第5章 上篇B · 領主の召見
第5章・上篇の続きになります。
今回は、いよいよ伯爵邸に到着し、豪奢な屋敷と正門での「公開処刑」シーン、
そしてライオンの潜入開始までを描きました。
ハイシンの恥ずかしさ全開の様子と、ライオンの軽妙な潜入劇をお楽しみください。
第5章 · 領主邸(到着)
馬車は夕闇の中を進み、城下の中央を抜けていった。
関所は幾重にも重なり、槍を構えた兵が立ち並ぶ。
鉄門が一つ開くたびに、背後では重々しく閉ざされる音が響き、まるで罪人を檻へ押し込むようだった。
ハイシン(白忻)は座席に縮こまり、耳まで真っ赤にして震えていた。
「ううぅぅ……これ歓迎じゃない……完全に囚人護送コースじゃん! 関門ごとに圧が上がってくるぅぅ……!」
やがて、最後の門を越えた先――
侍従が帷幕を上げると、視界が一気に開ける。
そこに広がっていたのは――宮殿と見紛うほどの豪奢な邸宅。
高くそびえる拱門には黄金の浮彫がびっしりと刻まれ、帝国の鷲と獅子が誇らしげに睨みを利かせている。
紅玉を敷き詰めた大階段は、炎のように正門から広場の中心まで伸び、
白大理石の柱は天へと突き上げ、三人がかりでも抱えきれないほどの太さ。
壁面には色鮮やかなステンドグラス。そこから洩れる燭光は、邸全体を炎のように照らし出す。
両脇の噴水は一斉に水を噴き上げ、夕闇に虹色の光を撒き散らしていた。
「わ、わあああああっ!!」
ハイシンの瞳は奪われ、口は勝手に開ききる。
「な、なにこれ!? 完全にアニメで見る大豪邸じゃん! 目が潰れるレベルのド派手さぁぁぁ!」
彼女は思わず馬車の縁に身を乗り出し、田舎者丸出しで叫んでしまう。
侍従たちは無表情を崩さぬまま、口元だけ僅かに引き攣った。
会長は冷ややかに一瞥し、氷のような声を落とす。
「控えろ。今のお前は、食い尽くされる獲物そのものだ。」
「ひぃぃぃ! ちょっと感動しただけなのに! でもマジで目がおかしくなるレベルでキラキラしてんだよぉぉ!」
ハイシンは耳まで真っ赤にして縮こまる。
――
会長は静かに周囲の装飾を見渡し、眉をひそめた。
(……王都の宮殿よりも煌びやか。三年間の余分な予算……やはり噂は真実。
ライオンが言った通り、この屋敷は金を呑み込む黒い穴だ。)
侍従の胸甲に刻まれた金の文様を睨み、指先を固く握り締める。
(本来は辺境の民を守るべき金……無駄な虚飾に費やすとは。)
ハイシンが「わあわあ」と呆気に取られている横で、会長の瞳は冷ややかに光り、心の底で結論を下していた。
(――この宴はただの宴じゃない。伯爵、やはり裏がある。)
第5章 · 領主邸(正門)
馬車が止まる。
侍従が恭しく扉を開き、手を差し伸べる。
ハイシン(白忻)の頭は「ぼんっ」と真っ白になり、座席に固まったまま動けなくなる。
胸を必死に押さえ、耳まで真っ赤。
「ひぃぃぃ……これ、降りろってこと!? ぜ、全員の視線がこっちに集中してるんじゃん!」
会長は先に降り、黒いブーツを紅玉の階段に響かせる。
冷たい声だけが振り返らずに落ちてくる。
「降りろ。」
「ひぃぃぃ……っ」
ハイシンは脚を震わせながらも引きずられるように降りる。
裾は階段に広がり、雪白の布地が燭光を反射して――まるで光の帯が刑場へ引かれていくようだった。
彼女が一歩踏み出すごとに、重苦しい視線が突き刺さる。
紅玉の大階段の両脇には騎士と侍従が整列。
冷ややかな目、好奇の目、そして隠しきれない熱っぽい視線までもが、彼女を一斉に射抜いていた。
「う、うわあああ……! これ、レッドカーペットじゃない! いや違う、これ処刑台に続くレッドカーペットだよぉぉ!」
ハイシンは肩をすぼめ、胸を必死に押さえる。
だがその仕草がかえって胸元のラインを強調し、貴族たちの視線がいやらしく揺れる。
会長が横目で鋭く睨みつけると、その場の空気が一瞬にして凍りつき、囁き声も止んだ。
――
ついに最後の段へ。
厚く黒金で装飾された大扉が、侍従たちの力でゆっくりと開かれる。
鎖の軋む「ぎぃぃ……」という音は、鐘の音のように胸を圧し潰す。
次の瞬間、光と音が一気に溢れ出した。
燭火が煌めき、音楽が流れ、
中にはすでに貴族と冒険者の首領たちがひしめき合っていた。
絹と宝石が舞い、ざわめきが一斉に止み、全ての視線が――入口の二人へと注がれる。
ハイシンの顔は真っ赤に燃え上がり、脳内で絶叫が弾ける。
