第6章 B · 暗影の夜
前回(第6章A)では、白忻が闇に囚われ、伯爵の寝室で命の危機に――。
そこへライオンが現れ、帳簿と禁忌の証拠を突きつけ、伯爵との激突が始まりました。
今回はその続き、大広間へと戦いが広がっていきます。
——衝突の現場
廊下の果てで、爆音が炸裂。
重厚な扉が「バンッ!」と吹き飛び、灰塵を巻き込んだ衝撃波が押し寄せた。
ギルドマスターの衣が獲物のように舞い、彼女は正面から灰の奔流へ踏み込んだ。
目に映ったのは――
矢のように吹き飛ぶライオンの姿。背を石壁に叩きつけられ、破片が散る。
だが彼はすぐに片膝をつき、口元に冷笑を残したまま起き上がる。まるで倒れた姿そのものを嗤うかのように。
部屋の中央では、ロデリックが大剣を振り回し、狂獣の如く咆哮していた。
剣圧がまだ空気を震わせ、床はひび割れ、木材は裂け、塵が霧のように舞う。
——ギルドマスター · 心の声
「……この力……!」
瞳孔が収縮し、心臓が冷たく凍る。
「これは尋常な黒曜級の剣圧ではない……。
私ですら、正面から受ければ無事では済まぬ。」
指先が無意識に震え、呼吸は刃のように喉を裂く。
「もしあの小僧が雷刃で受け流さなければ――既に片腕は失われていただろう……」
視線はベッドへと向かい、そこには枕に縋るように縮こまる白忻の姿。
少女は全身を震わせ、目は焦点を失っている。
――その一瞬、ギルドマスターの心臓は鋭く張り詰めた。
——真相の露見
ギルドマスターは部屋へ踏み込み、礼装の裾が砕けた木片を掃き、灰色の瞳は刃のごとく冷たかった。
「伯爵、ここで何があった? 白忻はどこだ?」
天蓋が剣風でめくれ、白忻はベッドに崩れ落ちていた。
胸は激しく上下し、瞳は虚ろ――明らかに異なる力に蝕まれている。
ロデリックの顔が一瞬こわばり、すぐに怒号で取り繕う。声は壁を震わせた。
「この小娘は酒で潰れただけだ! それにこの小僧――勝手に寝室へ踏み込み、ありもしないことを喚き散らしている!
ギルドマスターよ、即刻こやつを拘束せよ!」
罵声の嵐、その気迫は荒れ狂うが、ただ責任を押し付けようとしているだけだった。
ライオン(ライオン・ミロス)は肩の埃を払いつつ、口元に冷笑を浮かべた。
「ハッ……それがお前の言い訳か?」
彼は手を振り上げ、帳簿の頁を「パタリ」と散らす。数字の改竄跡は誰の目にも明らか。
続いて掌に現れたのはガラス瓶。瓶の内で黒霧が渦巻き、呼吸さえ奪うように蠢いた。
「三年間の軍費はすべてお前の金庫に消えた。そして――この《シャドウ・フラグメント》。
禁忌の代物。これ一つで、お前も一族もまとめて処刑台行きだ。」
金の瞳が冷光を放ち、その声は鉄槌のごとく重く響いた。
「お前は横領者に留まらない。……反逆者だ。」
——大広間 · 騒動の拡散
扉の外、逃げ遅れた貴族と従者たちが騒ぎに引き寄せられ、ちょうどこの言葉を耳にした。
驚愕の声が一斉に弾ける。
「な、なんだって!? 伯爵が闇を隠していた!?」
「軍費……すべて飲み込んだのか!?」
「反逆……これは反逆罪だ!」
恐怖と怒りは廊下に広がり、炎のように館全体を焼き尽くす。
——ギルドマスター · 心の声
「……やはりか。三年の贅沢は虚空から出たものではない。根はすでに腐り果てている。」
灰色の瞳は刃のように鋭く、指先は掌に食い込む。
「シャドウ……。この事実が帝都に届けば、帝国どころか教国までも敵に回るだろう。」
呼吸は整っているが、氷のように冷たい。
「ロデリック……お前の終焉は――今夜だ。」
——寝室 · 罪の自白
ざわめきは次々と広がり、烈火のように廊下を駆け巡る。
「伯爵様が禁制品を……!?」
「軍費……三年間ずっと逼迫だと騒いでいたのに!」
「反逆……これは死罪だ!」
従者たちは蒼白に、貴族たちは声を潜めて視線を揺らした。
――その囁き一つ一つが刃となり、ロデリックの耳を突き刺す。
彼の額に青筋が浮かび、歯は軋みを上げる。
「黙れ……黙れぇ!」
だがライオンはますます冷笑し、金の瞳を炎にきらめかせた。
「どうした、伯爵殿? 図星を突かれたら吠えるしかないのか?」
彼は床に散らばった帳簿を指で叩き、嘲りを込めて続ける。
「俺の捏造じゃない。子供の宿題みたいに雑な改竄跡だ。こんなもの、俺みたいな素人でも見抜ける。
――これで帝都の監査官を騙せるとでも?」
「貴様っ……!」
ロデリックの手にした大剣が震え、殺気は胸を破って溢れかけた。
扉の外で貴族の一人が鼻を鳴らした。
「やはりだ……北境の資金は怪しいと思っていた。」
もう一人が低く呟く。
「ふん、“帝国の盾”などと……よく言えたものだ。」
囁きは次々と耳へ突き刺さり、冷たい視線が彼を丸裸にしていく。
ロデリックの身体が震え、眼は狂気を帯びた。
そして突然、豪快な笑い声がすべてをかき消した。
「ハハハハハ……いいだろう! もう隠すのはやめだ!」
双眸は血に染まり、大剣を床に突き立てる。
部屋は激震し、塵が舞い上がる。
「そうだ! 帳簿は俺が改竄した! 軍費は俺が飲み込んだ! この館の黄金は――帝国の血肉で築いた山だ!」
――悲鳴と驚きが爆ぜる。
「み、認めた……!」
「終わりだ……これは死罪!」
だがロデリックは狂気の笑みで叫び続ける。声は低くも興奮に震えていた。
「そして――シャドウ・フラグメント!
