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第7章 · 血煙の光

第七章「血煙の光」

伯爵との戦いの余波。ギルドマスターの重傷、ライオンの治癒魔法、そして三人の再会。

さらに「ネクソス災変」の真実が語られます。


——大広間 · 余波


灰塵と血の匂いが空気に漂い、砕けた水晶のシャンデリアが今にも落ちそうに揺れていた。

会長ギルドマスターは全身血に染まり、ついに耐えきれず、砕けた床に重く倒れ込んだ。


先ほど伯爵との激戦で、彼女は禁錮の術を無理やり行使し、半魔化した肉体を縛りつけ、ようやくライオン(ライオン・ミロス)が隙を突けたのだ。

しかしその術式は黒曜級でさえ負担が大きく、彼女の魔力はすでに乱れ、胸は大きく波打っていた。


「……くっ……ごほっ……」


灰色の瞳が半ば閉じられ、なおも身を起こそうとするが、血で濡れた手は力なく床に滑り落ちた。


ライオンが一歩前に出て、黄金の瞳を鋭くし、すぐに命じる。

「残っている者は直ちに避難を!巻き込まれた民や従者を全員外へ!倉庫に行って、使える治癒薬と巻物を全部持って来い!」


わずかに残った衛兵たちは必死に応え、よろめきながら廊下へ走り去った。


ライオンは振り返り、白忻ハイシンを見た。

「お前、会長を仰向けにしろ。呼吸を塞がないように。」


「え、ええっ!?」


白忻ハイシンは慌てて膝をつき、会長ギルドマスターの肩と頭をそっと支え、顔を真っ青にする。

心の声:「うわああ!これは救急現場!?私は社畜であって、看護師じゃないんだけど!」


ライオンは深く息を吸い、掌に淡い金色の光を灯す。紋様のような線が浮かび、まるで柔らかな朝日が会長の傷口に降り注ぐようだった。


白忻ハイシンは目を見開く。

「……すごい……これが……治癒魔法?わ、私は初めて見る……」


ライオンは苦笑し、額に汗を浮かべながらも声は安定していた。

「当然だ。この世界で治癒魔法を使える者は……もうほとんどいない。」


彼は目を上げ、低い声で続ける。

「ネクソス島での『魔王誕生』事件、あの時大半の源律法師が巻き込まれた。光明系の伝承も、ほとんど断絶した。今でも治癒を施せるのは、ごく少数だけだ。」


黄金の光が流れ続け、会長ギルドマスターの蒼白な顔を覆う。


白忻ハイシンは息を呑み、鼓動が耳に鳴り響く。

心の声:「ひぃぃ……これが本物の異世界魔法……アニメなんかより百倍すごい……!」


瓦礫の間では石屑がまだぱらぱらと落ちていた。

その時、大扉の外から急な足音が響いた。


白忻ハイシン!!」


重い鎧の音を伴い、アレンが駆け込んできた。少女を見つけた瞬間、その目は大きく揺れる。


白忻ハイシンのドレスは乱れ、肩口はずれ、髪は頬に張り付いていた。まだ気丈に振る舞ってはいるが、その姿はどこか痛々しいほどだった。

アレンの顔は一瞬で赤くなり、呼吸が詰まった。


「し、白忻ハイシン……無事か!?」


白忻ハイシンはきょとんとした後、ぱっと目を輝かせ、大声を上げる。

「わっ、わたしのアレン!?どうしてここに突っ込んで来たの!?会長にあっちを守れって言われたでしょ!」


アレンはどもりながらも、その瞳は揺るがなかった。

「俺は……あの領主の素性を聞いて、どうしても安心できなかった!道中、屋敷全体が揺れているのを見た……ただ、君の無事を確かめたかったんだ!」


白忻ハイシンの胸が温かくなるが、わざと悪戯っぽく笑みを浮かべる。

「ふふ~やっぱりお人好しのアレンだね、知り合ったばかりなのにこんなに心配して……もしかして、私のこと……好きになった?」


「そ、そんなわけない!」アレンの耳は真っ赤に染まり、鎧の下の首筋は湯気を立てるほどだった。


その時、ライオンが手の埃を払って口を挟む。

「……で、この男は誰だ?」


「えっと、紹介するね。」白忻ハイシンは悪戯っぽい顔でアレンの方に寄り、

「こっちはアレン・スタッド、大剣戦士。ちょっと抜けてるけど、すごく頼りになるんだよ~」

と言いながら、彼の鎧に指で小さな円を描いた。


「し、白忻ハイシン!」アレンは慌てて後ずさり、顔を真っ赤にする。


ライオンは口元を歪め、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「ふん……冒険者なら、治療巻物やポーションを持ってるんだろ?」


