第13章 A 遺跡の角笛
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第十三章 遺跡の角笛
——宿屋・朝
海風にはまだほのかな塩気が混じっている。木枠の窓から差し込む陽光が、灰色の埃をきらきらと照らした。通りには露店の呼び声や駱獣(らくだに近い荷獣)の鳴き声が響き、港町は新しい一日を始めている。
アレンは早々と準備を整え、黒い髪を乱さず、背には大剣を背負っていた。メアリーは机に腰掛け、任務の冊子をめくりながら、冷静で職務的な顔つきである。
今回は、ハイシンが珍しくいつもより早く扉を開けて出てきた。髪もまあまあ整っていて、服のボタンも掛け違っておらず、背嚢をきちんと肩にかけている。
メアリーは目尻をわずかに上げ、唇の端にかすかな笑みを浮かべながらも、刃のように冷たい口調で言った。
「珍しいですね、白忻さん。今日は時間通りに起きられたのですか? ギルドに掲示でも出して、歴史的瞬間だと告知しましょうか?」
ハイシンは顔を真っ赤にして、すぐに両手を腰に当てて反撃する。
「ふんふん! 別に私が毎回寝坊すると思ってるの!? 今日は自分から早起きしたんだから! どう、驚いたでしょ!」
(心の声:うわああ……神様! たった十分快起きただけなのに、奇跡扱いってどんだけ見下されてるのよ!)
アレンは苦笑して、場を和ませようとした。
「ともかく、時間通りに出発できるのはいいことだ。今日の道のりは短くないからな。」
メアリーは最後のページを閉じ、冊子を揃え、冷静な業務口調に戻る。
「今回の任務は二つある。ひとつは『銀翼小隊』の失踪調査。もうひとつは北方遺跡の状況確認だ。会長の言葉からすると、この二件は関連があるかもしれない。」
ハイシンは反論しようとしたが、「遺跡」という言葉に勢いを削がれ、なんとか胸を張る。
「ふ、ふんふん……遺跡探検なんて、全然怖くないし!」
(心の声:えー!? これってアニメで必ずボスが出る場所じゃないの!? 遺跡=大ピンチの法則じゃん!)
——北の門・出発
三人は背嚢を背負い、石畳の道を北の門へ向かう。湿った空気には漁港の塩気が混じり、やがて商人の声は遠ざかり、草原の風と遠くの海鳥の鳴き声が代わりに耳に入る。
城門に差し掛かったとき、低くて重い声が響いた。
「諸君、少し待て。」
港町ギルド長のボルドが城門近くに立っていた。顎鬚を蓄えた大男は真剣な表情で、目をメアリーに向ける。
「これから遺跡へ向かうつもりだな?」
メアリーはわずかに頷き、冷静に答えた。
「はい。任務は遅らせるべきではありません。」
ボルドは「ふむ」と唸り、遠方を指差す。
「昨日言い忘れたことがある。ここから歩いて遺跡まで行けば一日以上かかるが、北門を出て東北に数時間行けば小さな拠点がある。そこには臨時の転送陣が設置されており、前線の要塞近くまで一気に飛べる。そうすれば、最速で今日の午後には到着できるだろう。」
ハイシンは目を見開いた。
「えっ!? ここに転送陣があるの!? なんで私たちの風原城にはないの?」
ボルドは重々しく説明した。
「転送陣はまだ普及していない。王都と西部の要塞、それに北境にいくつかあるだけだ。建造に必要なコア素材が極めて稀少で、大量に作れない。王国も段階的にしか広げられないのだ。」
ハイシンは生意気に鼻を鳴らすが、顔には好奇が浮かんでいた。
「ふん……転送ごとき、珍しくもないし! 私、見たことくらいあるし!」
(心の声:え、本当に!? アニメだけの話じゃないの!? 一瞬で移動できるとか最高! もっと早く転生すればよかったぁ!)
三人は城門を背に、東北の草原道へ歩き出した。朝陽が彼らの背を照らすが、誰も気づかない――前方の遺跡では、すでに赤い瞳が静かに彼らを見据えている。
——馬車・東北街道
車輪が石畳から泥道へ入ると、「ガタッ、ゴトン」と規則正しい音をたてる。陽は高く昇り、朝霧が晴れると白い雲が風に流されていく。
ハイシンは窓枠に身を乗り出し、頬を風に膨らませる。
「わわわ……風が強すぎる! アイラインが飛ばされるよ! いや、眼球が飛んでいきそう!」
アレンは無言で帆布の簾を下ろし、風を遮ってやる。
「気をつけろ。落ちたら誰も受け止められないぞ。」
ハイシンは毛を逆立て、顔を赤くしてすねた。
「ふんふん、私はそんなドジしないもん! 子ども扱いしないでよ!」
(心の声:さっき本当に目が開けられなかったんだけど……バレなくてよかった!)