数年前、俺がネクソス島へ遠征したとき、死屍累々の中で見つけたのだ!
その残骸を握った瞬間、理解した……冷たく、それでいて力が脈打つ。低い囁きが俺を呼んでいた!」
乾いた唇を舐め、声はますます狂熱を帯びる。
「最初は秘術が必要だと思った。だが違った――これは普通の魔力と同じだ。ただより直接的に、より残酷に、より甘美にな!」
そう言うや、赤く濁った眼差しはベッドの少女に突き刺さる。
白忻のドレスは乱れ、呼吸は荒く、網にかかった獲物のように震えていた。
伯爵の笑みは歪み切り、声はかすれ、淫らな震えを孕んでいた。
「彼女は……すでに闇の味を知った。朦朧とし、喘ぐその姿……格別にそそるだろう?」
一歩、また一歩と近づき、その声はますます下卑たものになる。
「宴が終われば、ゆっくりと調教するつもりだった。
この“小さな太陽”を俺だけのために輝かせる。……ふふ、ギルドマスター、お前も見てみるか?
彼女が俺の腕の中で震える姿を――なぁ?」
ギルドマスターの顔色は瞬時に氷点へ落ち、瞳は刃のように殺意を帯びる。
心の声
「……これはただの腐敗ではない。この男はすでに闇に呑まれ、怪物へと堕ちた。」
——寝室 · ギルドマスター出撃
ギルドマスターはもはや抑えきれず、雷鳴のような喝声を放った。
「ロデリック――!」
魔力が一気に奔流し、両手を振りかざす。床石が隆起し、蜘蛛の巣のように裂け、次の瞬間爆ぜた。
「――土連弾!」
数十の岩塊が湧き上がり、豪雨のように降り注ぐ。寝室は粉塵に覆われ、梁が折れて轟音を立てた。
ロデリックは怒声を上げ、大剣を振り回す。剣光は銀龍のごとく奔り、飛来する岩塊を次々と斬り裂く。
石片が弾け飛び、それでもなお彼は立ち続け、殺気はますます膨れ上がった。
ギルドマスターの灰瞳が冷たく光り、衣がはためき、一歩踏み出す。
「――風刃!」
空気が鋭く鳴き、見えぬ刃が斜角から切り込む。剣を避け、伯爵の胸を狙い撃つ。
衝撃は正面から叩きつけられ、彼の胸を揺さぶる。巨体はついに退き、
壁を粉砕して吹き飛び、二階から大剣もろとも墜落。床は震え、塵が雨のように舞った。
——大広間 · 新たな戦場
煙塵の中、ロデリックが残骸から立ち上がる。
荒い呼吸、血に濡れた眼、笑みはすでに歪んでいた。
「くっ……ギルドマスター! 貴様も俺に逆らうか!」
広間は戦場と化す。
燭火は乱れ、掛け布ははためき、貴族は悲鳴を上げて逃げ惑った。
ギルドマスターは砕けた二階の縁に立ち、灰瞳は寒鋒のように下を睨む。
「お前はもはや北境の将軍ではない……欲望と闇に呑まれた怪物だ。」
——大広間 · 三者の交錯
煙が渦を巻き、ロデリックは瓦礫を踏み砕きながら歩み出る。
大理石は一歩ごとに割れ、剣を掲げて狂笑した。
「来い! まとめて相手してやる!」
——ライオン · 影に舞う狐
金の瞳が閃き、身体は電光のごとく走る。
掌の短剣は雷刃へと変わり、閃光は伯爵の腕を裂いた。
電流が迸り、筋肉が一瞬痺れる。
「ちっ……皮膚は城壁並みかよ。」ライオンは冷笑し、影へ退いた。
——ギルドマスター · 正面の圧制
灰の瞳は冷たく、両手が石を巻き上げる。
岩塊は豪雨のように降り注ぎ、伯爵を正面から押し潰す。
ロデリックは咆哮し剣を振り抜く。火花と石片が広間に散り、気流が荒れ狂った。
大剣は強大だが、一撃ごとに腕は痺れ、汗は額を伝い、呼吸は乱れる。
そこへ雷光が隙間を縫い、たびたび防御を裂いた。
ギルドマスターは冷然と断じた。
「ロデリック――今宵がお前の最期だ。」
土石は流星のように落ち、雷は毒蛇のように閃き、二人の攻勢は伯爵を圧倒。
