①揚げ物の香りは希望の匂い─無口なエビフライ少女と“だぎゃー”の相棒、ころんとまなぴーの商店街革命!
夏も終わりを告げる納涼祭! ٩( ''ω'' )و<たまやー!かぎやー!・・えびふりゃー!!!
元は『みこと。@ゆるゆる活動中*´꒳`ฅ 様』が描かれたイラストに私が惚れたのが始まり!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1778570/blogkey/3475830/
謎のエビフライ娘が、小5女子 ”ころんとまなぴー”のいる町にやって来た!
果たして、寂れたシャッター商店街を”揚げ物”で復興できるのか、否か!?
(≧▽≦)<作品制作にあたり、みこと。ご本人様より『使用承諾』を得ております!
快く承諾して下されたこと・・この場を借りて、熱く御礼申し上げます!m(__)m<揚げ物だけに←おひ
【――時間は、午後八時――】
パソコンの前に座った青年は、疲れた目で画面をにらんでいた。
リモート会議。
対面でないからこそ、彼の言葉はどこか空虚に響き、自分の存在感が薄れていくのを感じる。
画面から見えぬように置かれた机の横には、コンビニで買った揚げ物弁当。
ひと口食べたが油は重く、衣は冷めて固い。
心に沁みる、あの味ではなかった。
――ピロン。
スマホの画面に着信が表示される。
差出人は『父』。
青年は一瞬ためらい、結局、そのまま画面を伏せた。
【――ある夏の日。とある商店街――】
寂れた商店街の片隅、シャッターが連なる通りの中で、まだ小さな灯をともしている店があった。
揚げたてのコロッケが、油切りの網の上に静かに並べられる。
老舗の揚げ物屋――『コロッケン』。
素材の味を生かした昔ながらの牛肉コロッケが名物であり、物価高のこのご時世でも当時の値段と味を守っていた。
食欲をそそる油の匂いと、パチパチとした心地よい音色。
黄金色に輝く衣からは、じゅわじゅわと音を立てて、まだ熱気が立ちのぼっている。
その店先には、ふたりの女児の姿があった。
「ん〜〜!やっぱりここのコロッケ、サイコーだよ!ねっ、まなぴ~♪」
緑のお団子ヘヤーの女子が熱々のコロッケを大口でかぶりつき、ハフハフと頬を膨らませる。
屈託のない元気な笑顔で周囲を照らす!、そんな雰囲気のある少女。
「・・ころん、そんなに急いで食べたら、舌がヤケドしちゃうよ?」
その隣で黒髪、黒ぶち眼鏡の女の子が心配するような声をかけた。
黒髪少女の手にも、同じ熱々のコロッケがある。
ふたりは同じ学校に通う同級生、小学五年の女子生徒。
緑の髪と瞳を持つエキセントリックガール、”転田ころん”――あだ名は”ころん”
黒髪と黒目の大人しそうな自称・文学絵師、”探口まなみ”――あだ名は”まなぴー”
動と静、興と沈、光と影、予測不能と優柔不断。
全く違うタイプのふたりは、しかし、仲の良い”友達”であった。
――そのとき。
びぃぃぃゅゅぅぅぅーーー!!!
一陣の風が吹き抜ける。
美味しそうな揚げ物の香りが、シャッター街のアーケードに満ちる。
じゃり・・じゃり・・足を引きずる音。
そちらに視線を向けるふたり。
音の奥に現れたのは、ボロボロの布をまとい、フードを深くかぶった人物。
その顔は影に隠れて見えない。
ただ、今にも倒れそうなフラフラとした足取り。
謎の人物がふらりとこちらへ歩み寄った・・か、に見えた瞬間――
しゅばっつ!!!
「「・・!!??」」
一瞬で距離を移動し、突然、バクリと噛みついた!