メアリーは静かに座り、眼差しを草原の彼方に落とす。そこには、崩れかけた石壁が一本並んで見え、かつての見張り台の遺跡のように見えた。彼女は任務の冊子の端を一度叩き、淡々と言う。
「この周辺は……百年前には戦場だったはず。崩れた壁や墓標の残骸が見える。転送陣がこの付近に置かれているのも不思議ではない。」
ハイシンは背筋が冷たくなり、慌てて車内に引っ込む。
「うわわ、いきなり怖い話やめてよ!」
アレンは苦笑しながらも否定せず、むしろ警戒を強めた。
昼頃、馬車隊は狭い木橋に差し掛かった。橋の下は雨で洗われた深い溝があり、泥水がうねっている。御者は手綱を引き、低く呟く。
「まずいな……」
皆が身を乗り出すと、橋の一角が崩れ、いくつかの杭が泥の中に折れて突き出している。頼りなげに揺れている板が見えた。
ハイシンは慌てて車壁をつかむ。
「うわわわ! 渡れるの!? 絶対折れるよ!」
メアリーはちらりと彼女を見て、冷たく吐き捨てる。
「怖いなら自分で歩いて渡りなさい。人が一人減れば、橋も少しは安全になるでしょう。」
「ふんふん! 絶対逃げないもん! 私は冒険者なんだから!」
(心の声:でも本当に落ちたら、社畜どころか人生終わるよぉ!)
アレンは馬車を降りて橋を点検し、背の大剣を抜いて折れかけの梁に当てて臨時の支えにした。
「これで渡れる。早く。」
御者は震えながら馬車を進め、板は「ギシギシ」と音を立てる。ハイシンはアレンの腕にしがみつき、顔色を蒼白くして叫ぶ。
「うわわわ! 今にも折れそう! 急いで!」
数秒後、馬車は無事に渡り切った。アレンは剣を収め、深く息をつく。
ハイシンは胸を張って、平然を装う。
「ふんふん……小さな橋くらい、平気だし!」
(心の声:心臓が止まるかと思った! もう一度なんて無理だってば!)
メアリーは淡々とページをめくり、すこし無味に言った。
「演技は上手かった。次は表情もコントロールしなさい、駱獣みたいに震えないで。」
ハイシンは怒って顔を真っ赤にした。
「ふんふん! 私は震えてなんかないし!」
馬車は再び進み、遠くの雲が次第に低く垂れ込め、空は墨をひいたように暗くなる。北境の景色は荒れ、石柱と枯れた草が一面に広がり、遺跡の影が静かに近づいてきた。
——東北前線・前哨拠点
午前、馬車は揺られながら灰白の石壁に囲まれた小さな拠点へ到着した。遠目には厳めしい軍事要塞というより、縮小版の市街のようだ。木柵の門は半ば開き、門番は槍を構えて警戒しているが、よそ者を拒む冷たさはない。
三人が馬車を降りて門へ向かうと、鎖鎧をまとった衛兵が二人、行く手を遮った。
「そこの三名。どこから来た? 用件は?」
メアリーは慌てず、腰の冒険者バッジを取り出す。日差しに金属がきらりと光り、縁取りの銀が示す「白金の紋」がはっきりと見えた。
「風原城冒険者ギルド会長の命。ボルド会長の取り次ぎで、転送陣の使用を申請する。前線へ向かい、依頼を遂行する。」
衛兵は顔を見合わせ、途端に姿勢を正して一礼した。
「失礼しました。こちらへどうぞ。」
案内に従い、拠点の内へ。
足を踏み入れた途端、ハイシンはぽかんと口を開けた。
規模は素朴で、通りは二、三本。家々も粗い木作りだ。だが意外なほど活気がある。
鍛冶場では「カン、カン」と絶え間ない槌音。上半身裸の鍛冶師が汗を滴らせ、火花が飛ぶ。
露店では木車に載せた薄パンやドライフルーツが売られ、子どもたちが歓声を上げて駆け回る。
酒場の軒には風鈴が揺れ、中からは冒険者の笑い声とサイコロの転がる音。
軍服の兵士とその家族が入り交じり、籠を下げて野菜を買い、井戸の列に並ぶ。
「わわわ……ここ、ほとんど小さな街じゃん!」とハイシンは目を丸くする。
「拠点って、こわい顔の軍人だらけだと思ってたのに。子どもまでいるなんて……」
先導の衛兵が苦笑し、事情を語った。
「その通りです。二年前の魔潮で多くが家を失いました。帝国は人々を各地の拠点や都市へ分散して受け入れ、この場所も駐屯地から軍民共住へと変わった。兵は城を守り、避難民は自立する。そうやって、今の姿になったのです。」
ハイシンは唇を噛み、瞳を揺らす。
(心の声:わわ……『冒険者タウン』なんかじゃない。追い詰められた人たちの居場所なんだ……にぎやかさの裏に、痛みが詰まってる……)
アレンは無言でうなずき、そっと剣の柄を握りしめる。メアリーは淡く視線を巡らせた。冷ややかな目に見えて、ほんの一瞬だけ長く留まったかもしれない。
石畳には細かな砂塵が舞い、風は鉄の匂いと焼いた薄パンの香りを運ぶ。蹄の響き、子どもの喚声、槌音が重なり合い、半ば軍、半ば街。その生活の熱の上に、薄い不安の影がかかっている。
衛兵は三人を中央広場へ案内した。鉄籠のような石台が据えられ、符文と金属柱が周囲を囲む。拠点の転送陣だ。
「こちらが転送陣です。まもなく専任の魔導士が起動に参ります。」
ハイシンは見上げ、瞳を輝かせる。
「わわわ……これが転送陣!? 想像よりかっこいい! 足を乗せたら『ブン』って消えそう!」
メアリーは冷たく一瞥。「口を閉じて。ここで恥をさらさないこと。」
「ふ、ふん! 恥なんてかいてないし!」
(心の声:でもほんとに格好いい! アニメの転送陣が現実に! ああ、これぞ異世界のロマン!)
