第14章 B 独角の魔人
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——北境古代遺跡 · 中庭
厚い煙はまだ晴れず、断壁の影が灰色の空に揺れている。地面の裂け目から冷たい風が漏れ、まるで死者の呻きのよう。
魔人はゆっくり赤い目を上げ、瞳に狩りの光を宿す。
「残るは……お前一人だ。」
ハイシンの背が硬直し、手足が冷たくなる。視界の端には倒れ伏すアレンとメアリー。胸が震えた。
「うわわわ……私に止められるの? まだ新人なのに!」
恐怖で喉が乾くが、それでも歯を食いしばり、足を無理やり踏みしめた。
次の瞬間、黒霧が歪み、魔人の姿が空間から裂かれるように殘像を引き、目の前に迫る。長槍が閃き心臓を狙う。
「っ!」
ハイシンは本能で風の魔力を走らせ、体を疾風で持ち上げて辛くも槍尖をかわし、反射的に火球を投げつけた。炎が煙を赤く染める。
「ドン、ドン!」
火球は長槍で斬り裂かれ、火花が散る。魔人は冷笑し、黒霧を足元に渦巻かせる。
「怖いのだろう? その震える目が全てを物語っている。」
言い終えるや攻撃が加速する。槍影が幾重にも重なり、空に数十の軌跡を描く。ハイシンの心臓が高鳴り、ただ本能でかわし続け、よろめきながら距離を取る。
「はぁ、はぁ……このままじゃ……」冷汗が額を伝う。
彼女は両手を地面につき、魔力を走らせた。土の槍が突き出て魔人の胸元を狙う。
「無駄なあがきだ。」
魔人は鼻で笑い、殘像となって風に巻かれるように飛び上がり、瞬時にハイシンの頭上へ現れた。
「!?」
ハイシンが顔を上げると、赤い瞳しか見えない。慌てて雷光を集め、腕に電弧が走る。
だが魔人は機会を与えない。掌を握り、風圧を極限まで圧縮し、実体のような風球を放つ。
「死ね!」
「——雷閃!」
ハイシンは必死に雷光を張るが、電弧は一瞬で砕け、次の瞬間、風球が胸を直撃した。
轟音が響き、世界が白く飛ぶ。胸に裂けるような痛み、肋骨が砕ける感覚、呼吸が止まる。
「ああっ——!」
彼女は叫び、血を吐き、気流に吹き飛ばされ断壁に叩きつけられた。石が崩れ、彼女を半ば埋めた。
灰塵が舞い、血と焦げた匂いだけが残る。
ハイシンは全身を震わせ、石板を掴み、痛みで視界が滲む中、必死に意識をつなぎとめる。
「ダメ……まだ倒れられない……アレン、メアリー……待ってる……」
魔人は掌を下ろし、冷たい笑みを浮かべ、赤い瞳に狩りの光だけを残す。
「所詮、その程度か。」
ハイシンは断壁の前に叩きつけられ、呼吸は破れたふいごのように浅く速い。胸は激しく上下し、吸うたびに針で刺されるような痛みが走る。唇からこぼれた血が、灰白の石板に鮮紅の線を描いた。
魔人は厚い塵煙を踏み分け、ゆっくりと近づいてくる。赤い瞳が嗜虐に光り、長槍は地を引きずり、その金属音が神経を逆なでする。
「やはり……人間は脆い。」
彼は冷酷に笑い、低く囁く。「絶望にもがく様は……実に愉快だ。死ね。」
槍尖が持ち上がり、倒れ伏すハイシンへと冷光が走る——その瞬間。
「ギャンッ!」金属が弾けた。
アレンが身を投げ出して割り込み、巨剣で長槍を弾き上げる。火花が宙に散った。彼の眼差しは鋭く、荒い息が血と汗に混じる。
「彼女には指一本触れさせない!」
言うや、掌に魔力が湧き、炎が瞬時に凝集する。アレンは咆哮し、灼熱の火球を魔人の面前へ叩きつけた。
「ドオオ——ン!」
爆炎が中庭に咲き、熱風が残柱を焦がしてきしませる。魔人は完全には捌ききれず、顔面を焼かれながら数歩押し戻される。黒霧が逆巻き、怒気が海のように沸き立った。
