第15章 B · 宰相の依頼
みなさん、こんにちは。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです
——西境草原街道 · 午後
拠点を出れば、真っ直ぐに延びる石畳の大道。太陽は強烈に照りつけ、海風は塩気を運び、砂塵を巻き上げる。ライオンの披風ははためき、金の瞳は左右の草むらを警戒していた。
「ふぅ……港町まではあと数刻か。今回は順調……」
言いかけた瞬間、一台の馬車が正面から走ってきた。黒塗りの車体に帆布を掛け、馬蹄の音は急き立てられたように乱れている。ライオンは一瞥するにとどめ、そのまま歩を進めた。
だが——
「シュッ!」
御者の鞭が空中で鋭い鉤へと変わり、ライオンの顔面めがけて襲いかかる!同時に幕がめくれ、黒衣の刺客が二人飛び出し、短剣を閃かせて襲撃してきた。
「ふん!」ライオンの瞳孔が収縮し、身体が疾風のように閃き、三つの殺気を紙一重で躱す。石畳には擦過の痕が連なった。
間合いを取り、金の瞳に冷光を宿しながらも、口調はいつもの軽さを失わない。
「ふむ、この準備は大したもんだ。さあ——誰に雇われた?」
黒衣の刺客たちは答えず、獣のように唸って斬りかかる。
「ちっ……話の通じない連中だ。」ライオンは口元を歪め、手をひねった。
——光明の魔力が瞬時に凝縮。
眩い閃光が掌から炸裂し、白光が空気を切り裂いた。草原のカラスが一斉に飛び立ち、刺客たちは悲鳴を上げて目を押さえ、動きが鈍る。
「今だ!」
ライオンは地を蹴り、残像と化す。短剣に電光が奔り、交錯する閃きが血飛沫を描いた。二人の刺客は声を上げる暇もなく石畳に崩れ、血が広がる。
残るは一人。御者はすでに手綱を放り、車の影で震えていた。
「まだやるか?」ライオンは一歩ずつ迫り、刃から魔力の稲妻が「ジジ」と音を立てた。金の瞳が鋭く光り、声は静かにして残酷だった。
馬車は煙を上げ、屍が二つ転がり、血と土が混じり鼻を刺す匂いを放つ。ライオンは短剣を収め、最後の一人を冷ややかに見据えた。
刺客は全身を震わせ、目は泳ぎ、汗で短剣を握る手が滑りそうだ。素人同然、雇われただけの小物だと一目でわかる。
ライオンは心の中で冷笑した。
「これが手札か、殿下?こんな雑魚を送り込むとは。」
一歩ずつ近づき、殺気が覆いかぶさる。夕陽に照らされた瞳は氷刃のごとく冷たかった。
「さあ言え。誰に命じられた?今なら命は助けてやる。」
刺客は震えながら「お、俺……」と口にしたが、恐怖に足が砕け、膝をついて叫んだ。
「王女だ!リヴィアナ殿下のお達しで……すぐに……」
言葉の途中、ライオンの口元に意味深な笑みが浮かんだ。
「やはりな。」
殺気を収め、軽く手を振る。
「行け。今日は運が良かったな。」
刺客は信じられない表情で見上げ、仲間の死体を一瞥し、命拾いに狂ったように駆け出す。
しかし数歩も行かぬうちに——
「ジッ!」
銀白の電光が大気を裂き、投げられた刃が後頭部に突き立つ。刺客は悲鳴もなく前のめりに倒れ、土煙を上げた。
ライオンは鼻で冷たく笑い、雷光の刃を収めた。
「安心しろ。俺は逃がすとは言ったが、生きてとは言ってない。」
金の瞳が冷ややかに輝き、皮肉げな声が草原に響いた。
「まだ盤は始まってもいないのに、王を盤上にさらすとはな。賢者は笑い、愚者は喝采する……そして自分だけが勝ったつもりになる。残念だな、殿下。」
披風を翻し、ライオンは再び港町へ向けて歩み出す。風が鳴き、烏が空を旋回し、この短い暗殺劇に弔鐘を鳴らしているかのようだった。
——数日後 · 港町
午後の陽光に照らされ、港町の姿が地平線の彼方に現れた。高くそびえる灯台が空を突き、白帆の船団が停泊する埠頭は人声で満ち溢れている。商人の掛け声、駱獣の嘶き、海鳥の鳴き声が入り混じり、喧噪ながら壮大な交響曲のようだった。
ライオンは披風を翻し、繁栄の街並みに目を細めて小さく呟いた。
「ふぅ……さすが港町だな。王都より活気がある。帰りにはのんびり歩き回るとしよう。今は——まず任務だ。」