——拠点中央・転送広場
石台の周りには数本の鉄柱。深く刻まれた符文には、時の斑が見える。広場のざわめきが少し静まり、若い女魔導士が歩み寄ってくる。
深藍のローブに銀の水晶のペンダント。風に揺れる前髪。澄んだ瞳は、転送術の担い手であることを物語っていた。
「冒険者の皆さま。」
陣台の前で礼をし、柔らかいが職務的な声で問う。
「行き先はどちらへ?」
メアリーは依頼書を示し、冷ややかに告げる。
「ギルド会長の指示により、北方遺跡の依頼へ向かう。目的地は前線要塞だ。」
「承知しました。」魔導士は小さくうなずき、石台縁の符文へ手を払う。紋が淡く光る。
「北境前線要塞の座標ですね。陣路を調整します。」
ハイシンは食いつくように身を乗り出す。
「えええ、じゃあ他の場所にも行けたりするの!?」
魔導士は一瞬きょとんとし、やがて困ったように微笑んだ。
「理論上は可能ですが、王国内の転送陣は多くありません。接続先は王都、要塞、いくつかの重要港に限られます。どこにでも、というわけには。」
「わわ……『どこでもドア』機能はないのね!」
(心の声:アニメではだいたい自由だったのに! 異世界の福利厚生、意外と制限だらけ! やっぱり現実は渋い……)
アレンが軽く咳ばらいし、助け舟を出す。「時間が縮まるだけで十分だ。」
メアリーは短くうなずき、話を締める。
「目的地は北方要塞。それでいい。」
魔導士は表情を改め、空中に滑らかな符の軌跡を描く。詠唱に呼応して鉄柱の魔力水晶が次々と点り、石台が低く唸った。
床に環状の光陣が浮かび、紋が水面のように波紋を広げる。ハイシンは思わず半歩下がり、目を丸くする。
「わわわ……ほんとに起動した! 変な場所に飛ばされたりしないよね!?」
「大丈夫です。座標は固定しました。」魔導士は柔らかく答えた。
光は一段と強くなり、やがて石台全体を包む。低い共鳴が響き、海鳴りにも、脈拍にも似た震えが耳を打つ。
「シューーーッ!」
白光が弾け、世界がひと瞬きで捩れる。
ハイシンが目を開けると、石台も拠点も喧噪も消え、そびえる石壁、林立する戦旗、胸を圧す戦鼓がそこにあった。
「わわわわ……転、転送ほんとに成功した!? うわぁぁ、かっこよすぎ!」
アレンは無言で周囲を見渡し、状況を確かめる。
メアリーは低く吐き出す。「静かに。ここは戦場の縁よ。」
——三人は、北境前線へ到達していた。
転送の光が薄れ、眼前には巨大な要塞。灰黒の石壁は山のように高く、戦旗は烈風に鳴る。広場では兵が列を組んで銃槍を整え、補給箱が丘のように積まれている。戦鼓が胸を震わせた。
ハイシンはあんぐり口を開け、階段を踏み外しそうになる。
「わわ……スケールおかしい!」
(心の声:冷兵器版のハリウッド戦争映画、現地開催!)
兵が二名近づく。四十手前、顔に刀傷を刻んだ男は落ち着いた気配をまとっていた。
「ここは前線要塞だ。私は副将カーソン。三名、用向きは?」
メアリーは白金のバッジを示し、平板に返す。
「風原城ギルド会長の命で、北方遺跡の依頼にあたる。」
カーソンは目を瞬かせ、すぐに笑った。
「おお、小セリのところから来たのか!」
ハイシンが小声で突っ込む。「わわ……会長の顔が広すぎない? どこでも知り合い……」
カーソンは豪快に笑い、鬚を揺らした。
「当然だ! あのお嬢さんは若い頃、北境で散々暴れた。単身で魔獣の群れを相手取ったこともある。古参で彼女を知らぬ者は少ない。」
(心の声:わわわ……あの冷淡毒舌上司、実は元ヒロイン時代があったの!? ギャップ強すぎ!)
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次回更新:9月25日 15:00 JST
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