4 弟よ、語彙力を何とかせよ!
W2の活動休止が決まってから、しばらく経ち、私の学期内テストも終わった次の日のこと。
「お姉ちゃんさ~、お母さんから聞いた?」
小学六年生の弟、大樹が帰宅後におやつを食べながら話しかけてくる。
大樹の座っているダイニングテーブルの前に腰をかけると、私もテーブルに置いてあったカップケーキに手を伸ばす。
カップケーキの上には、小さなクマやらペンギンやらのビスケットが飾られている。まるで、山に登っている動物をお菓子で表現しているような可愛いおやつだ。
でも、どんなに可愛くてもお腹がすいている私は、一気に動物ビスケットごと上からかぶり付く。留めは一撃で仕留める性格。
今時の女子高生なら「可愛い~」とか「映える~」とか言って可愛く写真を撮ってから、食すると思うけれど、私は食い気の方が勝っていた。
ビスケットの飲み込んだところで、弟の質問の意図を思い出した私は大樹に話を戻す。
「何の話?」
「えっとね~、何だっけ? 家に人が来るやつ。むしゃむしゃ」
弟よ。食べながら話すのはお行儀が良くないぞと言おうと思ったら、本人も話しにくいと感じたのか、飲み込むまで咀嚼し続ける。
「ぷは~。やっぱりおやつには牛乳がないとね!!」
大樹は、ガラスコップの上端ギリギリまで注いでいた牛乳を一気に飲み干すと、一息ついた。
弟よ。さっきの話の続きはどうなった?
私は、心の中でマイペースな弟が会話を再開するのを待つ。
「えっとね~、ほら何て言うんだっけ? 人が家に泊りにくるのあるでしょ?」
「学校のお友達とお泊り会でもするの?」
弟の言いたいことを悟った私が、答えを導き出す。最近の子供はお泊り会と称して、ゲームを一緒にやったりもするそうだ。女子の場合は、それが恋バナだったりするらしいけれど。
そういう類いのことだろう。
「お姉ちゃん、残念ながらお泊り会じゃないよ。ほら、見ず知らずの人が家に泊まるやつ?」
「……えっと、何だろう? あれかな? 田舎とかに行って放浪しながら家に泊めてもらう番組こと?」
「ちがーーーう!! もう、わかんないかな~」
弟よ、君の語彙力をもう少し増やしていただかねば全く伝わらないよ。
そう心の中で思いながらも、連想ゲームのような感じで「知らない人」「泊まる」の二つのキーワードで思い浮かべる。
「もうちょっとヒントちょうだいよ」
私もさすがに思い浮かばなかったので、大樹に他のヒントをもらう。
「えっとね~、外国の人が言葉を学びに日本にやってきました。そして、日本人の家に滞在してもいいですよ~って家に住まわせるの。何て言ったっけ?」
「ん? ホームステイのこと?」
「そうそう、それそれ!!」
やっと正解を導き出したことに、弟はニンマリと牛乳おヒゲを蓄えながら笑う。
いつまで経っても 幼児のような弟が……可愛くて仕方がない。
「それで、ホームステイがどうしたの?」
「お母さんがホームステイを申し込んだんだって」
「? お母さん、外国にホームステイに行くの?」
「違うよ~!! 逆だよ!!」
話がうまくかみ合わない。本当に姉弟なのだろうかと疑わしくも感じながら、再び首をひねる。
逆……逆……
ピンッ!!
私は閃いたとばかりに右手の人差し指を真っ直ぐ立てた。
「ひょっとして、ホストファミリーとして受け入れを申し込んだってこと?」
「そうそう!! それだよ~。やっとわかってもらえたね。良かった良かった」
大樹は自分の説明がきちんと伝わったことが嬉しいのか、お腹をさすりながら、もう一個おやつを食べようか迷っている。
いや、動物ビスケットの表情を一列に整列させているから、どの動物を食べようか吟味していると言った方が合っているのかもしれない。
そこで、遅れながらもさっきの言葉を理解する。
「え? えーーー!! 誰か知らない人がこの家にしばらく滞在するってこと?」
「そうそう」
「え? どこの国の人?」
「えっとね~アメリカって言ってたかな」
「じゃあ、一応英語で会話をしようと思ったらできるのか」
「多分ね。でも、その人は日本語を学びにくるみたいだよ」
「……じゃあ、日本語で話せばいいのか」
「うん、そうみたい」
弟が母親から聞いたことを伝言ゲームのようにして、伝えてくれる。
そうか。我が家もどうやら国際的な取り組みに参加するのか。
さすが陽キャの母親だ。
父が三年前に事故で亡くなってから、母が一人で私と弟の子育てをしてくれているというのに、まだ子供を増やしてもいいと考えているとは。
いろいろ苦労しているはずなのに、その大変さを微塵も子供たちに感じさせない母はすごいと思う。
しかも、ホストファミリー? え? お母さん、自分は働きに行っているから、私と弟に押し付ける……もとい、世話を任せるつもりね。
すごいわ。家族の了承も得ずにどんどん突き進む母は、逞しいとも思うし、陽キャの暴走発令中か……とも思えた。