アレンは荒く息を吐き、振り返る——瓦礫の中のハイシンは、瞳がかすみ、口端から血泡が零れ続けている。あの生意気で生き生きした表情は消え、残るのはかろうじての意識。
「ハイシン……!」
胸の奥で何かが切れ、理性が炎に呑まれる。双眸が赤く染まり、巨剣が高く掲げられる。
「化け物が……叩き斬ってやる!」
アレンは怒涛の踏み込み。剣閃は疾風怒濤、振るうたびに火光と衝圧が走り、かつてない重さが刃に宿る。
魔人は鼻を鳴らして受けるが、剣圧は山のように重く、ぶつかるたびに腕が痺れる。
「こいつ……急に——!」
「ドガン!」
最後の一撃に全てを叩き込むと、魔人は受け止めたものの弾かれ、遺跡の壁へ吹き飛ぶ。石が砕け、塵が再び爆ぜた。
風が唸り、戦場は刹那の静寂に沈む。アレンは剣を握り締め、胸を荒く上下させたまま、燃える視線を向け続ける。
「ギィン! ギィン!」
巨剣と長槍が何度も噛み合い、火花が散るたびに石屑が雨のように落ちる。アレンの怒号と金属の轟きが中庭を満たし、振るう一撃ごとに空気が裂ける。
その狂瀾の剣影の陰で、メアリーは腹の激痛に顔を歪めつつ身を起こす。冷汗がこめかみを伝い、震える指で巻物を取り出し、歯を食いしばって詠唱。淡い光が立ちのぼり、傷口は閉じ、出血は止まる。だが力は抜け、立つことすらおぼつかない。
「はぁ……まだ……ダメ……せめて……彼女だけは……」
メアリーは膝と掌で血と瓦礫の床を這い、ようやくハイシンの傍へ辿り着く。
ハイシンは荒い呼吸で胸を波打たせ、衣は血に染まり、顔は紙のように白い。メアリーは一目で悟る——自分より遥かに危険だ。
「ここで死ぬな……ハイシン。」
すぐに二枚目の巻物を取り出し、胸元へ強く押し当てる。光が奔り、彼女の全身を包む。
遠くで地鳴りが轟く。メアリーが顔を上げると——
アレンはほとんど狂気と化した速度で剣を振るっていた。温厚な剣士の面影は消え、浮き上がる血管、獣のような息。巨剣は振るたびに烈火を引き、石板を叩き割る。「ドン! ドン!」と大地が震え、魔人は後退を強いられる。
「……あの男、ここまで出力を——」
メアリーの掌が冷たくなる。
巻物の光が染み渡り、ハイシンの呼吸はわずかに整う。震える睫毛が揺れ、曇った瞼が細く開いた。
「……メアリー……無事……なの……?」
掠れ、途切れ途切れの声。
メアリーは身を屈め、肩を押さえ、滅多に見せない厳しさで言う。
「動くな。あなたの方が重症。黙って私に任せて。」
ハイシンは焦点の合わない目で、なお腕を上げようとする。巻物の光がその頬を淡く照らし、危ういほど儚い。
——遠くでは、アレンの咆哮と剣影がなお続き、遺跡そのものを裂かんばかりに荒れ狂っていた。
——北境古代遺跡 · 中庭
刃が閃き、火花が飛ぶ。アレンは怒りで理性を焼き切り、暴風雨のごとき剣を叩き込む。一撃ごとに空気が裂ける重み。
魔人は罵声を上げ、瞬移と長槍で捌くが、いかに閃こうと、アレンは瞬きの間に追いつき、巨剣が影のように喰らいつく。刃と柄が噛み合うたび、石柱は軋み、ひびが走り、粉塵が舞い落ちる。
「くそ……くそがァ!!」と嗄れ声で怒鳴る魔人。
アレンは聞かない。双眸には炎だけ。溜めた一撃で槍を斜め下から跳ね上げ、長槍を弾き飛ばす。
魔人の瞳孔が縮む。武器を失った刹那、即座に風圧を凝縮し、圧縮風球を生成して胸元へ叩きつけた。
「ドゴォ!」
衝撃波が中庭を荒れ返らせ、石板が捲れ上がる。
だがアレンは一歩も退かない。全身が震えても、足は大地に杭のように食い込み、胸元の衣は裂け、血が腕を伝う。それでも眼は揺れない。
「あり得ん……!」魔人が戦慄する。