人混みを抜け、地図を頼りに冒険者ギルドへと向かう。
——冒険者ギルド
重厚な樫の扉を押し開けると、広間は熱気に包まれていた。数十人の冒険者が長卓を囲み、壁には任務票がずらりと並ぶ。銅灯の明かりに照らされ、荒々しくも熱い空気が満ちていた。
ライオンは迷うことなく受付へ進み、笑みを浮かべて軽く身を傾けた。
「お嬢さん、その美しい笑顔で大広間がさらに輝いていますよ。ところで、会長殿はいらっしゃるかな?」
受付嬢は一瞬驚いたが、すぐに口元を緩めて首を振った。
「お上手ですね。会長はおりますが、まず目的を教えていただけますか?」
ライオンは肩をすくめ、声を落としながら鋭い眼差しを向けた。
「宰相の命令だ。会長に直接話す必要がある。」
「……宰相」その言葉を聞いた瞬間、受付嬢の顔色が変わり、すぐに会客室へと案内した。
——会客室
やがて重い足音が近づき、扉が開く。大柄で顎髭をたくわえた男が姿を現した。港町ギルド長、ボルドである。
「宰相からの使者と聞いたが?」声は低く、眼差しは警戒を帯びていた。
ライオンは立ち上がり、身分証を示して一礼する。
「そうだ。ライオン・ミロス、宰相の命により来訪した。今回の依頼は、ネクソス島へ向かう船の手配だ。」
ボルドは目を細め、しばし黙考してから頷いた。
「承知した。ただし数日は要する。最近は船の調整が逼迫している。」
ライオンは笑って肩をすくめた。
「構わない。待たせてもらうさ。」
ボルドは顎に手をやり、探るように問うた。
「せっかくだ、率直に聞こう。宰相は何を調べさせている?」
ライオンは一瞬黙し、低声で答えた。
「暗影の欠片だ。南や辺境で人間の魔化や魔人の活動が相次いでいる。宰相はネクソス島にも兆候があると疑っている。」
その言葉に、ボルドの目が鋭さを増し、呼吸が重くなる。
「……奇遇だな。実は先日、外来の冒険者隊が北方遺跡で欠片を埋め込まれ、暴走した。銀翼パーティーと名乗っていたが……市中を混乱させ、ようやく鎮められた。」
室内に一瞬、燭火の音だけが残る。
ライオンの瞳に閃光が走った。
「銀翼小隊……やはり暗影か。これは厄介だな。」
ボルドは低く告げる。
「暗影を調べるなら、北方遺跡に行け。あの事件の現場だ。まだ痕跡が残っているはずだ。」
ライオンは指先で机を軽く叩きながら思案する。
「……確かに。あそこなら何か見つかるかもしれない。」
ボルドはさらに言葉を続けた。
「実は数日前、他の外来パーティーもそこへ向かった。暗影を追っているそうだ。急げば合流できるかもしれん。」
「外来パーティー?」ライオンの眉がわずかに動く。
ボルドは思い出すように顎を撫でた。
「三人組だったな。大柄な若い剣士と、白髪の少女……服装が妙に異国風で、一目でよそ者だと分かった。その剣士が呼んでいた名は……『白……何とか』……思い出せん。」
空気が凝りついた。
ライオンは身を乗り出し、低く問う。
「……ハイシンか?」
ボルドは目を見開き、すぐに頷いた。
「そう、それだ。知り合いか?」
沈黙ののち、ライオンの口元に薄い笑みが浮かぶ。
「知り合いどころじゃないな。」
脳裏に、伯爵邸で火光に照らされ、必死の眼差しを向けてきた白髪の少女が蘇る。
「……やっぱり、お前か。」
ボルドは気にも留めず続ける。
「北門から東北に数時間行けば、臨時拠点がある。そこから転送陣で前線要塞に飛べる。急げば追いつけるだろう。」
ライオンは披風を整え、軽快に笑う。
「船を待つより先に遺跡を見て回るとしよう。もし彼女たちに会えれば、手間も省けるしな。」
その足取りは、先ほどよりも早まっていた。
燭火が背後で揺れ、ボルドはその背を見送りながら思案げに目を細める。
一方ライオンの胸には、任務以上の期待が静かに燃えていた。
「ハイシン……あまり俺を待たせるなよ。」
城門を出ると、ライオンは心中で算段を巡らせる。
「……もし遺跡で彼女たちに追いつけたら、面白くなる。」
足元に魔力が走る。
