第6章 C · 暗影の夜
前回(第6章B)では、伯爵の寝室から大広間へ戦いが拡大。帳簿と禁忌の証拠が露見し、伯爵は軍費横領と《シャドウ・フラグメント》を自白。ついに闇を取り込み“魔人”へと堕ちました。
本話は決着編。会長とライオンの連携、そして白忻の視点で、光と闇の最終局面に臨みます。
——大広間 · 伯爵の断末魔
ロデリックは片膝をつき、血が顎を伝って砕けた床石を赤く染める。
ギルドマスターは高所に立ち、灰の瞳は刃のごとく冷たい。
「ロデリック。お前はかつて北境の盾だった。だが今は帝国の恥。
欲に溺れ、闇に触れた者に……顔を上げる資格などない。」
その声は平静でありながら、裁きよりも残酷。
ロデリックは歯を食いしばり、額の血管を浮かせ、心の底で怒号を上げる。
「いやだ! 俺はここで終わらぬ! 俺は守護者、領主だ!」
震える手で、最後の《シャドウ・フラグメント》を取り出し、ためらいなく噛み砕いた。
黒霧が喉を這い、血管を黒く染め、皮膚の下では傷が蠢き、呪いのように目覚める。
筋肉は膨張し、眼は白を失い、瞳の奥に血の光だけが燃え残った。
大広間は震動し、掛け布は裂け、塵が絶え間なく落ちる。
ギルドマスターは冷ややかに見据え、足を進める。
「無駄な足掻き。お前に剣を振るう力はもう残っていない。」
彼女は土を呼び、掌に凝縮させる。
だが気づかなかった――黒霧に覆われた体は急速に歪んでいた。
「……誰が倒れたと言った?」
ロデリックは突如跳び上がり、残像となる。
振り下ろされた拳が土盾を粉砕し、破片が飛び散る。
ギルドマスターは受け止めたが、すぐに側面からの一撃を浴びた。
激烈な衝撃が身体を震わせ、口から鮮血を吐き、石柱に叩きつけられ、そのまま壁に沈んだ。
彼女は壁を伝ってずり落ち、片膝で辛うじて支える。
胸は大きく上下し、冷汗が額を流れ落ちる。
震える指先で床を掴み、倒れることだけは拒んだ。
「この力……まるで別物。暗影は奴の根源を侵蝕し……ロデリック、もう人ではない!」
大広間の空気は重苦しく、絶望がゆっくりと広がっていった。
——大広間 · 闇の迫圧
二階の寝室に、重苦しい気配が走った。
ライオン(ライオン・ミロス)と白忻の心臓が同時に強く締めつけられる。
黒霧の圧は針のように肌を刺し、息さえ奪う。
ライオンの顔が険しくなり、白忻の腕を掴んだ。
「行くぞ、下へ。」
彼は崩れた穴から飛び降り、白忻はよろめきながらも階段を駆け下りた。
眼前に広がるのは、砕けた石柱と崩れた壁。
ギルドマスターは断壁の前に片膝をつき、片手で床を支え、唇から血を垂らしながらも呼吸を荒らげていた。
そして、その対面に――
ロデリックは全身を黒霧に包まれ、膨れ上がった筋肉と血に濡れた瞳に狂気を宿す。
笑みは歪み、人の姿をとうに外れていた。
——ギルドマスターの警告
「気をつけろ。」その声はかすれ、だが威厳は失われていなかった。
「こいつは……もはや人ではない。暗影を強引に取り込み、魔人へと堕ちた。」
血が再び滲むも、彼女は気迫を保ち続けた。
「無理をするな……この力は、常識を超えている。」
ライオンは一歩前に出て、両腕を広げ、彼女と白忻を庇う。
金の瞳は鋭く光り、冷たい声が落ちる。
「堂々たる北境の守護者が、この有様か。
生に縋り、禁忌を呑み、獣に堕した。
ロデリック……お前は領主でも、人間でもない。制御を失った魔人だ。」
白忻はライオンの背後で身を縮め、スカートの裾を握り締め、顔を蒼白にした。
「ま……魔人……?」震える声は、舞う塵に紛れて消えそうだった。
心の声:「この圧迫感……上司に睨まれるより百倍も怖い! 息をするだけで吐きそう……これ、何なのよ――!」
「暗影」や「フラグメント」の意味はまだ分からない。
ただ手足は氷のように冷えていた。
ライオンはちらりと彼女を見やり、短く苛立ちを混ぜて言う。
「聞け、小さな太陽。あれはシャドウ・フラグメント――ネクソス島の魔物の屍から出る禁忌の代物だ。
普通の人間は触れただけで発狂する。だが奴は飲み込んだ。その結果が――」
彼はロデリックの血紅の眼を指差し、冷笑した。
「半人半鬼の怪物だ。」
——伯爵の狂言
ロデリックは首を仰け反らせ、胸を荒々しく上下させた。黒霧が全身を歪ませる。
血管は墨のように浮かび、胸には黒紋が広がり、気配は空気を震わせるほど暴虐。
「力が……血に燃え、骨に轟き……尽きることなく溢れる!」
破れた長衣を裂き、露わになった胸は黒紋に覆われ、瞳には狂気が燃えた。
「帝国も、宰相も、公会も……皆、我が足下にひれ伏すのだ!
