5 競りじゃないんだから
「ねぇ、大樹。ちなみにどれくらいホームステイするのかお母さん言ってた?」
「ん? それは聞いてないよ。一週間くらいじゃない?」
「……さすがにそれくらいよね?」
いくら何でも長期間は、私も弟も疲れてしまうかもしれない。
だが、私も大樹も陽キャの母を侮っていた。彼女は、可愛い子には旅をさせるのだ。
そんな甘っちょろい滞在期間ではないということは、その日の晩に判明した。
仕事から帰ってきて、家族三人がお風呂から上がったタイミングで私は話を切り出した。
「ねぇ、大樹から外国人がホームステイに来るって聞いたんだけど……本当?」
「えぇ、本当よ。楽しみよね~」
母はすでに受け入れるのを楽しみにしているようだ。
大樹はテレビを観ながら、ふんふんと話を聞いてはいるみたい。
「それで……受け入れ期間ってどれくらいなの? 一週間くらい?」
「ブッブー。違いまーーす!」
いきなり始まったクイズ大会に大樹も参加し出す。
「じゃあ……一か月!!」
「残念でしたーー!!」
大樹の答えも間違っていた。
「三か月!!」
「六か月!!」
市場の競りのように私と大樹は声を張り上げる。
「違いまーーす!」
「じゃあ、1年!!」
「はい! 正解者は大樹さんでした!! 正解者にはお母さんのハグが贈られます~」
母はそう言って、弟に抱きつく。
……いやいやいやいやいや……
サラリと言ったよね。一年って。
何考えているんだ。うちの母は。
仕方がない。もう受け入れを許可してしまった後なのだから、今更、文句を言うわけにはいかない。
こう見えて母の言う事は絶対なのだ。
腹を括った私は、いつから家に来るのか聞いてみる。
せめて、準備する期間くらいは設けてあるだろう。
「じゃあ、いつから来るの? すぐじゃないよね?」
「そんなすぐには来れないわよ。先方だって準備があるでしょう?」
そりゃそうだ。じゃあ、結局いつ来るんだ。
母の「すぐ」と私の「すぐ」はきっとずれているはずだ。
陽キャの言う準備期間はどれくらいなのだろう。
「来週から来るから、まだ余裕よ~。うふふふ。家族が増えるっていいわよね~」
早くも受け入れ精神旺盛の母の気持ちは盛り上がってきている。
「あ! そういえば、その子、ことりと同じ高校に一年間留学生として通うから宜しくねん~。お母さんってば、仕事早すぎる~」
自分の手際の良い仕事を自画自賛している母を横目に、私は静かに溜息をつく。
どうやら、家で面倒を見るだけでなく、私の学校生活まで脅かされるようだ。
……仕方がない。もう相手も学生ビザを用意して飛行機のチケットも取っているはずだ。
今さらできないなんて言えるはずもない。
これは私と大樹に課せられた任務であり、協調性を身に着け、陽キャの母のような考えを持つ人の感覚を味わうための試練なのだと自分に言い聞かせた。
「じゃあ、その子は私と同じ歳なの? 学年はどうなっているの?」
ひょっとしたら、同じ高校に通うことになっても学年までは異なるかもしれない。
高校一年生か高校三年生という可能性もある。
「ことり! お母さんが決めたんだからわかるでしょ?」
「あーー、そうだね。お母さんが決めたなら、きっと私と同じ高校二年生ね」
「大正解~!!」
そうか。この母なら私の高校生活が刺激的になるように敢えて同じ学年に編入できるように手続きするに決まっているはずだ。下手したら、同じクラスにして欲しいと学校にも要望を出している気がする。
うん。きっとそうに違いない。
「わかった。じゃあ、その子の名前は何ていうの? 女の子でしょう?」
私は年頃の娘の家に来るのだから、母はもちろん同じ女性を選んでいるのだと思い込んでいた。
まさか……いろいろ気にするお年頃の娘と同じ歳の男性が来るとは……全く思っていなかったのだ。
「や~ね。お父さんが亡くなって我が家の家族構成はどうなっていますか? はい、大樹さん!」
お母さんは再びクイズ大会を始める。そこにテレビに夢中になっていたはずの大樹が手をサッと上げる。
おうおう。弟よ、君も大概要領がいいのね。
母親の聞くべきところの会話はきちんと耳を傾けていたようだ。
「はい。現在、女二名、男一名で構成されております!」
「大正解! これではバランスが悪いと思いませんか?」
「思います!!」
弟はキラキラとした瞳で宣言する。
そうか、君も母の意見に大賛成なのだね。
「均衡を保つために、留学生は男の子にしました!! これで我が家は女二名、男二名と絶妙なバランスになると思いませんか?」
「思いま~す!! わ~い!! 嬉しいなぁ。お兄ちゃんか~」
大樹は母の選択に喜びを露わにし、頬を染めている。
そうか……。父を亡くしてから、頼れる大黒柱がいなくなり母が一人で父親役も兼ねていたから、少しは休憩したいのかもしれない。
思春期を迎える弟にも父親代わりにはなれないけれど、相談できそうな兄のような存在がいた方がいいと思って、母はホストファミリーとして受け入れをすることにしたのかもしれない。
……違うかもしれないけれど、ひょっとしたらそういう可能性もあるんじゃないかな。
再婚を考えていないと常々話している母のことだから、これからもしばらくは誰ともお付き合いをするつもりはないのだろう。だから、父親となれる人物を考えるのではなくて、ホストファミリーをすることで、家族らしい形を作りたいと考えたのだろう。
うん。きっとそうだろう。
……でもさぁ、異性だよ!! 恋愛偏差値ゼロの推し活に勤しんできた私には、ハードルが高すぎるよ!
私は心の中で叫び声を上げる。いやいやいや。どうにかなるんだろうか。不安しか……ない!!!!!
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次話でやっとご対面〜!!となります。
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