第19章 B 静寂の報酬
みなさん、こんにちは。
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少しでも楽しんでいただけたら幸いです
数日後。
ハイシンとアレンはようやく帰路についた。
北境要塞を後にし、海港都市を経て、峡谷を越え、
さらに広大な平原を横断する。
風と砂と、疲れきった馬蹄の響きが交じり合い、
旅はあまりにも長く、時間の感覚さえ曖昧になっていった。
やがて、遠くに見慣れた天際線が浮かぶ。
高くそびえる城壁、回る風車の軸音、そして麦の香りを運ぶ風。
――フウゲン城。
馬車が北門の前で止まると、ハイシンは勢いよく地面に飛び降り、深呼吸をした。
懐かしい草の匂いと潮の匂いが混じる空気。
思わず大きく背伸びし、腰から背筋をぐいっと伸ばして微笑む。
「ん~~~っ」
細い吐息と共に、うっとりした声がこぼれる。
「Home sweet home……やっぱりここが一番落ち着く~」
アレンはその様子に小さく笑い、
肩の剣を整えて促す。
「行こう。まずは報告だ。」
北門をくぐると、二人は一瞬だけ足を止めた。
この石畳の通りは、あまりにも馴染み深い。
酒場の前で眠るオレンジ猫、鍛冶場の火花、
そして屋根の間を流れる風の音――
すべてが「戦い」という現実を遠く感じさせた。
ハイシンがぽつりと呟く。
「この音、この匂い……夢みたい。」
アレンは穏やかに微笑んだ。
「夢は覚めても、この街は消えない。」
冒険者ギルドの重いオークの扉を押し開ける。
――ギィ。
その音と同時に、ざわついていた大広間が一瞬静まり返る。
次の瞬間、誰かが叫んだ。
「帰ってきたぞ! ハイシンとアレンだ!」
まるで石を投げ込まれた湖のように、場が一気に沸騰する。
テーブルが叩かれ、ジョッキがぶつかり、歓声が広がる。
「おおっ! 生きてたのか!」
「北境の化け物に食われたかと思ったぜ!」
ハイシンは群衆に囲まれ、慌てて両手を振る。
「ちょ、ちょっと! 押さないで!」
アレンは知り合いの冒険者たちに肩を叩かれまくり、
苦笑しながら耐えていた。
その喧騒の中、落ち着いた声が階段の上から響く。
「これはずいぶん賑やかだな。」
皆が道を開ける。
老魔導士カイオウが杖を鳴らしながらゆっくり降りてくる。
青い瞳が二人を見つけ、柔らかな光を宿した。
「お前たち……やっと戻ったか。」
言葉には叱責の響きがあったが、その奥には深い安堵があった。
「長く帰らぬものだから、嵐に呑まれたのかと思ったぞ。」
ハイシンは舌を出して笑う。
「ほらね~、ちゃんと生きて帰ってきたでしょ。」
カイオウは頷き、杖の先を軽く光らせた。
「無事ならそれでいい。さあ、上がってこい。」
――応接室。
午後の光が大きな窓から差し込み、
銀の茶器と繊細なテーブル模様を照らしていた。
旅の埃はまだ落ちきらず、空気にはほのかな薬草の香りが漂う。
ハイシンは柔らかなソファに沈み込み、脚を組んでだらけた姿勢のまま、
対面に座るアレンの真面目な横顔をじっと見る。
「……ほんと、座ってるだけで真面目オーラ出るよね。」
悪戯っぽく笑いながら身を乗り出し、彼の頬を指でぐりぐり。
「うわっ!? ハ、ハイシン!?」
アレンは飛び上がりそうになり、顔が真っ赤になる。
「ははっ、反応でかすぎ~!」
ハイシンは両手を広げ、しれっと言う。
「そんなに固い顔してたら、こっちまで緊張するじゃん。」
「そ、それは……礼儀というか……!」
アレンは視線を逸らし、耳まで真っ赤。
ハイシンは顎に手を当ててわざとらしく頷いた。
「うんうん、やっぱり“聖人”キャラだね~。」
アレンは小さくため息をつく。
「お前って本当に落ち着かないな。」
「落ち着いたらカビるでしょ。」
そう言った瞬間、外から足音が響き、
扉が開かれた。
淡銀の法衣を纏うセリア・アインハルトが入ってくる。
その表情には隠しきれない緊張と安堵が入り混じっていた。
二人の姿を見つけた瞬間、彼女は深く息を吐く。
「……よかった。
長かった……もう二度と戻らないかと思った。」
ハイシンが茶化すように笑う。
「会長、もしかして毎日祈ってたとか?」
セリアは睨みながらも、口元に笑みを浮かべる。
「口が減らないね。――さあ、座って。」
彼女は卓に手を置き、会長らしい落ち着いた声に戻る。
「北境の報告を聞かせて。」
アレンはすぐに姿勢を正し、丁寧に報告を始めた。
「銀翼小隊は全員、暗影の欠片によって完全に魔化。
海港都市ギルドが情報封鎖を行い、
我々は遺跡で二体の魔人と交戦、これを撃退し、転送陣を破壊しました。」
室内に沈黙が落ちる。
セリアは指先で机の縁を撫で、かすかに眉を寄せた。
「……銀翼は、全滅か。」
その声音に、失った者を悼む痛みが滲む。
冷静な仮面の下にある哀しみを、ハイシンは見逃さなかった。
短い沈黙の後、セリアは顔を上げる。
「分かった。よくやった。
あの状況でこれ以上は望めないだろう。」
声が少し柔らかくなり、
「――それと、知らせがある。」
ハイシンが目を瞬かせる。
「まさか、また任務とか?」
セリアは薄く笑う。
「いいえ。報酬よ。」
「え、報酬!?」
ハイシンが素っ頓狂な声を上げる。
「帝国王都からの通達だ。
昨夜、水晶塔を通じて使者から連絡があった。
陛下自ら、お前たちの功績を称え、褒賞を授けると。」
アレンが驚いて目を見開く。
「陛下が……直々に?」
ハイシンはぽかんと口を開け、すぐに跳ね起きた。
「え、マジで!?」
セリアは頷く。
「数日後、帝国の使者がフウゲンに到着する。
二人を王都まで護送する手はずだ。
――メアリーの件は、私が責任を持って伝える。」
その名を聞いた瞬間、ハイシンの笑顔が少し翳った。
「……メアリー、今どうしてる?」
セリアは声を和らげる。
「心配いらない。生きてる。
ただ……あの出来事の傷は深い。癒えるには時間がいる。」
ハイシンは静かに頷き、小さく「うん」と呟いた。
アレンは彼女の肩にそっと手を置き、何も言わなかった。
部屋の中には再び静けさが戻り、
薬草茶の香りがふわりと漂う。
窓の外では初夏の風がカーテンを揺らしていた。
セリアはゆっくりと言葉を続ける。
「使者が来るまでの間、ゆっくり休みなさい。
準備を怠らぬように。」
ハイシンは肩を落として嘆く。
「せっかく帰ってきたのに、また遠出かぁ……」
アレンは微笑んで返した。
「でも今回は、戦場じゃない。」
ハイシンは一瞬きょとんとしてから、
ふっと笑った。
「……そうだね。」
陽光が三人を包み込み、
穏やかな時間が流れる。
遠くで鐘の音が響き、風に乗って街を巡る。
――そして、物語は次の旅路へと静かに踏み出す。
――第19章 終
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