第5章 上篇A · 領主の召見
今回は、ハイシンとカイチョウが領主邸に向かう馬車のシーンから始まります。
緊張感たっぷりの雰囲気をお楽しみください。
第5章 · 領主の召見
公会の門前には、すでに二台の漆黒の馬車が待ち構えていた。
銀の縁取りが施された覆い、扉には煌めく伯爵家の紋章。
石畳に響く蹄音は、冷ややかな警告のように街にこだまする。
白忻は、その時すでに雪のように白いドレスを着せられていた。
薄布はほとんど透けるほど軽く、胸元のカットは心臓のすぐ上まで深く落ち込んでいる。
彼女は無意識に両手を胸の前で交差させて隠そうとした――だが、その仕草が逆にラインを強調してしまう。
「う、うわあああ……っ! これドレスじゃない、処刑服じゃん! これじゃあ街のみんなに丸見えじゃないのぉぉぉっ!」
耳まで真っ赤に染まり、まるで競売に出される兎のように縮こまるハイシン。
アレン(アレン)は剣を抜き、一歩踏み出す。憨厚な顔には不安が濃く刻まれていた。
「俺も行く! 彼女を一人で宴に向かわせるわけにはいかない!」
カイオウ(カイオウ)は杖を支え、眉間に警戒の皺を刻みながら低く言った。
「彼女の状況では、厳重な監護なしに行かせるのは危険すぎる。」
だが、従者はあらかじめ用意されたように、静かに答えた。
「伯爵様のご命令は、会長殿とハイシン様のみをお招きする、とのこと。他の方はご同行できません。」
空気が一気に張り詰める。
第5章 · 宴会の途
馬車は石畳の上をごとごとと揺れながら進む。
厚い帷幕が市井の喧騒を遮り、残るのは車輪と蹄のリズムだけ。
まるでこれから始まる対局に合わせて打ち鳴らされる拍子のようだ。
白忻は胸元を必死に押さえ、車内の隅で小さく縮こまっていた。
顔は青ざめ、声も震えている。
「う、うわあああ……っ! 本当にあの領主に会うの? これって社畜が社長面談に呼び出されるのと同じじゃん!」
会長は斜めに座り、冷たい瞳を向ける。
声は氷刃のように鋭く、しかし落ち着き払っていた。
「ロデリック・フォン・グランデール。北境伯爵、四十五歳。かつては帝国の名将。だが今は――貪欲、好色、無謀、その代名詞だ。」
その言葉は一字一句、刃のごとく冷徹。
「黒曜級に匹敵する武勇を今なお保っているが、心はすでに権勢と私欲に蝕まれている。」
ハイシンは目を丸くし、舌を噛みそうになった。
「う、うわあああ!? そんな奴、完全に悪役じゃん! 私みたいな見習いが行ったら、羊が狼の巣に突っ込むのと同じでしょ!?」
会長の視線が一閃し、瞳には冷たい炎が宿る。
「だから今夜、絶対に覚えておけ。一言も勝手に喋るな。一挙手一投足も勝手にするな。すべて私に従え。」
ハイシンはさらに小さく縮こまり、スカートの中に顔まで埋めた。
「ううぅぅ……これ宴会じゃない……公開処刑だよぉぉ……」
馬車は揺れながら城へと進み、夕陽に染まった領主邸の塔が遠くに影を落とす。
第5章 · 宴会の途(続き)
車内に沈黙が落ち、聞こえるのは石畳を軋ませる車輪の音だけ。
ハイシン(白忻)は我慢できず、そっと窓の外を覗いた。
そこに見えたのは――鎧を着た兵士の二列。
馬車を挟み込むように整列し、槍の切っ先が夕陽を浴びて冷たく光っていた。
まるでいつでも振り下ろせる断頭台の刃のように。
ハイシンはぶるっと震え、慌てて窓から引っ込むと膝を抱え込み、頭を埋める。
「ううぅぅ……これ宴会じゃないよ……完全に法廷に連行される罪人コースじゃん……」
会長は相変わらず背筋を伸ばし、冷然とした声を落とす。
「伯爵が最も得意とするのは、舞踏会だと錯覚させることだ。
実際には、すでに盤上の駒にされている。」
ハイシンの顔は青ざめ、さらに震え上がる。