【流風加速】——周囲の空気が渦を巻き、疾風が身体を押し出す。草原の露を吹き上げ、銀の筋が朝陽の下にきらめいた。矢のように駆け抜ける姿は、田畑も丘も瞬く間に置き去りにする。
だが草原の果てには、まだ見慣れた影はなかった。
「ちっ、空振りか……」
ライオンは手首を振り、気に留めずに北境の拠点へと踏み入った。
——北境前線 · 臨時拠点
拠点の石壁は粗末で、門前の衛兵二人がすぐに歩み寄った。
「来たのは何者だ?」
ライオンは腰の徽章を示し、簡潔に答える。
「宰相直属。任務——北境要塞へ向かう。」
衛兵は顔を引き締め、すぐに頭を垂れた。
「宰相麾下でございましたか。どうぞこちらへ。」
石畳の先、広場中央に鉄籠のような石台がそびえる。符文が走り、魔力がわずかに脈打っている。ここが臨時の転送陣だった。
ライオンは石台に上がり、思わず雲に覆われた北境の空を仰いだ。今にも大地を呑み込むような陰鬱さが広がっている。
魔導士の詠唱と共に、光紋が足元から広がっていった。
——北方要塞
視界が重なった瞬間、耳を打ったのは「ガァン!」と鋼の響き。
迎えの号角ではなく、刃と刃がぶつかる音だった。
要塞の城壁では兵士たちが険しい表情で一方向を見つめている。灰色の空の下、遺跡の奥から大地を揺らす轟きが聞こえてくる。それはまるで戦鼓のように鳴り響いていた。
ライオンの眼が鋭く細まり、迷うことなく城壁を駆け上がる。風が耳を裂く。
「……嫌な気配だ。」
言葉を残すより早く、彼は身を躍らせた。披風が宙で大きくはためき、両足が泥に深く突き刺さる。水飛沫が弾ける。
立ち止まることなく、彼は遺跡の方へ駆け出した。
草原が矢のように後方へ流れ、鋼の衝突と怒号が風に混じって一層大きく響き、彼を急かすかのようだった。
——北境遺跡 · 黄昏
ライオンは全力で走り抜け、石柱の影が視界に迫る。胸が高鳴り、空気は不吉な圧に満ちていた。
遺跡の門口にたどり着いた刹那、耳を裂く咆哮が轟く。
「アァァァァァ——!」
独角魔人の声が廃墟に反響し、狂気と怨嗟が混じる。ライオンの足が止まり、眉間に皺が刻まれる。
「……何が起きた?」
その瞬間、空が黒く沈んだ。黒き力が奔流となって天から叩きつけられ、中庭を直撃する。大地は揺れ、石片が弾け飛び、轟音が空気を震わせた。
ライオンの瞳孔が縮む。逡巡もなく、廃墟へ身を投じた。
——そして、目にした光景に息を呑む。
独角魔人は片隅に倒れ、鎧は砕け、血に塗れて息も絶え絶えだった。その前に立つのは、艶やかな肢体に黒翼を広げた女——サキュバス。背後で黒霧が蠢き、瞳には妖しい紫光が瞬いている。
対峙するのは、見慣れた三つの影。
メアリーは折れた石柱に寄りかかり、胸を押さえて痛みに耐えている。アレンは力尽きたように地に伏し、剣を握り上げることすらできない。ハイシンもまた横たわり、治癒の痕は新しく、息は浅く弱い。
ライオンの胸が激しく締め付けられる。
サキュバスはゆるりと振り返り、新たな来訪者に唇を歪めた。糸のように艶やかな声が、氷の冷たさを孕んで響く。
「ふふ……また一人、英雄気取りの騎士様が来たの? 人間は愚かね。一人倒れれば、また一人が突っ込んでくる。前仆後継、笑わせるわ。」
指先に黒焔が踊り、艶やかで残酷な声が空気を撫でる。
「さあ、その血と魂を私に捧げなさい。天国と地獄を同時に味わわせてあげる……」
ライオンは何も返さなかった。
ただ頭を上げ、妖艶な影を真っ直ぐに見据える。その瞳から放たれる殺気は鋭い刃となり、黄金の光が冷たく燃え上がる。
空気が軋む。
次の瞬間、新たな戦いが始まろうとしていた。
——第十五章 · 終
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
みなさんの応援が、次の物語を書く大きな力になります。
もし気に入っていただけましたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
次回更新:10月09日 09:00 JST
どうぞお楽しみに!




