第13章 B 遺跡の角笛
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——北境要塞
挨拶もそこそこに、カーソンは兵に命じて水袋と乾パンを持たせた。矢束や薬草包みが石卓に積まれ、空気は鉄と薬草の匂いで満ちる。
ハイシンは目を輝かせ、乾パンをかじって歯をやられかけ、悲鳴。
「わわ……これ、食べ物? 凶器?」
(心の声:異世界の食事、社畜時代より固い……)
カーソンは笑っていたが、すぐに声を引き締め、顔を厳しくする。
「最近、北の遺跡が異常に活発だ。二週間前、巡回兵が遺跡の外で死んでいるのが見つかった。遺体は黒く焦げ、血肉は何かに侵食されたようだった。軍医にも判別がつかん。」
鋭い眼差しが三人を掃き、最後にメアリーの徽章で止まる。
「小セリの遣いだ。なら遠回しはやめよう。遺跡は要塞の北、ここから一時間半。だが心して行け。あそこは、噂より悪い。」
アレンは低くうなずき、手はすでに大剣へ。メアリーは険を湛え、「了解」とだけ返す。
ハイシンは胸を張り、強がって鼻を鳴らす。
「ふ、ふん……余裕だし! 侵食? なんでも来なさい!」
(心の声:うそでしょ、ボス出現スポット確定の空気……!)
補給を済ませ、三人は荷を担ぎ、兵たちの厳粛な視線を背に北門へ。遠く、灰白の雲が低く垂れ、折れた石柱が林立している。まるで巨人の墓所が息を潜めているようだ。
石畳に足音が反響し、戦鼓の響きが遠のく。三人は遺跡の影へ歩を進めた。
——北境・古代遺跡
烈風が唸り、空は分厚い鉛雲に押し潰されていた。半刻ほど進んだのち、三人はついに北境の遺跡へ辿り着く。
視界に現れた建造物は、荒野と枯れ林に半ば飲まれた「死んだ巨獣」のようだった。折れた石柱は抜け落ちた牙のごとく、灰色の天へ斜めに突き刺さっている。中央に残る正門は断崖のようにそびえ、弧形の扉は無惨に朽ちてヒビが走り、表面には年月に摩耗された文様がかすかに残る。全体の輪郭には宗教遺構めいた厳かさがあったが、すでに腐敗と陰影に呑み込まれていた。
門外には焦げた甲冑と白骨が散り、折れた剣が土に突き立ち、墓標のように寂然としている。風が吹き抜けるたび、鼻を刺す腐臭と、血の匂いが湿った土と混じって漂った。
ハイシンは鼻を押さえ、顔を青くする。
「わ、わわ……この匂い……吐きそう……!」
アレンは肩にそっと手を置き、低く宥めた。
「落ち着け……腐乱臭だ。気に呑まれるな。」
メアリーは残骸を冷ややかに一瞥し、遠慮のない声音で言う。
「外にあるのは戦死者の骨よ。臭って当然。吐き気は堪えて。さっさと片付けて出るわよ。」
ハイシンは強がって鼻を鳴らす。「べ、べつに怖くないし……ふんふん!」
(心の声:うわああ……圧がやばい! こういう場所って百パーでボス出るやつでしょ!)
三人は遺跡へと足を踏み入れた。
中に入った途端、空気は数倍も冷たく、影に喰われたかのようだった。壁には黒い苔が這い、割れ目からは微かな暗紅の光が滲む。石像は崩れ、顔は判別できないのに、なお古の威厳を宿している。
ハイシンは思わず身震いし、アレンは反射的に大剣を握り直す。メアリーも珍しく不安の色を浮かべ、眉根を寄せた。
「この気配……『影』。」
足元で砕けた石板が鳴り、音は空っぽの回廊に反響して、空気そのものが圧してくるようだ。
やがて中庭に出る。
そこは巨大な広場で、周囲を崩れた回廊と石柱が取り巻いていた。中央には骸骨と骨片が山のように積まれ、黒い霧がまとわりつき、まるで地獄の喉元。ハイシンが息を呑んだ瞬間、骨の山が震える。
「カチ……カチ……」
骸骨が次々と起き上がり、空洞の眼窩に妖しい赤が灯る。手には割れた剣と盾。数は中庭を埋め尽くさんばかり。
ハイシンは蒼ざめ、声を震わせた。
「わ、わわわ……アンデッド!? しかも大量に!?」
アレンはすかさず剣を上げ、沈着に言い放つ。
「構えろ!」
メアリーは掌に魔力を巡らせ、冷やかな声で短く。
「時間を無駄にしない。切り抜けるわよ。」
その時、黒霧の奥から低い笑いが響いた。
「フフフ……やはりだ。客がまた自ら来たか。」
掠れた嘲弄の声が中庭の石段の向こうから。影の内から高い影が歩み出る。額の独角は赤光を反射し、長槍は石板を引きずって耳障りな擦過音を立てた。
独角魔人が、嗤う。
「ちょうどいい。生け贄が足りなかったところだ。」
——遺跡・中庭
三人が踏み込むや、骨の山は不気味な擦過音を返した。次の瞬間、転がっていた残骸が震え、骸骨兵が一体また一体と立ち上がる。眼窩に紅が瞬き、手には折れた剣と欠けた盾。
「カチ……カチ……」
数百の骨が同時に揺れ、骨節が擦れ合う不快音が鼓膜を刺す。