「う、うわあああああっ!! みんな見てる! 全員見てるじゃん! これ、マジで死ぬぅぅぅ!!」
会長は背筋を伸ばし、氷のような眼差しで会場全体を圧する。
その凛然たる姿は、まるでこの場を支配する者であるかのよう。
縮こまるハイシンと、威圧する会長。
その対比は、瞬く間に全場の視線をさらっていった。
第5章 · 潜入者の歩み(ライオン視点)
華やかな灯りに包まれた領主邸の正門。
黒金の大扉は厳重に守られ、兵士たちが整列し、槍の穂先が火光に冷たく光る。
まるで鉄壁、正面から突破する者など瞬時に串刺しだ。
ライオン(ライオン・ミロス)は遠目にその光景を眺め、口端をわずかに吊り上げた。
(正門から突っ込むなんて……死体を片付けてくれる人がいない限り無理だな。
俺、命を粗末にする趣味はねぇんだよ。)
黒髪を揺らしながら、彼は踵を返し、裏手の暗い路地へと消えていく。
裏門に回れば、景色は一変していた。
正門の厳重さが嘘のように、数人の兵士は木杭に凭れ、酒瓶とサイコロを散らかしている。
二人はすでに泥酔し、ひとりは地面に大の字になって鼾をかき、鎧の留め具まで外していた。
「……おいおい、天国かよ。」
ライオンは思わず苦笑し、肩を竦める。
「勤務中に泥酔、しかも堂々と寝転がれるなんて……羨ましいぜ。俺も転職して門番になりたくなるわ。」
口笛をひとつ吹いてみる――誰も起きない。
「チャンスを無駄にする手はないな。」
金色の瞳が暗闇で鋭く光り、狐のように静かに壁際を滑る。
眠りこける兵士たちは夢の中。
ライオンは二歩で塀を越え、影のように滑らかに着地した。
裏庭の陰に身を潜め、木箱を取り出す。
中に収められていたのは、きっちり折り畳まれた上等な黒のスーツ一式。
彼は迷いなく手早く着替え、暗行の装束を脱ぎ捨てる。
最後の銀のボタンを留めると、窓ガラスに映る姿へと眉を上げて笑った。
「ふふん……完璧。今から俺は小貴族の従者だ。」
袖口を軽く叩き、背筋を伸ばす。
表情も一変し、優雅さを纏った別人のような気配を漂わせると、
何食わぬ顔で燭光の満ちる廊下へ歩みを進めていった。
――ライオン、領主邸に潜入完了。
第5章 · 潜入者の歩み(続き)
裏庭の影でスーツのボタンを留め、ライオン(ライオン・ミロス)は満足げに口角を上げた――その時。
「……おい! 誰だ、お前! ここで何をしている!?」
しゃがれた声が闇を裂いた。
振り向けば、一人の兵士がふらふらと歩いてくる。
顔は酒臭く、足取りは危ういが、目だけは酔いが醒めたように鋭く、手は腰の剣柄に伸びていた。
(ちっ……面倒なタイミングで出てきやがって。)
ライオンの頭に悪態がよぎる。
(こんなの、物語なら後半のピンチだろ。なんで着替え直後にテスト開始なんだよ。)
だが彼は一歩前に出て、舌打ちし、上から目線の声を張った。
「やっと戻ったか? お前の仲間は犬みたいに酔いつぶれてたぞ。
危うく大事を台無しにするところだった。俺が尻拭いしなきゃならなかったんだ。」
兵士は目を細め、唸るように問う。
「……お前は?」
ライオンは心底うんざりしたように睨み返し、鼻で笑った。
「酔って記憶飛んだのか? 俺は子爵家の従者だ。今夜はご招待を受けてここにいる。
後門の管理まで俺にやらせる気か? お前の仲間、地べたで寝てるぞ。正門に回されたら恥を晒すところだったな。」
兵士は思わず振り返り、鼾をかきながら寝転ぶ同僚を見てしまう。
その隙を逃さず、ライオンは冷ややかに追撃する。
「この件、上に報告してもいいんだぜ? 『当番中に酒で泥酔』ってな。明日には首が飛ぶぞ。」
「や、やめてくれ!」
兵士は慌てて剣から手を離し、顔中に冷や汗を浮かべた。
「貴族家の従者様でしたか……とんだ誤解を……!」
ライオンは鼻を鳴らし、袖口を整えると、何事もなかったように大股で通り過ぎる。
(……危なかった。だが酔っ払いの脳みそなんざ、酒粕より柔らかい。俺様の天才的アドリブで乗り切ってやったぜ。)
口元に余裕の笑みを浮かべ、狐のような目で廊下の奥へと消えていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
伯爵邸に足を踏み入れたハイシン、そして屋敷内部に忍び込んだライオン。
次回はいよいよ「伯爵の演説」から物語が大きく動き出します。
更新予定は【本日20時】です。
ぜひ続きも読みに来てください!
――つづく