「あぁっ!?ころんのコロッケ食べた!?」
「・・ころんのじゃないよ?、私のなんだけど・・」
――そう、まなぴーの手にあった熱々のコロッケである――
サクッ……もぐもぐ。
奪ったコロッケを謎の人物は黙々と食べ続ける。
ほくほく……もぐもぐ。
フードから露わになったのは、薄い灰色の髪に紫の瞳の不思議な少女。
歳の頃は、ふたりと同じぐらいだろうか。
はふはふ……もぐもぐ。
「くっ!、ころんよりも美味しそうに食べるなんて!?」
「そこは、『よくもまなぴーのコロッケを奪ったな!?』、じゃないのね?」
謎の少女は、いつものころんとまなぴーのやりとりにも気に留めず咀嚼する。
「「・・・・・・」」
その真剣な食べっぷりは神聖な祈りのようで、ふたりは完食するまで待ってあげることにした。
――謎の少女がコロッケを完食したと同時に。
「おいおい!?いきなり他人さまのコロッケ食べるなんて、行儀が悪いだぎゃー!?」
突然、その髪につけられた“エビフライ型の飾り”が喋った!?
「え、エビフライの髪留めが喋ったぁー!?」
「・・なんで名古屋弁なの?」
ころんとまなぴーは目を丸くして叫ぶ!&叫ばない。
「おっ?、うちの名前は”えびふりゃーちゃん”や!、よろしくだがね!」
髪飾りの自称”えびふりゃーちゃん”は、ぴよんっ!と少女の頭頂に飛び上がる。
「この娘はでら美味い揚げもんに目がなくてなぁ~・・空腹に耐えかねて、ついついあんたの分のコロッケ食ってしもうたわ・・ごめんやけど許してつかあさい!」
ぺこりっと頭を下げる、えびふりゃーちゃん。
エビだけに見事な角度で折れる腰。
――その身は、細やかなパン粉で揚げられているのかも?
「こりゃ!、おみゃーもなんか言いんや!?・・まったく、この娘は口下手だから代わりにワシがしゃべっとるだぎゃー!?」
ブンブンと揺れながら文句を言い続ける。
少女の瞳が今更ながら気付いたかのように、ふと二人を見た。
「・・私は・・シューリン・・ディープフライド・・」
そして小さく、かすれるように――
「・・とても・・とても、お腹が空いていて・・ごめんなさい・・」
少女も、えびふりゃーちゃんと同じように深々と頭を下げる。
「・・でも・・とても・・とても、美味しかった・・」
コロッケの余韻を心の底から噛みしめるように呟き、頭を上げる。
その紫の瞳に浮かぶのは、真新しい油のような混じりっ気のない”絶賛”の文字。
ころんとまなぴーの二人は、その少女の様子に思わず、『食べられたコロッケも本望だろう』、と少女を責める気持ちが霧散していた。
「おおきに、お嬢ちゃん・・うまいと言ってもろて嬉しいけんど・・」
一連のやり取りを見ていた揚げ物屋の店主が、
「残念やけど、この店はもうすぐお店じまいなんや・・」
しみじみとつぶやく。
「えっ!?、そ、そんなぁ・・学校帰りにタダでコロッケを食べれてたのに!?」
「ころん、そんなことしてたの?・・いつも、うちのころんがすいません、お世話になっています」
「あー・・元はと言えば、ころんちゃんが小さい頃に店先で派手に転んでなぁ・・泣いていたのが始まりやったなぁ~・・」
揚げ網から手を離し、その時のことを思い出すかのように、腕組みをする初老の店主。
「そんで泣き止むようにと、ウチのやつがコロッケをあげちまったんだったか・・」
昔を思い出すように、しんみりと付け足した。
「うんうん、懐かしいね~・・うん?まなぴー?、なに想像してるのカナ?」
こちらを見るころんに、まなぴーは想像した。
――きっと味をしめたころんは、それから必ず店先で転ぶようになったのであろう、と。
「えーっと、今はそんなことしてないからね?・・たまにしか?」
ころんから老舗の揚げ物屋に視線を移し、まなぴーは想像した。
――今のお店には店主がひとりだけ・・ころんは (いちおう)ちゃんとお金を払っている。
まなぴーはころんに連れられて、初めてここのコロッケを食べるところだった。
そこから黒髪、黒メガネのまなぴーは連想する。
「・・うん、わかってる・・」
ころんに頷きを返し、にっこりと笑顔を向けるまなぴー。
「ころんのそういうところが、私はす・・」
ガッシャーン!!!