ハイシンは思わず後ずさりし、か細く悲鳴を漏らす。
「わわわ……中庭が骨まみれなんだけど!?」
メアリーの視線は冷たいが、声音は沈着だ。
「慌てないで。骸骨は下級のアンデッド。肝要なのは――砕くこと。」
言うが早いか、彼女は前へ躍る。両拳の間に旋回する風刃が凝り、振り抜くと烈風が中庭を奔った。骸骨の群れはたちまち関節を弛め、壁へとはじけ飛び、四散する。
アレンはその背に続き、ハイシンの前に大剣を差し出して構える。刃で斬らず、身を横にし、厚い峰と鍔で叩きつけた。
「ガキン!」と二体の骸骨が粉砕される。
「斬れば刃が傷む。鈍打が効く。」と低く呟く。
ハイシンの目が輝き、両掌に魔力を集める。
「じゃあ……私の番!」
「ドン――!」
重い石床が震え、地中から太い土柱が突き上がる。ハイシンはそれでメアリーとアレンを後方へ押し上げ、次いで腕を払って土柱を横薙ぎにした。
「カチカチカチ――!」
列をなしていた骸骨が巨人の掌で叩き潰されたかのように倒れ、骨片が飛び散る。中庭の半分が一気に掃除される。
一瞬の静寂。音は骨屑の落ちる音だけ。
メアリーは歩みを止め、視線を上げてハイシンを見る。口元に、稀な微笑がかすかに刻まれた。
「……見事ね。やはり隊に魔法使いがいると早い。」
ハイシンは一瞬きょとんとし、すぐに頬を赤くしてそっぽを向く。
「ふ、ふん! べ、別に大したことないし! ただの肩慣らし!」
(心の声:へへへ……ちゃんと褒められたの初めてかも……やば、嬉しすぎて顔がにやける! だめ、クールに……!)
アレンはその様子に微笑を漏らしつつも、大剣を緩めない。彼は知っている。本当の危機は、さらに奥にいると。
――三人が体勢を整えたその時、遠くから低い笑い声。黒霧が渦巻き、独角魔人が石段からゆっくり姿を現す。
「フフフ……驚いたよ。死にたがりが、またひと組。」
空ろな中庭に冷笑が反響し、骸骨の群れよりも濃い圧が押し寄せる。
——魔人、登場
骨片がまだ降りしきる中、黒霧はさらに膨れ上がった。
影の内から高躯が踏み出す。額の独角が氷のように光り、長槍が石板を引き裂いて「ズリズリ」と耳障りな音を立てる。
赤い光を宿した眼差し、口端の嘲り。
「フッ……人間風情が、ここに踏み込むか?」
ハイシンは背筋が冷え、心臓がきゅっと縮む。直感が叫ぶ。こいつは並の敵じゃない。
メアリーは冷ややかに手を上げ、鋭い視線を投げる。
「お前は何者? ここで何を?」
魔人は低く笑い、愚問を聞いたとでも言うように首を傾げた。
「フフ……低劣な生き物に、偉大なる私の目的を知る資格はない。」
ゆっくりと指を伸ばし、三人を指す。
「知るべきことは一つ。――お前たちは今日、ここで死ぬ。」
アレンの目に烈が走り、一歩前へ出てハイシンを庇う。大剣が獣の唸りのように微かに震えた。
ハイシンは歯を噛みしめ、掌に嫌な汗。
(心の声:圧だけで息が詰まる……この魔人、絶対雑魚じゃない!)
メアリーの瞳が氷点に落ち、怒りが閃く。
「口だけは立派ね。腕前、見せてもらうわ!」
拳に風刃が凝り、中距離の勁打が一気に爆ぜる。拳影は暴風となって魔人へ。
だが魔人はわずかに身を傾け、緩やかな歩みで全てをいなした。
「遅い。」
言葉と同時に、その輪郭がぐにゃりと歪む。空気の隙間へ折り畳まれたかのように消え、次の瞬間、メアリーの側面に出現。長槍が横に走る。
「ゴッ――!」
メアリーは咄嗟に腕で受けるが、凄まじい衝撃に数歩よろめく。
息を整える間もなく、魔人の姿が再び掻き消える。
「こっちだよ――」
声は背後。メアリーが振り向きざまに拳を放つも、空を切る。
刹那、長槍の柄が背中を強打した。
「バキッ――!」
メアリーは低い呻きとともに血を吐き、薙ぎ払われた体は弾かれて、ハイシンとアレンの足元へ吹き飛ぶ。アレンがすかさず抱き留め、大剣を地に突き立てて二人の体を支えた。
ハイシンは硬直し、心臓が喉元まで跳ね上がる。
(心の声:わわ……メアリーが、吹っ飛ばされた!? 初めて見た……!)
魔人は狂気を孕んだ笑いを上げ、長槍で三人を指す。
「アハハハ! やはり柔い! 退屈だが……せっかく来たんだ、たっぷり遊んでやる。」
メアリーは血を咳き、膝に手をついて無理やり立つ。魔人を射抜く眼差しは揺るがない。
「気をつけて……こいつ、普通じゃない……」
アレンは全身の筋を張り詰め、ハイシンの手足は冷たくなる。二人とも理解していた。もしメアリーですら受け切れないなら、この戦いは未曾有の試練になる、と。
——第13章・終。
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