アレンはきょとんとし、すぐに頷く。

「あるけど、それがどうした?」


白忻ハイシンがすぐ叫ぶ。

「会長が怪我してるんだよ!一応危険は脱したけど、まだ巻物と薬が必要!」


「な、なんだって!?」アレンは叫び、顔が真っ青になった。


白忻ハイシンは疑わしげにライオンを睨む。

「そういえば……ライオン、あなた結構プロっぽいのに?どうして巻物を持ってないの?」


ライオンは一瞬間を置き、気まずそうに肩をすくめ、軽い笑みを作る。

「はは……忘れてたんだ、へへ。」


「はあっ!??」白忻ハイシンの目は飛び出しそうになった。


ライオンは肩を竦め、格好つけたように言う。

「仕方ないさ、潜入は軽装で行くものだし。それに今回は急な任務だったから……巻物やポーションを用意する暇なんてなかったんだよ~」


白忻ハイシンは口元を引きつらせ、信じられない顔になる。

心の声:「ひぃぃ!さっきまでクールに見えたのに、補給忘れとかマジ!?おいおいおい!こんな人信用して大丈夫なの!?」


アレンは笑う余裕もなく、すぐにポーションと巻物を取り出し、膝をついて会長の傍に置いた。


会長ギルドマスターは薬を飲み、蒼白だった顔に少しずつ血色を取り戻す。

閉じていた瞼が震え、ようやくゆっくりと開いた。


灰色の瞳にはまだ冷たい光が宿り、最初に見たのは白忻ハイシンではなく、ライオンだった。

声は弱々しいが、なおも鋭い。

「……彼女……白忻ハイシンは無事か……?……伯爵は、まだ息があるのか?」


白忻ハイシンは一瞬ぽかんとし、思わずその手を握り締めたが、喉が詰まって声が出なかった。


ライオンは息を潜めるようにしてから、不意に声を上げた。

「……会長、あなた自身の体調はどうなんですか?」


「……まだ持ちこたえられる。」会長セリアは低く答えるが、その眼差しは依然として冷たい。


その時、ライオンの声に思わず真情が滲んだ。

「セリア会長、あなたの体内の魔力は乱れている。すぐに休養が必要です。」


「え?」白忻ハイシンの顔に大きな疑問符が浮かび、頭が真っ白になる。

「セリア?誰?」


ライオンは目を細め、まるでとんでもない馬鹿げたことを聞いたように。

「……会長の名はセリアだろう。まさか今まで知らなかったのか?」


白忻ハイシンはその場で石化しそうになり、体が硬直した。

「ええっ!?会長ってセリアって名前だったの!?本当に知らなかった!」


ライオンは手で顔を覆い、指の隙間から黄金の瞳を覗かせ、呆れ果てた表情を浮かべた。

「……お前、どうやってここまで生き延びてきたんだ。」


白忻ハイシンは慌ててアレンに助けを求めるような視線を送る。

「ア、アレン!知ってたの!?」


アレンは真剣な顔つきで、当然のように答えた。

「もちろんだ。ギルドの中で新入り以外は大体知っているぞ?まさか……本当に老魔導師から聞いたこともなかったのか?」


「……」白忻ハイシンは穴があれば入りたいほど気まずくなった。

心の声:「うわああ!やばい!会長の名前すら知らなかったなんて……これ絶対無礼すぎるでしょ!?あああああ!」


会長セリアの灰色の瞳は虚弱ながらも冷たい笑みを帯び、静かに観察しているようだった。


——衛兵到着


灰燼がまだ漂う中、重い鉄靴の音がようやく響いた。数人の衛兵が壊れた大扉を押し開き、先頭の衛兵長は顔を強張らせ、瓦礫の広間を見回した。


「会長殿!ここは……一体何があったのですか!?」


会長セリアは崩れた柱に寄りかかり、顔は蒼白で憔悴していたが、瞳は依然鋭かった。声は掠れていながらも明瞭に響いた。

「ロデリック……すでに死亡した。暗影の欠片を隠し持ち、軍費を横領し、叛逆の罪……証拠は揃っている。」


衛兵長は雷に打たれたようにその場で凍りついた。

「な、なんと……!?伯爵殿が……そ、そんな……」


他の衛兵たちも顔を見合わせ、槍を取り落としそうになり、耳を疑った。誰かが震える声で尋ねた。

「会長殿……ご無事なのですか?」