「なぁ、会長さんよぉ、そろそろこの土地、俺たちに譲ってくれてもいいんじゃねぇかぁ!?」
まなぴーの言葉を遮るように、商店街の奥から大きな音と声が聞こえてきた。
「ありゃぁ、おかぁ・・いや、町内会長さんじゃねぇか・・?」
柄の悪そうな男たち三人が、老齢の女性に詰め寄っている。
「い、いや、それは困りますえ!?、この商店街はまだ・・!」
町内会長は必死に首を振るが、男たちはますます苛立ちを募らせたようで…
三人組の一人が町内会長の襟首をつかみ、その手を振り上げる。
「「「あっ!!!???」」」
思わず声をあげる三人――その瞬間。
バシュッ!バシュッ!!バシュッ!!!
「むがぁ!?」「むぐぅ!?」「むごっ!?」
どこからともなく飛んできた“エビフライ”が、男たちの口に突き刺さった!!!
「「「もご・・もぐ・・うわっ、き、気持ちわりぃ!!!???」」」
ドロドロの衣に油っぽさと生ぬるさが口いっぱいに広がる。
「・・揚げてから・・かなりの時間が経ってるから・・」
謎の”エビフライ娘”が、三人の口にエビフライを投げ込んだのだ。
「「「あ、あれっ!?、な、何だか、こ、腰がぁ~!?」」」
思わずエビフライを食べてしまった三人の腰が、ベチャベチャの衣のようにグニャグニャになってしまう。
「「「く、くそぉ〜!?、お、覚えてやがれー!?・・ぶぇえ、キモチわりぃ・・」」」
三人組は顔をしかめ、舌をベロベロさせながら、慌ててヨロヨロとその場から逃げ出していった。
「ふぅ・・助かったわぁ、ありがとぅおす・・でも、あのエビフライは・・まさか、アンタはんは・・?」
男たちから解放された町内会長が、シューリンに礼を言いながら、何かに気付いたかのような口ぶり。
――油の香りがしっかりと染み付いた、揚げ物屋の小さな店先。
少女は、沈黙していた口をゆっくりと開いた。
「・・・私は来た・・」
紫の瞳が、夕暮れの光を受けて揺れる。
「ここに、美味しい揚げ物の灯が、消えてしまうのを感じたから」
その声は低く、しかし震えるほどの情熱を秘めていた。
「・・揚げ物は、ただの油の塊じゃない」
まなぴーところんが思わず息を呑む中、少女は続ける。
「今の調理法なら、オリーブオイルやキャノーラ油を使えば軽やかに仕上がる」
「余分な油はしっかり切って、衣は薄く。そうすればカロリーは抑えられる」
「タンパク質を包み込んで、野菜も丸ごと旨味を閉じ込められる・・栄養も、失われずに済む」
言葉は次第に熱を帯びていく。
「揚げ物は、命を燃やす料理だ」
「衣の中に閉じ込められた旨味は、一口で人を笑顔にする」
「噛めばサクッと音がして、中から溢れる滋味が心を満たす」
「それは生命の喜び、家族の団らん、街の記憶・・そのものだ」
少女は拳を握りしめ、
「だから、消してはならない」
力強く言い切った。
「こんなに真剣に、揚げ物を語る子は初めてや・・」
店主は目を丸くし、やがて小さく笑った。
「わしの作ってきたもんも・・まだ、意味があるんやろうか・・?」
えびふりゃーちゃんが横でぴょんと揺れ、慌てて付け足す。
「そ、そーだぎゃー! この娘、普段は全然喋らんのに、揚げ物のこととなると止まらんだぎゃー!、それだけ、ここのコロッケが旨かっただぎゃー!」
まなぴーもころんも少女の瞳に宿る熱を見て、心を打たれていた。
「噂に聞いたことが・・全国の寂れた商店街に”揚げもん革命”を起こす、謎のエビフライ娘がおると・・」
老齢の町内会長――少し腰の曲がった女性は、エビフライ娘の揚げ物への情熱をまっすぐに見つめる。
「アンタはんならば、この商店街を救うてくれるやろか・・?」
その情熱的で揺るぎない響きを持っていた少女を前に、会長の心が動かされる。
「どうか・・わてらに力を貸しておくれやす!」