貴様ら虫けらなど、靴を舐める資格すらない!」
吐息はもはや息ではなく、噴き出す黒霧。
「暗影が囁く……選ばれたのは俺だ! この北境を丸ごと呑み込んでやる!」
白忻の全身は硬直し、心臓は暴れ、思わずライオンの背へ身を寄せた。
ギルドマスターは痛みに耐えながらも視線を逸らさず、灰瞳で怪物を睨む。
ライオンは口元に冷笑を浮かべ、掌に雷光を凝らしていく。
戦局は、再び新たな死闘へと傾いた。
——大広間 · 再戦前の決断
ライオン(ライオン・ミロス)の掌に純白の光が咲き、光の短剣へと凝縮された。
《闇と光は互いを喰らい合う……他の属性なら黒霧に呑まれるだけ。
唯一、光だけが奴を貫ける!》
光と闇が広間で対峙し、衝突の気配に空気が震える。
ギルドマスターの瞳孔が収縮し、呼吸が止まった。
灰の瞳に映る光刃は、まるで遠い記憶の残響を呼び覚ます。
「光明……伝説のはずの源律の力!
かつて黒潮を払拭し、千の兵を癒したとされる……その光が、今まさに私の目の前に!」
胸の奥に驚愕と畏敬が渦巻き、背筋に寒気すら走る。
「この小僧……ただの密偵ではない。時代の残火を背負う者だ!」
白忻は呆然とし、両手で胸を押さえ、光に目を細める。
《わぁ……眩しい、かっこいい……けど、そんなに特別なの?
ただの……光る短剣にしか見えないんだけど!? なんでみんな化け物でも見た顔してるの!?》
彼女には「光明」の重みなど分からず、ただ場面が派手に見えるだけだった。
ライオンは振り返り、いつもの軽薄な笑みを浮かべる。
「小さな太陽、安心しろ。魔人に指一本触れさせやしない。
……ま、もし『頑張れ』って応援してくれたら、もっと力が出るんだけどな?」
白忻の顔が一瞬で真っ赤になり、怒鳴った。
「なっ……バカ狐っ!」
ライオンは再び前を向き、光刃を握り、雷光を足に纏う。瞳は鋭く光る。
「この戦い……黒霧を裂けるのは光だけだ!」
白刃が閃き、彼は地を蹴った。
伯爵ロデリック(ロデリック・フォン・グランデール)の黒霧が渦巻き、白き閃光と正面から激突する。
広間は、再び光と闇の決戦に呑まれた。
——大広間 · 衛兵の到着
数名の衛兵がようやく壊れた広間に駆け込んだが、目の前の光景に凍りついた。
「領主」は黒霧に包まれ、瞳は血に染まり、暴虐な気配を放っている。
一方、ギルドマスターは壁際に片膝をつき、唇に血を滲ませていた。
「りょ……領主様……?」
驚きが広がり、槍を握る手が震えた。
ギルドマスターは顔を上げ、かすれた声で鉄のように告げる。
「よく見ろ。そこにいるのは、もはやお前たちの領主ではない。」
指先が怪物を示す。
「奴はシャドウ・フラグメントを呑み、三年の軍費を貪った。……今の奴は堕ちた魔人だ。」
——衛兵の動揺
「ま、魔人……?」
顔を失った者は膝をつき、槍を握る者も全身を震わせた。
恐怖と混乱が波のように広がり、呼吸すら困難になる。
ロデリックは両腕を広げ、黒霧を噴き上げる。
「そうだ! これが真実だ! 帝国も、律法も、すべて我が足下にひれ伏せ!」
ギルドマスターは痛みを押し殺し、冷たく命じた。
「退け。ここはもはやお前たちの戦場ではない。」
衛兵たちは目を合わせ、ついに混乱のまま退いた。
心の奥で悟っていた――領主はもう領主ではなく、討たれるべき怪物だと。
——大広間 · 光と闇の対決
灰塵が舞い、広間は無残に破壊されていた。
ギルドマスターは片手で床を支え、胸を上下させ、戦える余力は尽きていた。
白忻は壁際に縮こまり、恐怖の瞳で戦場を見つめるしかなかった。
ただ一人、ライオンだけが金の瞳を燃やしていた。
彼は光刃を掲げ、低く笑みを滲ませて言う。
「ならば――この芝居、最後まで演じ切るのは俺一人で十分だ。」