両手でスカートを握りしめ、半泣きで叫ぶ。
「ひぃぃ! じゃあ私はチェス盤の……いちばん弱いポーン!? 一手で食われて消えるやつじゃん!」
その時、馬車が大きく跳ねた。
ハイシンの身体は思わず前に投げ出され、危うく会長の胸元に飛び込むところだった。
慌てて両手を突いて体を支えると、耳まで真っ赤に染まる。
「う、うわああ! ご、ごめんなさい! わ、私、飛びつこうとしたわけじゃないから!」
会長は視線を落とし、淡々と吐き捨てる。
「座れ。誰にも、お前の狼狽を見せるな。」
「ひぃっ……」
ハイシンは小さくなり、胸を抱えて必死に座り直す。
心臓は爆発しそうなほど暴れていた。
――
遠くに、夕陽を浴びて燃えるように赤く染まった領主邸の塔が、その威容を露わにし始めていた。
第5章 · 宴会の途(会長の回想+ライオン視点)
馬車はごとごとと揺れ、ハイシン(白忻)は隅で「処刑服社死」と小声で泣き続けていた。
だが会長は返事もせず、細い窓の隙間から外を見つめながら――思考は朝の出来事へと遡っていく。
朝 · 公会長室
扉が開く音。
軽快な足取りで、一人の少年が入ってきた。
「やあ~、お噂はかねがね。会長殿。」
黒髪の下に光る金色の瞳。その光は、炎のように不安定で危険な輝きを帯びていた。
会長の眉がぴくりと動き、心臓が一瞬止まりかける。
――源律大魔法師。
伝説に語られる存在。世界の根源と対話できた者たち。
その瞳こそ、金色だった。
「……まさか。」
会長は心を凍らせ、表情に出さぬよう必死に押し殺す。
この時代、源律を語る書は禁忌として封じられ、知る者などほとんどいない。
もしこの秘密が暴かれれば、帝国も教国も狂気に陥るだろう。
だが少年は何も知らぬ風を装い、気楽に笑った。
テーブルに鉄の徽章を滑らせる。金の文様がきらめく――宰相直属の密偵の証。
「任務は単純さ。伯爵が今夜、あの娘を屋敷に招くそうだろ? 俺にとっては潜入の絶好機ってわけ。」
声は気怠げ、だが言葉の刃は鋭い。
「宰相は気付いたんだよ。北境の財政、三年間で他都市の二、三倍の額が流れてる。
だが戦もなければ魔物の群れもない。――金はどこに消えた? 答えは一つ、伯爵が飲み込んだ。」
会長の瞳は鋭く細まり、低く問う。
「……つまり今夜、屋敷に忍び込むつもりか。」
少年――ライオン(ライオン・ミロス)は口元を吊り上げ、目線をさりげなく彼女に滑らせる。
黒い外套が描く曲線に喉がごくりと動いた。
(……この女、冷たいだけじゃない。反則級に艶めかしい。)
慌てて視線を逸らし、軽口を装って声を落とす。
「顔を硬くするなよ、会長殿。今夜もし事態が荒れたら……協力してくれ。邪魔はするな。
それなら俺たちは一緒に伯爵を丸ごとひっくり返せる。」
嫌悪が胸を刺す。しかし徽章は本物、身分は疑いようがない。
「……口が軽い。信用に値しない。」
ライオンはさらににやけ、まるで狐のように笑った。
「俺を舐めるなって。ふざける時はふざけるが……命懸けの仕事では一度も失敗してない。」
会長は口を閉ざし、胸の奥に警戒を深く刻みつけた。
馬車 · 現在
揺れる車内。ハイシンは相変わらず「処刑服社死」と呻いている。
会長の瞳は影に潜む何かを探りながら冷ややかに光る。
(――金色の瞳。源律の残滓。そして宰相の密偵。
この少年……決して信じきるわけにはいかない。)
指先が強く握りしめられ、心に冷たい決意が走った。
(もし源律が絡むのなら……この世界の盤上は、思っていた以上に速く動き出している。)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
更新予定は【本日の午後3時】ですので、ぜひ続きも読みに来てください!
――つづく