閉ざされたシャッターや空き店舗を見渡しながら、期待に揺れる会長は深々と頭を下げる。
「・・いや・・わては町内会長として、この町の未来を一人の力に任せるわけにはいかんのや・・」
だが、同時に町内会長としての責任が、重くのしかかるのを感じていた。
「アンタはんの力はもちろん必要や・・せやけど、皆で力を合わせてこそ、この商店街を蘇らせられるんどす!」
すぐに彼女は、背筋を伸ばした。
「お願いや、エビフライ娘はん!、アンタの情熱で人々を動かしておくれやす!、わてらはその炎を受けて、皆で一緒に街を取り戻すんや!、アンタはん一人の戦いには決してしまへん!」
高齢の小柄な体からは想像できないほどの情熱が籠った声。
その声には、長年商店街を見守ってきた者としての誇りと、愛情が込められていた。
「・・今度、この商店街でお祭りが開催される・・それは間違いない?」
――その熱意を受けた紫の瞳が、静かに、しかし鋭く輝く。
彼女は電柱に貼られた一枚の紙を見た。
それは、この商店街で行われる”納涼祭”のお知らせ。
「・・日本の屋台で、揚げ物といえば唐揚げ・・フライドポテト、チーズ揚げ・・」
その場にいる人々の頭が「うんうん」と上下に揺れる。
「だが――むしろ、定番であるはずの串カツや、エビフライにアジフライ、野菜揚げなどを扱う屋台はほとんど存在しない」
その場にいた人々の目が、ぱちくりと一斉に見開かれた。
「あっ!?・・そう言われてみれば・・?」
「エビフライなんて、定食屋かレストランでしか食べられないと思ってた・・」
「ほんまや!、祭りで串カツの屋台なんて、見たことあらへんで!?」
「それは何か問題があるからやろうけど・・でも、その問題が解決できるんなら・・?」
その事実に今さら気付かされ、空気がぐらりと揺れた。
「ここで、この納涼祭で・・日本の屋台と、この商店街に革命を起こす・・」
まるで目の前に、商店街再生の突破口が開いたかのように。
「エビフライ娘である私――シューリン・ディープフライドの”誇り”に懸けて!」
彼女はポスターを指差し、堂々と声を張り上げ、その場にいる全員を見渡した。
「出たぎゃー!、革命宣言だぎゃー!、こうなったお嬢は止まらないだぎゃー! 」
えびふりゃーちゃんが、ぴよんぴょんと勢いよく飛び跳ねる。
「屋台にエビフライ・・そんなの見たことない・・」
まなぴーが珍しく目を丸くしてつぶやく。
「でも、もしあったら絶対食べたい!、ころんは アジフライも大好きだよ!」
ころんは目を輝かせて叫ぶ!
「・・屋台は、人の心を動かす・・揚げ物でしか作れない笑顔が、必ずそこにある」
シューリンは店主に向けて小さく微笑むと、再び短く言葉を紡いだ。
「・・そうか・・わしの手で、もう一度灯せるかもしれんな・・最後の挑戦として、お祭りの夜に」
揚げ物屋の店主は、火傷の痕が白く浮かぶ指を震わせながら、ゆっくりとうなずいた。
少女の情熱は、確かにこの街を変える光になる――
「揚げ物はエビフライだけじゃない・・たくさんの種類がある・・材料をそろえる準備が大切・・」
だが、それを受け止めるのは決して一人ではない。
「わかりました・・そうと決まれば、街のみんなに声をかけさせてもらいますぇ」
商店街の未来は、ここに集う人々の手で少しずつ取り戻されていくのだ。
「ころんも何か手伝うよ!・・味見係ね!」
「わたしも手伝う・・まずは学校でみんなに知らせる・・」
「お嬢ちゃんたち・・おおきに、ありがとぅ・・」
小さな子たちの姿に、目じりを光らせる町内会長。
こうして、寂れた商店街から――新たな“揚げ物革命”が始まろうとしていた。
「よしよし!、おいらの同胞、エビフライを主役に据える時が来たんだぎゃー!」
興奮のあまり、揚げ物屋のカウンターまで、ぴよんっ!と飛ぶ、えびふりゃーちゃん。
――つるりんっ・・どぼーーんっ!?
