第9章 B・森の対戦
本話の見どころ:
大主祭が「砂塵暴域」「大地傾覆」を展開。視界と足場を奪う絶望的フィールド。
負傷したハイシンが無理を押して「天罰」を降ろし、領域を切り裂く。
——砂塵暴域
大主祭は口元の血を拭い、目にいっそう陰険な光を宿した。
重い巨体が嘘のようにしなやかに跳ね、天を突く梢へふわりと着地する。
杖を天へ掲げ、魔力が怒涛のように逆巻いた。
「滅べ、人間ども!!」
次の瞬間、無数の砂礫が空へ爆ぜ、たちまち黄沙の濁流となって一帯を覆い尽くす。
狂風が砕けた石を巻き上げて頬を削り、視界は完全に奪われた。
「これは……砂塵か!」
アレン(アレン)が低く唸り、四方八方から襲う礫を必死に剣で払う。
白忻の目に映るのは曖昧な影ばかり、耳に残るのは唸る風の音だけ。
手を伸ばしても、アレン(アレン)の気配を掴めない。
「アレン(アレン)!? どこ!?」
「気をつけろ! 上だ!」
砂塵の向こうから、アレン(アレン)の切迫した声が届く。
だが大主祭の詠唱は止まらない。
ドドド――
大地が震え、蜘蛛の巣のような亀裂が怒涛の勢いで広がっていく。
「大地傾覆!」
怒号と同時に地震が爆ぜ、森全体が崩れ落ちるかのように激しく揺れた。
「下がれ!!」
アレン(アレン)が咆哮し、強く跳ね退く。
白忻は胸がきゅっと縮み、反射で風元素を両足に集中させる。
風に押し上げられるように跳躍し、足元で崩れ落ちる土を間一髪で回避。
舞い上がる砂の縁に転げ落ち、早鐘のような鼓動を抱えたまま息を吐く。
ふたりはどうにか後方で合流したが、呼吸は乱れ切っている。
アレン(アレン)は荒く息を吐き、険しい顔で言った。
「このままじゃまずい……大主祭が領域を支配してる。砂塵で視界を奪い、地割れで呑み込む。無策で踏み込めば……丸呑みだ。」
白忻はまだ疼く腹を片腕で押さえ、青い顔のまま、わざとらしく鼻を鳴らす。
「ふん……そんな手ね……じゃあ、こっちも一発いこうじゃない。」
彼女は顔を上げ、眼差しに鋭い光を灯して小さく告げた。
「――天罰。」
アレン(アレン)が目を見開く。
「正気か!? 腹をやられてるんだぞ。そんな大魔法、無理に撃つな!」
白忻は歯を食いしばり、額を伝う冷汗を拭う暇もなく、しかし声は揺らがない。
「痛いけど……まだ動ける。大丈夫……任せて。」
一方その頃。
ピトス(ピトス)は強い衝撃でようやく意識を取り戻し、全身砂まみれの姿で周囲を見回した。
煮え立つ黄沙しか見えず、アレン(アレン)や白忻の姿はどこにもない。
「ま、まさか……もう……?」
心拍が跳ね、背筋に冷たいものが這い上がる。恐怖が蛇のようにからみついた。
「くそっ……畜生……シュウリ(シュウリ)!」
後方で倒れているシュウリ(シュウリ)を思い出し、他を顧みず、よろめきながら引き返していく。
濃霧のような砂塵暴の中、その姿は滑稽なほど無様で、さっきまで「トドメは俺がもらう」などと吠えていた男とは思えなかった。
——天罰
白忻は震える両手を、それでも高く掲げた。
体内の魔力が奔流のように逆巻き、彼女はそれを無理やり掌へと束ね上げる。
「動け……動けぇ!」
ゴロゴロ――!
空が急に翳り、重たい雲が渦を巻いて押し寄せる。
砂塵で黄ばんだ天蓋は、さらに濃い黒幕へと塗り替えられた。
獣の咆哮めいた雷鳴が轟き、梢から葉がざわざわと降りしきる。
アレン(アレン)は息を呑み、瞳孔をきゅっと絞る。
「無茶を……!」
白忻は蒼白の顔で歯を食いしばり、腹の痛みに膝を折りかけながらも、腕を頭上へ突き上げる。
指先に宿った苛烈な雷光が、彼女をまるで雷霆の女神のように照らし出す。
遠くでは、ピトス(ピトス)がシュウリ(シュウリ)を背負い、転げるように後退していた。
ふと空が押し下がるような圧を感じ、思わず顔を上げる。
「な、なんだ……!?」
雲が滾り、雷が網のように編まれ、まるでこの世の審判が降りるのを見ているかのよう。
心の声:
(嘘だろ!? これも大主祭の魔法か!? 土、風、雷……三属性だと!? 反則だろ!)