会長セリアは胸に手を当て、呼吸は重かったが、それでも冷たい笑みを浮かべた。

「……もう大丈夫だ。私のことはいい。この屋敷は廃墟となった。後始末と秩序の維持は、お前たちに任せる。」


「はっ!」

衛兵たちはすぐに片膝をつき、震えと畏怖を押し殺しながら一斉に応えた。


ライオンは彼女の傍に歩み寄り、眉をひそめる。

「危険は去ったとはいえ、あなたの体はまだ非常に弱っている。休養が不可欠です。」


アレンも一歩前に出て、落ち着いた声でありながらも心配を滲ませる。

「ここは衛兵に任せればいい。会長はすぐにギルドへ戻って休養すべきです。俺たちが護送します。」


白忻ハイシンは慌てて頷き、会長セリアの腕を支える。まるで壊れ物を抱えるように。

心の声:「うわああ……こんなに近くで会長を見てるのに、まだ余裕の笑みを浮かべるなんて……かっこよすぎる……じゃなくて!今にも気を失いそうなのに!」


埃の中、三人がかりで会長を立たせる。彼女は冷厳な表情を保っていたが、足取りは明らかに弱々しい。


「馬車を用意しました!」

一人の衛兵が慌てて馬と車を引いてきた。


ライオンとアレンが左右から支え、会長を馬車に乗せる。白忻ハイシンも小走りでついて行き、車の傍に寄り添った。


——馬車の帰路


車輪がきしみ、馬蹄が石畳に鈍い音を刻む。屋敷の血の匂いや灰燼は遠ざかり、夜の冷気だけが残る。


会長セリアは目を閉じ、椅子にもたれて休み、呼吸は安定していたが極めて弱く、完全に休養に入っていた。


白忻ハイシンは隣に縮こまり、顎に手をつき、口では強がりながら落ち着かない様子。

「ふん……なんだよ、王侯貴族の立派な場面でも見られるかと思ったら、結局屋敷解体ショーじゃん……」

心の声:「うわああ!本当は巻き込まれる寸前だったんだよ!今でも震えてる……でもカッコつけモードは止められない!」


ライオンは向かいに座り、肘を窓枠にかけ、黄金の瞳が灯りにきらめく。冷たい顔のまま、ふいに口元を歪め、低い声を漏らす。

「ふん~まあ、場面よりも……俺が気になるのは……」


そう言うと身を乗り出し、白忻ハイシンの髪を指先で持ち上げた。

「さっきの乱れた姿……貴族の舞踏会よりよっぽど見応えがあったぜ。」


「ひぃっ!?!?」白忻ハイシンは飛び上がり、顔を真っ赤にし、頭を馬車の壁にぶつけそうになる。

心の声:「うわああああ!これって絶対からかってるでしょ!?近い!私、さっきの姿そんなに酷かった!?くそっ、見下されたくない!」

怒りと恥ずかしさで睨みつける。

「き、きさまこのキツネ目!誰が許可したんだそんなこと言うの!」


ライオンは無実のふりをしつつ、笑いを手で隠した。

「はは、そんなに怒るなよ。事実を言っただけだ。」


「死ねーっ!」白忻ハイシンは膝を抱えてぷくっと頬を膨らませた。


アレンがついに口を開き、憨厚な声で疑問を投げる。

「……なあ、ライオン。お前はいったい何者なんだ?どうして突然伯爵の屋敷に現れた?」


ライオンはまぶたを半分下げ、淡々と答えた。

「俺か?ただの便利屋さ。面倒事を片付けるのが仕事。要するに、お前たちと大差ない。」


アレンは眉をひそめ、完全には納得しなかったが、追及はやめた。視線は自然と会長と白忻ハイシンへ。


会長は目を閉じて休み、白忻ハイシンはぶつぶつ文句を言いながらも時折ライオンを睨む。アレンは拳を握り、心の奥で沈んでいった。

心のアレン:「……もし俺が会長に止められていなければ、共に戦えたはずだ。結局何もできず、白忻ハイシンを危険にさらしただけ……」


夜の闇にその横顔は沈み、普段の憨厚さの裏に珍しく自責の色を浮かべていた。


——ギルドの夜談


風原草野城のギルド本部は夜の灯火だけが残り、混乱を経てようやく会長は療養室に安置され、眠りに就いた。


白忻ハイシン、アレン、ライオン、そして老魔導師ヘオが会議室に集まる。


重いオークの机に灯が揺れ、影が壁に長く伸びる。皆の顔にはまだ血と埃の跡が残り、疲労が色濃い。


ライオンが先に口を開き、声は静かだが鋭い。