「これで屋台の唐揚げ一択の時代は終わっ・・・だぎゃあぁぁー!?」
じゅわじゅわじゅわぁぁーー!!!
「「えびふりゃーちゃん!!??」」
――新たな”二度揚げエビフライ革命”も始まろうとしていた・・のかもしれない?
【――時は過ぎ、納涼祭当日、開催前――】
昼間は、まだ夏の名残りを思わせるじりじりとした陽射しが町を照らしていたが、夕刻になると涼やかな風が吹き始めた。
ここは、商店街の中央に位置する広場。
通行の妨げにならず、人の流れを回遊させやすい場所。
そこに、揚げ物屋の販売ブースや飲食スペースなど、”揚げ物”特設エリアが設けられていた。
「みなさん・・これから納涼祭が始まります・・」
広場のざわめきが少し落ち着き、子どもも大人も、町内会長の姿を見上げた。
そこには、商店街の住人たちだけでなく、多くの人が集まっていた。
「――ここに並んだ材料は、ただの魚や肉や野菜やあらしまへん」
細く、しかししっかりした声で、町内会長は語り始める。
紫がかった夕暮れの光に照らされる顔は、長い年月を経た皺に彩られていたが、瞳の奥には熱い光が宿っていた。
「魚屋はんが心を込めて骨を取ったアジ、丁寧に捌いてくれたイカ」
「肉屋はんが串を打った豚肉や、ひとつひとつ殻を剥いたウズラの卵」
「八百屋はんが涙に耐えて刻んだタマネギや、歯ごたえを残して切ってくれたレンコン・・」
会長の手が、広場の群衆ひとりひとりをさすように、ゆっくりと振られた。
「それと、それを手伝ってくれた子どもたち・・ほんまに、ありがとぅ・・」
ころんやまなぴーを始め、同じ小学校の生徒たちも参加していた。
この揚げ物をメインとした納涼祭は、揚げ物屋コロッケンだけではなく、この商店街に関わる全ての人々の協力で成り立っていたのだ。
「みんなの手間ひま、汗や笑顔が、この一串一皿に宿っておるんどす」
声は次第に大きく、確かに届く響きになり、聴く者の胸を揺さぶった。
「私は、今回の立役者であるエビフライ娘はんやあらへんけど・・」
歴史ある呉服屋の主人であり、この商店街を見守ってきた彼女の言葉は重い。
「そして今日の主役は、揚げ物そのものやとは思ってまへん・・」
夜の帳が降りはじめ、提灯の赤い光が商店街を染め始める。
「こうして材料を揃え、工夫してくれはった皆さんの想いこそが、油に包まれて黄金色に輝くんです」
口調は、演説のように力強くも、同時に優しい祈りのように柔らかく、聞く者の心に染み入った。
「どうか、この祭りのひと口ひと口が――みなはんの胸を、温こうしてくれますように」
その声に、広場の空気はふっと柔らぎ、熱気と油の香りの向こうに、静かで温かい祈りが漂った。
「ほな、みなはん、頑張りましょうか!・・納涼祭”フライ・ルネサンス”の始まりやで!」
「「「「「おおぅっ!!!!!」」」」
人々は拍手と雄叫びをあげ、子どもたちは小さな手を大きく振り、笑顔をこぼす。
この商店街を愛する者たちが力を合わせ、一斉に動き出していく。
挨拶を終え、スピーチ台から降りる町内会長。
「この商店街を守るために・・娘と同じく、私も精一杯がんばらなあかんなぁ・・」
町内会長は深く息をつき、赤く光る提灯を見上げた。
「・・会長さん・・その・・わしは・・」
その広場の片隅で、揚げ物屋”コロッケン”の店主が会長に話しかけた。
しかし、言いたいことは山ほどあるのに、言葉がなかなかつながらない。