荒い息が喉でちぎれ、膝が笑う。危うくシュウリ(シュウリ)を落としかけた。
そのころ、大主祭は依然として梢の上に傲然と立ち、戦場を冷たく見下ろしていた。
詠唱は続き、砂塵は渦巻き、すべてが砂の墓標になると確信しているかのようだった。
だが、次の瞬間。異変に気づく。
顔を上げる――空は雲に塞がれ、雷光が狂ったように踊っていた。
「……何?」
顔色が、はっきりと変わる。
ドオォン!
第一撃の雷霆が天を裂き、砂塵の領域へと真っ直ぐ落ちた!
続けざまに、数十条の雷が狂蛇のようにのたうち、戦場一帯を無差別に叩きのめす!
ゴロゴロ! ドガァン! バリバリ!
炎光と砂塵が交錯し、空気が裂け、樹々はへし折れ、焦げ煙が渦を巻く。
「ば、馬鹿な……!?」
大主祭はようやく我に返り、怒号とともに梢から飛び退く。
杖を乱打し、分厚い土の盾を幾重にも築き上げる。
だが、雷はその想定を遥かに超えていた。
数本の巨大な雷柱が直撃し、層になった盾をまとめて引き裂き、怪物の胸板を叩きつける!
「アアアアア――ッ!!」
絶叫が森を裂き、身体は痙攣し、血と焦げ煙が同時に噴き上がった。
最後は地に叩き伏せられ、痙攣を残したまま起き上がれない。
やがて最後の雷が落ち、砂塵暴域は完全に引き裂かれた。
濃い煙が抜け、陽光が再び差し込む。
廃墟の中央で、白忻は片膝をつき、荒く息を吐いていた。
右手にはなお雷の余韻が絡みつき、かすかに火花を散らす。
今しがた神罰を無理やり地上へと引きずり降ろした、そんな異能の媒介者のように、震えながらも凛と立つ。
ピトス(ピトス)はその場に立ち尽くし、膝が抜ける。
目の前の光景が、頬をぶん殴る。
地に倒れ、呻く大主祭。
そして、かつて「死にに来ただけ」と嘲った白髪の少女は、なおも手に雷の残光を宿している。
息が詰まり、心の中で悲鳴が弾けた。
「い、今の全部……彼女が!? あんな力……人間の領分じゃないだろ……!」
全身が小刻みに震え、恐怖に尿を漏らしそうになる。
かつての嘲笑が裏返り、いまの自分の無様さが、羞恥とともに喉を絞めつけた。
アレン(アレン)は荒い息のまま大剣を握り直し、白忻の傍らへ歩み寄る。
焦げた大地を見渡し、胸の奥で同じくらい大きな波が立つ。
「これが……彼女の本当の力……か。」
白忻は口元の血を拭い、ふらつきながらも立ち上がって、わざと鼻で笑った。
「ふん……小手調べよ……」
だが額の汗と紙のように白い顔色が、その虚勢を何より雄弁に物語っていた。
——終結
白忻は片膝をつき、気配は今にも消え入りそうだった。
立て続けの「天罰」で魔力はほとんど空になり、内側を抉られたような虚脱。呼吸は荒く、胸が大きく上下する。
「はぁ……はぁ……もう、無理……」
震える手で幹にすがりつくが、ついに支えきれず、うめき声とともに地へ倒れた。
アレン(アレン)がすぐ手を伸ばし、少女の震える肩をしっかりと支える。
「よくやった、白忻。」
低く、しかし確かな声。これまでにないほど穏やかな響き。
「ここからは俺に任せろ。君は……休め。」
白忻は顔を上げ、紅い瞳にまだ雷光の残像を宿す。
小さく頷き、安堵したように樹のそばへ身を預ける。胸はまだ痛み、まぶたは鉛のように重い。
一方、ゴブリンの大主祭は焦げた地に伏し、痙攣し、杖は折れていた。
目に満ちるのは、歪んだ怨嗟と未練。
「ば……馬鹿な……」
嗄れた声でうわ言のように吐き、怨毒を滲ませる。
「我は……大主祭……人間風情に、敗れるはずが……」
顔を上げると、そこには巨剣を手にしたアレン(アレン)が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その一歩ごとに、重い足音が心臓を踏みつけるようだ。
「く、来るな! やめろ! まだ私は――」
アレン(アレン)は黙したまま、迷いのない歩みを崩さない。
黒髪と褐色の瞳の戦士は、山のような圧で覆いかぶさってくる。
大主祭の瞳に一瞬の狡猾さが閃く。
「好機……!」
最後の力で手を振り上げ、土弾を凝縮してアレン(アレン)へ撃ち放つ。
だが――キィン!