「伯爵の件、俺が宰相に直接報告する。証拠はここにある。帝都はもはや彼のような寄生虫を許さない。」


白忻ハイシンは思わず口を挟んだ。

「え?そんなに急ぐの?さっきまで吹っ飛ばされてたでしょ!?今は『俺カッコいいぜ』って顔してるけど、骨ほとんど折れてるんじゃないの?」


「ふん。」ライオンの口元が引きつるが反論せず、黄金の瞳に苦笑が過る。


その時、ヘオが咳払いし、髭が灯りに揺れた。

「もう夜更けだ。帝都に戻るにしても明日だ。お前たちは皆傷を負っている。無理をすれば命を落とすだけだ。」


アレンはすぐに頷いた。

「その通りだ。今は会長を守って休ませるのが最優先。夜明けを待ってから動こう。」


ライオンは黙考の末、ようやく頷いた。

「……分かった。確かに疲れた。」


空気が和らぐ中、ヘオは濁ったが鋭い目を上げ、ゆっくり口を開く。

「お前たちは知らぬだろう。今夜見た暗影の欠片、それは小事ではない。その根は百年前の『ネクソス災変』に遡る。」


白忻ハイシンは目をぱちくりさせた。

「ネク……島?ただの小島でしょ?」


ヘオはゆっくり首を振り、鐘のような声で語る。

「今でこそ廃墟だが、百年前は大陸随一の魔法都市だった。多くの著名な源律法師がネクソスに生まれ、あの地は『魔法の心臓』と呼ばれていた。」


「だがその夜、魔王が突如として誕生した。誰もその出自を知らず、ただ黒霧が街を覆い、血が川のように流れた。平民も貴族も王族さえも虐殺に飲まれた。」


「その災厄を止めるため、帝国と教国の最強の源律法師たちが総出で挑んだ。光明の最強者――アイヴォーク・グラントもいた。彼は『源律十三座』を率い、七昼夜の激戦を戦い抜き、ようやく魔王を斬り伏せた。」


ヘオは一息つき、机に視線を落とし、さらに低く言った。

「だが代償は甚大だった。その戦いで光明系はほぼ絶滅した。治癒と聖光を操る者の多くが戦死し、わずかな生き残りが知識を携えてこの島に逃げ延びた……が、その行方は知れない。」


彼の髭が震え、声に感慨が混じる。

「若い頃、父から聞いたことがある。当時は怪我をしても治癒師を呼べばすぐ治ったと。光明術は庶民にさえ行き渡っていた。今思えば誇張ではない……ただ我々はもう戻れない。」


白忻ハイシンは呆然と聞き、心臓が高鳴った。

心の声:「うわああ……まさにラスボス級のエピソードじゃん!?魔王、七昼夜、系統全滅……私、そんな大事件の後の時代にいるってこと!?」


ヘオは暗く呟く。

「しかし……あの戦いに出た源律法師は、ほとんど帰らなかった。ネクソス島に葬られたのだろう。今では暗影が満ち、獣も寄り付かぬ。すでに死の島だ。」


アレンは拳を握り、顔を険しくした。

「だから……光明や治癒がこんなに稀少なんだな……」


ライオンは黙し、指で机を叩き、黄金の瞳に一瞬影を走らせる。

「……ネクソスか。」


その表情を見て、白忻ハイシンは怪訝に睨む。

「え?なんか知ってるでしょ?教えてよ!」


「ふん、気にするな。」ライオンは冷たく顔を背け、口を閉ざした。


灯火が揺れ、会議室は静まり返った。壁掛けの時計の音だけが夜に響いた。


——ギルド · 深夜


白忻ハイシンは部屋に戻ると、ベッドに突っ伏した。頬は真っ赤で、胸が高鳴っていた。


「ちっ、小ハイシン……かわいい……」

枕を抱きしめ、何度も寝返りを打つが、頭の中ではライオンのあの言葉がぐるぐる回り、釘のように耳に残っていた。


「うわあああ!私は可愛くなんかない!くそっ……なんで最後にあんなこと言うのよ!」

心の声:頭の中が爆発し、眠れるはずがなかった。


会議室の灯火が消えかける中、ヘオはまだ座り続け、北の夜空を見つめていた。


「ネクソス……あの生き残りたちの影は、未だに消えてはいないのかもしれん。」


低い呟きは、夜に溶けて消えた。


——第七章 · 終

ここまで読んでいただきありがとうございます。

伯爵編はこれで一区切り。

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