはさも武勇伝を語るように紅茶を口に運びながら、隣に座る若い侯爵令嬢へと視線を向けた。
ミレーヌは女官長としての職務のほか、宮廷内の人物の縁談を取りまとめる世話焼きに奔走している。
表向きは「宮廷内の縁付きをよくするため」だったが、実際は自分の権勢を増すための人的ネットワーク作りにすぎない。
ミレーヌは紅茶を口に運びながら、隣に座る若い未婚の侯爵令嬢へと視線を向けた。
「あなたに紹介したい方がおります。リュドミール大公の次男です」
リュドミール大公といえば、大貴族である。
侯爵令嬢はぱあっと顔を輝かせたーーこの人的ネットワークこそが、ミレーヌの真髄である。
しかし侯爵令嬢は曖昧な笑みを浮かべ、明らかにその目は迷っていた。
「でも……その、リュシエール様のお話を伺うと……なんだか怖くて。その、リュシエール様は王子妃として宮廷に招かれたのに、自分で去られたとか……」
「あれは、あの娘が王子の資産狙いのあばずれだったからです。あなたならば私の「教育」も受けているので安心ですよ」
「しかし、リュシエール様は宮廷を去った後に領地を繁栄させているとか。」
「ふふ。領地を繁栄、ね。現実をご覧なさい? 女がひとりでやっていけるほど、貴族社会は甘くないのです。だから私は――導いてあげているのよ」
甘く囁くその声は、いつしか“恩着せがましい”を通り越して、支配の香りをまとっていた。
令嬢が去った後、家令が封書を携えて入ってくる。
「何よ、これは…」
女官長ミレーヌは、堅苦しい背筋を伸ばしたまま、震える指で報告書を読み返していた。
彼女はかつて、シモーヌを追い出した女官たちの筆頭だ。
「……また、バルトン領の支援依頼? 民間から直接?」
「はい。各地の貴族夫人や商会から、“あのスイーツの流通拡大を”との声が、次々と――」
「スイーツ、スイーツって……!」
机を叩き、ミレーヌは立ち上がる。
その表情には、怒りと焦り、そして何より“理解できない”という動揺があった。
「あの子は、王子殿下に取り入ろうとしていたのよ。あれは演技だったはず……! なのに、なぜ……」
「……今や、“王家にふさわしい令嬢は誰か”という議論の中で、最有力候補と見なされております」
「なっ……」
そう、かつて彼女が“追放に等しい扱い”で王宮から遠ざけた少女――リュシエール・シモーヌ。
彼女の名は、今や国中で称賛される存在になっていた。
***
ある日、王宮に一つの品が届けられた。
白銀の箱。丁寧に包まれたリボン。
中には、バルトン領から贈られた“秋の新作スイーツ”と手紙が入っていた。
だが、それは王家宛でもなく、宰相宛でもなかった。
宛名は――「女官長ミレーヌ様」。
「えっ……私に?」
震える手で封を開けたミレーヌの目に飛び込んできたのは、優美な文字で書かれたメッセージ。
『拝啓 ミレーヌ様
その節は、お世話になりました。
至らぬ私をご指導くださったこと、今では心から感謝しております。
お口に合うか分かりませんが、スイーツは人の心を和らげる力があると信じております。
どうか、王宮でのお疲れが少しでも癒されますように。
バルトン領より、敬意を込めて
シモーヌ・リュシエール 』
シモーヌにとっては単に季節の挨拶の贈答品だったのだが、ミレーヌはそこに完璧な礼儀と、底知れない余裕を見出した。
「……っ、この……小娘が……!」
スイーツを握り潰しかけたその瞬間、執務室の扉がノックされた。
「女官長殿。王妃陛下が、女官の再編について話があるとのことです」
「……再編?」
「“民との橋渡しに向いた人材”を求めているとか。リュシエール嬢のような――」
言い終わる前に、ミレーヌの膝がカクンと崩れた。
その場に倒れ込みそうになった彼女を支えたのは、若い女官だった。
「大丈夫ですか? 女官長様……?」
その顔には、少しの同情と、隠しきれない“安心”の色が浮かんでいた。
つい数ヶ月前まで、「田舎育ちの金目当て令嬢」と蔑んでいた少女の手によって――
ミレーヌは、自らの立場を根底から覆されていったのだった。