アレン(アレン)は既に警戒していた。巨剣を払って容易く土弾を砕く。
「なっ――!」
大主祭が息を呑む間もなく、アレン(アレン)は一気に間合いへ滑り込む。
閃く刃。
突き、横薙ぎ、連ねる三閃。刃は防壁を裂き、血霧が舞う。
最後に低く絞り出すような一声。
「終わりだ!」
ブシュッ――!
巨剣が深々と振り下ろされ、首級は黒く焦げた土の上を転がった。
血は土を染め、呪の残響はようやく霧散する。
森は再び、静けさを取り戻した。
遠くで、シュウリ(シュウリ)がゆっくり意識を取り戻す。
焦げ跡と倒れ伏す大主祭を見つめ、茫然と呟いた。
「ここで……何が……?」
ピトス(ピトス)は蒼ざめた顔で震え、言葉をつっかえさせながら答える。
「そ、そいつらが……アレン(アレン)と……白髪の魔法使いが……」
そこまで言いかけ、視界の端に映るものに声が萎む――
地面にはいく筋もの焦げ跡。あれは「天罰」の雷が残した傷痕。
頭の芯へ冷たい恐怖が突き上がり、膝が笑う。
アレン(アレン)は刃を拭い、背中は鋼のようにまっすぐだった。
樹の下の白忻は蒼白ながら、その瞳にまだ雷の余韻を灯している。まるで裁き手。
ピトス(ピトス)は喉が渇き、冷汗が流れ落ちる。
「俺は……あの二人を嘲った……結局、笑いものは俺じゃないか……」
羞恥と恐怖が絡み合い、焼けただれた大地を直視できずに項垂れる。
——戦後
大主祭の死体は焦げた大地に横たわり、焦煙はまだ薄く漂う。
アレン(アレン)は荒い息のまま近づき、残骸を押し分けた。
カランという乾いた音とともに、土色に鈍く光る核が胸腔から転がり出る。
「これが……大主祭のコアか?」
指先に脈打つようなエネルギー。掌が裂けるほどの圧。
「この規模……ギルドへ提出だ。悪人の手には絶対に渡せない。」
彼はコアを収め、険しい顔で白忻のもとへ戻る。
「歩けるか。」
「ふん……当たり前よ。舐めないで……」白忻は虚勢で鼻を鳴らすが、結局は彼の肩にそっと身を預けた。
二人がゆっくりと歩み出るとき、ピトス(ピトス)とシュウリ(シュウリ)はまだ地に座り込んだまま、呆けた顔で見送っていた。
驚愕と、不信すら混じる眼差し。
「二人だけで……本当に大主祭を……? しかも俺たちを救って……?」
その思いがピトス(ピトス)の頭をぐるぐると回り、顔色は赤と白を行き来する。
アレン(アレン)は足を止め、わずかに身を屈めて問う。
「無事か。」
ピトス(ピトス)は喉を鳴らし、掠れた声でやっと絞り出す。
「だ……大丈夫だ……」
短い沈黙の後、深く頭を垂れ、蚊の鳴くような声で続けた。
「すまない……侮っていた……」
白忻は途端にカッと来て、アレン(アレン)の肩を支えにしながら怒鳴る。
「ふん! 今さら格好つけるな! さっきはアレン(アレン)を危険にさらしたくせに! 英雄気取りは鏡の前だけにしなさい!」
ピトス(ピトス)の顔は真っ赤になり、穴があれば入りたい様子だ。
アレン(アレン)は白忻の腕を軽く叩き、首を振る。
「もういい。行こう。」
白忻は歯噛みしつつも最後にはそっぽを向き、鼻を鳴らす。
二人は肩を並べ、林の向こうへと姿を消していった。
残されたピトス(ピトス)とシュウリ(シュウリ)は、まだ立てない。
シュウリ(シュウリ)は焦点の合わぬ目で、現実を受け止め切れず。
ピトス(ピトス)の額には汗が滲み、胸中に蘇るのは先刻の光景ばかり。
