第二章 「金目当て」の烙印と決別
王宮での暮らしは、シモーヌの想像していたものとはまるで違った。
豪華な食卓には確かに甘い菓子が並ぶ。
だが、それを前にしても心はちっとも弾まなかった。
「……あのケーキ、ひと口食べたら幸せになれるのに。なのに、どうして誰も笑っていないのかしら」
長い晩餐会。
テーブルに座る令嬢たちは、にこやかに談笑しているふりをしながら、目だけは鋭くシモーヌを射抜いていた。
「下級貴族の分際で、殿下に近づくなんて」
「殿下のお心を利用して王家を乗っ取る気なのよ」
背後で聞こえる陰口は日常茶飯事。
部屋に戻ればドレスに汚れを仕込まれ、靴は隠され、召使いには冷たくあしらわれる。
それでもシモーヌは、できるだけ笑顔で花や菓子の話をした。
「お花畑を広げれば、きっと王都の人たちも心が和むと思いますわ」
「このマドレーヌ、焼きたてをみんなで食べれば、絶対仲良くなれるはずです」
だが返ってくるのは嘲笑だけ。
ある日、決定的な一言を浴びせられる。
「どうせあなたは――金目当てなのでしょう?」
シモーヌの胸が、ずきりと痛んだ。
(……金目当て……。そうかもしれない。だってお金があれば、お菓子も花畑も増える。人を幸せにできるって信じているから……)
それは彼女の夢そのものだった。
けれど、嘲るように吐き捨てられると、まるで醜い欲望のように聞こえてしまう。
シモーヌはそっと笑った。
だが、その笑顔は涙に濡れていた。
「わたし……ここにいるべきじゃないのね」
翌朝。
シモーヌは王子への辞退の言葉を残し、王宮を静かに去った。
抱えているのは小さな荷物だけ。
花柄のハンカチに包んだ手作りクッキーと、薄い外套。
(スイーツとお花畑があれば人は幸せになれる……そう信じてきたけど、ここでは違うみたい。だったら、わたしは――)
行くあてもないまま、王都の外れへと歩き出す。
冷たい風が頬を撫でたとき、彼女の前に馬車が止まった。
「……お困りかな、令嬢」
低く穏やかな声。
その主こそ、郊外に領地を持つ――バルトン男爵だった。