次の瞬間、巨剣が空を裂き、魔人の肩を斬り割った。鮮血が飛び、魔人は柱をいくつも砕きながら数十メートル先へ叩き落とされる。
止まらない。アレンは怒りに駆られ、両手で柄を締め、全身の力をひとつへと絞り込む。足元の石が爆ぜ沈み、声にならない咆哮とともに、獅子の突進のように飛び込んだ。
——北境古代遺跡 · 中庭
中庭は瓦礫と化し、石柱は次々と倒れ、穹頂は砕け、塵煙が渦を巻く。断壁は今にも崩れそうで、裂け目から石片が落ち続け、遺跡全体が崩壊寸前に見えた。
アレンは片膝をつき、荒い息を吐きながら大剣を握り締める。理性がようやく戻り、胸に浮かぶのは仲間の安否だけ。
瓦礫の間に転がる独角魔人は、黒霧が乱れ、赤い瞳も薄れ、息絶えたかのように見えた。
「……終わったのか?」
呟きながらも、これは敵が消耗しきっていたからだと理解していた。怒りの爆発がなければ、とても押し切れなかっただろう。
彼は振り返り、仲間のもとへ駆け寄る。
ハイシンはメアリーに抱かれ、顔は蒼白、呼吸は浅い。巻物の光が全身を覆い、かろうじて命をつなぐ。彼女はかすかに目を開け、掠れた声で笑おうとした。
「……だ、大丈夫……」
アレンの胸に熱いものが込み上げる。
メアリーは汗を滲ませ、手に残った巻物の切れ端を握りしめる。声は弱々しいが冷静だった。
「致命傷は外した……巻物で抑えたわ。でも……ハイシンは危険。今はやっと安定したところ。」
「動かないで!」
ハイシンが身を起こそうとした瞬間、メアリーは鋭く押さえつけた。
「まだ重傷よ。少しでも無茶すれば、巻物でも助けられない。」
「ふ、ふん……役には立ったでしょ……」
ハイシンは顔を赤らめ、そっぽを向いて呟く。
アレンは思わず微笑み、安堵の息をついた。だがすぐに体力が尽き、地面に崩れ落ちる。
メアリーは最後の巻物を取り出し、石壁にもたれながら言った。
「これは王室専用……数は限られてる。これで——」
言葉は悲鳴にかき消された。
「アアアアアアアア——!!」
独角魔人の屍が狂ったように震え、胸から黒霧が奔流し、遠方の力と共鳴する。血に濡れた喉から絶叫が轟いた。
「セ——ラ——フィ——ナ————!!!」
それは死に際の断末魔ではなく、明確な「召喚」だった。
「違う! とどめを刺せ!」
メアリーは顔を青ざめさせて駆け出す。だが空から漆黒の力が降り注ぎ、爆ぜる。
「ドオオオ——ン!」
衝撃波に弾き飛ばされ、メアリーは石柱へ叩きつけられ、血を吐いた。
塵煙の中、艶やかな影が姿を現す。
妖艶な肢体、冷たく光る肌。赤い瞳は愉悦に細まり、高い踵が瓦礫を鳴らす。腰に手を当て、微笑む唇から冷たく甘い声が漏れた。
「ふふ……イグサール、たった三人の人間にここまでされるなんて? 見苦しいわね。」
独角魔人は血を吐きながら咆哮する。
「セラフィナ! 奴らを殺せ! 早く!!」
魅魔——セラフィナは鬢髪を弄び、唇を吊り上げた。
「三人ごときに追い込まれて……『あの方』にどう報告するつもり?」
視線がゆっくりと三人に移り、赤い瞳に嗜虐の光が灯る。
「さあ——さっさと片付けましょうか。誰から殺られる? それとも……まとめてかしら?」
ハイシンとメアリーは凍りつき、互いに目を合わせる。恐怖に震える声が漏れる。
「そ、そんな……」
——遺跡の廃墟に、新たな悪夢が幕を開けた。
第十四章 · 終
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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次回更新:10月05日 10:00 JST
どうぞお楽しみに!