嘲り、軽侮、足手まとい……そして、救われた自分。
「笑止……本物のお荷物は俺だ……」
指先は震え、握っては開き、視界の焦点は外れていく。
木漏れ日がふたたび差し込む頃になっても、二人は言葉を失ったままだった。
——戦後帰還
雲はほどけ、林の焦げ煙も風に攫われていく。
アレン(アレン)は白忻を背負い、重いが確かな足取りで焦土を後にした。
城門へ至ると、長衣の影がすでに待っていた。
老魔術師ハイオウ(ハイオウ)は符文の木杖に体を預け、焦燥を隠せない顔でひげを震わせる。
「やっと……戻ったか!」
駆け寄って白忻の肩を支え、同時にアレン(アレン)の荷を分け持つ。
「お前たち、なんてざまだ!」
厳しい声に、しかし安堵が混じる。
ギルドへ戻ると、大広間の灯が揺れた。
アレン(アレン)は白忻を長椅子へ横たえ、すぐに湯と毛布が運ばれてくる。
白忻は全身の力が抜けているくせに、毛布を押し返し鼻を鳴らす。
「ふん……いらない、そんなにか弱くない……」
アレン(アレン)は苦笑し、毛布を半ば強引に手に握らせた。
「さっき立つのもやっとだったろ。見栄はいい。」
白忻は頬を染め、背もたれに小さく身を縮める。
「……わかったわよ。」
ハイオウ(ハイオウ)は二人の様子に長い息を吐き、張り詰めた表情を少し緩めた。
「無事でなにより、無事でな。」
短い静けさ。火のはぜる音だけが、ここが安全圏だと告げている。
やがてアレン(アレン)は、森での一部始終を語った。
「……最後に彼女が雷の魔法を放ち、大主祭を崩した。俺は首を落として、完全に絶った。」
彼は土色のコアを取り出し、机へ置く。重たく、妖しい光。
「それと……大主祭のコアだ。これも持ち帰った。ギルドへ提出する。」
「なに……!? 大主祭だと……本当か!」
ハイオウ(ハイオウ)は名を聞き、核を見た瞬間に杖を震わせ、瞳を見開く。
アレン(アレン)は厳然と頷き、白忻も疲れながら小さく顎を上げて肯定する。
老魔術師はしばし沈黙し、やがて重く息を吐く。
「まず休め。薬と巻物をすぐ届けさせよう……」
珍しく沈鬱な声音が、大広間に静けさを落とした。
踵を返した彼の眼差しの奥で、影が初めて揺らぐ。
「この辺境の森に、伝承にしかない大主祭が現れるとは……ありえん。本来、百年前の『ネクソス災変』で絶えたはず……」
木杖を握る手がわずかに震える。
「さらに悪いことに……今日、北の小島で影のエネルギーが濃くなっているという報せがあった。まさか……」
喉の奥で認めたくない答えが刃のようにぶら下がる。
ハイオウ(ハイオウ)は目を閉じ、低く呟いた。
「……魔王の影が、また降りようとしているのか。」
灯火は揺れ、老魔術師の蒼く深い横顔を照らし出す。
——第九章・終
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ハイシンは反動に耐え、アレンは終幕の一撃を担い、そしてピトスは恐怖と羞恥の中で価値観を覆される。最後にハイオウが落とす一言で、物語は“森の一件”から“大きな災厄”へとスケールを広げます。
次回は戦後処理と帰還後の余波、コアの取扱い、功と責の揺れ、そして二人の距離感の小さな変化を。
ブクマや感想が制作の燃料になります。引き続きよろしくお願いします。
※次回更新は本日15:00(JST)予定です。