ロデリックは黒霧を纏い、狂気の赤瞳をぎらつかせる。
巨剣を振り下ろすたび、床は割れ、衝撃で白忻の胸が締めつけられる。
ライオンは雷光を纏い、光刃で迎撃する。残像が交錯し、金と黒が激突し、石片と火花が飛び散った。
《闇はすべてを呑み込む……だが光だけがそれを切り裂ける。
俺が退けば、この場の全員が黒霧に飲まれる。》
「――暁光突撃!」
閃光が爆ぜ、ライオン(ライオン・ミロス)の姿は白光と化して伯爵の目前へ。
光刃は胸を貫き、黒霧の鎧を裂き、肉を灼いた。
ロデリックは呻き、だが両腕を広げて叫ぶ。
「暗影の牢獄!」
黒霧が瞬時に凝固し、鎖のような影条となってライオンを絡め取る。
空気は軋み、柱も壁も深々と裂けた。
ライオンは後退するも、一本の鎖が腕を掠め、肌に焦げ跡が刻まれる。
歯を食いしばり、光を極限まで圧縮し、鎖を砕いた。
「畜生め……」低く笑い、金の瞳をさらに燃やす。「その方が燃えるってもんだ!」
二人は再び激突。
魔人の巨剣は黒霧を引きずり、大広間を揺らす。
光刃は流星の弧を描き、隙間を突いて連撃し、黒霧を揺らした。
広間に残るのは二人の呼吸と力の衝突。
黒霧は海、光刃は太陽。
ギルドマスターと白忻は遠くから見守るしかなかった。
白忻の瞳は丸く見開かれる。
《う、うわあああ……映画のB級どころじゃない!
剣だの光だの黒霧だの……完全にボス戦でしょ!?
あたし、ただの見習いなのに!!
ライオンが負けたら……夜食どころか人生終了じゃん!?》
——大広間 · 決戦の終局
ライオンの金瞳が冷たく輝く。
《黒霧の鎧は厚い……正面からは無理だ。
光閃で盲点を作り、背後から根源を貫く!》
掌を広げ、光を極限まで圧縮する。
「光閃!」
白光がロデリックの双眼を灼き、視界が白に染まる。
ライオンは雷光を纏い、背へと回り込む。
だがロデリックは本能の巨力で乱撃。
「ドンッ!」
拳がライオンの胸に直撃。血を吐き、石柱へ叩きつけられる。
《ちっ……光閃は一瞬の目くらましに過ぎない。本能で反撃できるか。》
ロデリックは頭を抱えて呻くが、追撃は来ない。
ライオンは膝をつき、血を吐きながら声を絞る。
「会長……拘束は、まだ……?」
ギルドマスターは胸を上下させ、歯を噛み、頷く。
「これが……最後の力。」
ライオンは刃を両手で握り、光を極限まで圧縮。
ギルドマスターは大地を叩く。
「土縛・四極陣!」
床石が裂け、岩の鎖が噴き出し、伯爵の四肢を絡め取る。
黒霧が逆巻き、必死に暴れるが、鎖は辛うじて耐える。
ライオンは跳躍し、金瞳を燃やす。
「零域・碎光!」
圧縮された光が矛となり、腹を貫く!
白光が爆ぜ、黒霧の根源を裂いた。
ロデリックの絶叫は途切れ、巨体は轟音と共に崩れ落ちる。
塵が降り積もる。
ギルドマスターは力尽き、崩れ落ちる。
白忻は呆然と胸を押さえ、心臓が破裂しそうに跳ねる。
ライオンは突きの姿勢のまま、金瞳を燃やしていた。
魔人ロデリック――ついに滅びた。
ギルドマスターはよろめきながら歩み寄り、荒い息の中で微笑んだ。
「……よくやった、ライオン。」
その言葉と共に、体は限界を超え、前に倒れ込む。
「会長!」
白忻が叫び、慌てて駆け寄る。
ライオンも顔色を変え、腕を伸ばして支えた。
大広間に響くのは、二人の必死な声だけ。
瓦礫と灰燼の中、静寂が訪れる。
——第六章 · 終
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
皆さまの応援と感想が、物語を続ける何よりの力になります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