柱は崩れ、シャンデリアは落下し、広間は狩場へと変貌した。
伯爵はなお咆哮し抗ったが、すでに息は乱れ、剣筋は鈍る。
ライオンの金瞳が細まり、雷刃が霧散。
両掌を広げて叫ぶ。
「――大風圧!」
気流が爆ぜ、塵を巻き上げ、伯爵を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられ、血を吐き、片膝をつく。
ギルドマスターの衣が揺れ、灰瞳は氷のように光る。
「ふん……やるな、小僧。風の圧制術をここまで使えるとは。」
ライオンは手を払ってニヤリと笑う。
「へへっ、会長に褒められるなんて滅多にないぜ。気をつけろよ、そんなこと言うと俺に気があるって思っちゃうぞ?」
ギルドマスターは冷ややかに視線を送り、言葉は発さない。
だが心の奥で確信していた――この笑う狐は、表に見える以上に危険な存在だ。
——最後の審視
ギルドマスターは血溜まりの伯爵へと歩み寄った。
ロデリックの顔は血に染まり、荒い呼吸を繰り返しながらも、なお威厳を保とうと必死だった。
灰の瞳は冷たく、見下ろすその姿はまさに裁き。
「かつての北境の守護者……今やこの醜態。……吐き気がする。」
ライオン(ライオン・ミロス)は笑みを消し、二階の崩れた穴を見上げる。
「……そろそろだな。後始末は任せるぜ、会長。俺は“小さな太陽”を、あの汚えベッドから引き上げてくる。」
そう言うや、影のように身を翻し、二階の煙塵へ消えた。
寝室は半ば燭火が消え、焦げた臭いが漂う。
白忻はベッドに横たわり、呼吸は荒く、鎖骨と額際には黒い霧が絡みついていた。
ライオンの金の瞳が細まり、掌に眩い光を放つ。
「――閃光、浄化!」
白光が部屋を駆け抜け、黒霧は悲鳴のような鳴き声を立て、煙のように消え去った。
彼女の呼吸は次第に整い、顔色も戻っていく。
——白忻の覚醒
「……ん?」
朦朧と目を開けると、目の前には見知らぬ少年の顔――黒髪に金の瞳、口元には戯けた笑み。
「お目覚めか、小さな太陽。危うく黒霧に呑まれるところだったぞ。」
白忻は胸元の衣が乱れ、裾も崩れていることに気づき、真っ赤になって叫んだ。
「きゃ――っ!!」
慌てて胸を抱きしめ、耳まで真っ赤に染まる。
「き、君は誰!? ここ……一体何なの!?」
「名乗ろうか、ライオン・ミロス。宰相直属の密偵、たまにヒーローの真似事もする。
さっきまでの話? ……簡単に言えば、伯爵がお前を私物にしようとしてた。」
彼はベッド脇に身を預け、わざとらしく付け加えた。
「俺がいなきゃ、お前はもう“伯爵夫人・小さな太陽”になってたな。」
白忻の頭は真っ白。
心の声:「う、うわああああ! あたし今、危うく……!? これって社会的死亡どころか、人生終了じゃん!!」
慌てて布団を引き寄せ、自分を包み込み、顔は真っ赤で蒸気を上げるほど。
ライオンは悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「安心しろって。俺は気にしちゃいない。むしろ……その乱れ方、けっこう似合ってるぜ?」
「な、なな……っ!」
白忻は涙目で詰まり、全身を真っ赤にして怒鳴った。
寝室には、布団に縮こまる少女と、ベッドの端に余裕で凭れる少年。
燭火に揺れる金の瞳は、まるで狐のように光り輝いていた。
空気は気まずくも、どこか妙に甘い。
だがその奥で、白忻の心にかすかな安心感が芽生えていた。
——つづく
次回は午後3時に更新予定です。
決戦の行方を、ぜひ楽しみにしていてください!