「・・納涼祭が成功してもな、商店街の再生は難しいかも知れん・・」
会長は少し俯き、手で団扇をゆっくりと扇ぎながら呟いた。
「揚げ物屋のあんたが店を畳もうとしていることは、知っとったんどす・・」
かつて呉服屋である実家を離れ、揚げ物屋の店主に惚れた娘を思い、その胸には過去の想いと、未来への願いが重なり合っていた。
「あの子が愛した店が無くなるのは、やっぱり寂しい・・けれど、時代の流れかも知れんなぁって・・」
娘が親の自分よりも早く逝ってしまったこと――店先のコロッケを見る度、胸が詰まるのだった。
だから、義理の親子であっても、同じ商店街の仲間であっても、互いに一線を引いてしまっていた。
店主は、手元の油引きの布巾をぎゅっと握りしめる。
その指は、ごつごつと節くれ立ち、ところどころに火傷の痕が白く浮かんでいた。
熱い油がはねた時に瞬間的にできた細かな斑点は、もう痛みこそないが、薄い地図のように刻まれている。
指先の皮膚は厚く硬化し、まるで革のように艶を失っていた。
それでも包丁を握れば迷いなく動き、パン粉をつければ無駄なく整え、揚げ箸を持てば油の中でネタの状態を音と手触りだけで読み取る。
腕に目を移せば、真っ黒に日焼けした皮膚の中に、幾筋もの古傷が走っている。
袖口からのぞく手首には、油煙と粉が染み込んだかのような独特の香りがあり、それこそが”揚げ物屋の男の匂い”だった。
彼の体は、不器用なまでに真っ直ぐに『揚げ物と共に生きてきた年月』を物語っていた。
そして、その手が揚げたコロッケやフライこそが、町内の人々の心と腹を満たし続けてきたのである。
――しばしの沈黙のあと、店主はようやく小さな声で、でも力を込めて口を開いた。
「せめて、ひとりでも多くのお客さんに、"美味しかった、また食べたい"って思うてもらいましょうや・・」
店主の目に、小さな涙が光った。
「揚子が好きだったオレのコロッケを食べてくれたお客さんに・・ねぇ、お義母さん」
息子の言葉に懐かしい我が子の笑顔、美味しいとコロッケを食べる人々の姿が浮かぶ。
「そうどすな・・」
周囲からは、子どもたちの歓声やフライヤーの油のはじける音が微かに聞こえ始めてきた。
会長はその様子を静かに見つめ、少し微笑んだ。
「今日、この場で揚げ物を囲む人の笑顔こそ、あの子が望んだことかもしれん・・私らは、それを守るんどす」
会長の声は、優しくも確かで、揺るぎない信頼を含んでいた。
「頼みましたえ、勝造さん・・あんたのコロッケは世界一やからね」
そしてその想いを引き継ぐように、二人の間に、言葉以上の思いが静かに行き交う。
祭りの熱気と油の香りの中、老舗の揚げ物屋の店主は改めて決意するのだった――
たとえ店を畳む日が来ても、妻の想いを、揚げ物と共に人々の心に残す、と。
――祭りの夜が、ゆっくりと幕を開けようとしていた。
作中のエビフライ娘ちゃんの元イラストも利用承諾をいただいております。m(__)m<まことにありがとうございます!
さて次回は、皆さまご存知のアノ方が出ちゃいますよ!( *´艸`)<この方もありがたいことに承諾済です!お楽しみに!
・・あ、コロン様と、しいな ここみ様に声かけ忘れた!==(=゜ω゜)ノ<行ってきます!
追記|=゜ω゜)ノ<ただいま!お二人ともご了承いただきました!、ありがとうございます!