30 交換しよう! そうしよう!!
ルークの登校五日目。
昨日は、高橋くんがお姫様抱っこしたのは誰だと、たくさん教室を覗き込もうとする見物客が廊下に来ていたけれど、私の顔を見てある程度納得したのか、それとも「私の相手じゃないわね!」と理解してくれたのか、はたまた「高橋くんがあの子のことを好きになることはないだろう」と安心したのかわからないけれど、今日は通常運転に戻っていた。
「さすがに今日は、高橋くんはやってこないわよね?」
「そう願っているけれど、わからないよ」
エリちゃんも「突撃! あなたとお昼ご飯!」と高橋くんがやってこないかランチタイムがやってきてもソワソワしていたけれど、今日は高橋くんは姿を現さなかったので三人で仲良く昼食をとることができた。
「良かったわね! 今日も昼食時間に高橋くんがやってきたら、人の視線が気になって味がわからなくなるもの!」
「ははは。確かに高橋くんが人気者だということは、昨日一日で身に染みてわかりましたよ」
私は、高橋くんの存在は知っていたけれど、それは去年、委員会が同じだっただけで特別仲が良いわけではなかった。高橋くんも私の名前を知っている程度の仲だったはずだ。
「まさか、私も高橋くんとルークがことりの口腔内体液を吸い込むとは思っていなかったけどね!」
「グフッ ゲホゲホッ 体液って言わないでよ~」
「えっ? じゃあDNA含有成分?」
エリちゃんの言葉の選び方が少し独特すぎて、ドギマギしてしまう。
ううぅ、心臓に悪い。
「ことり、ごめんね。イチゴオ・レ飲んでしまったのは嫌だった?」
「そんなことないけど…ちょっとびっくりしただけ…」
さすがに間接キスを想像してしまって、動揺していたとは口にはできない。
でも、昨日の出来事を思い出すと未だに身体が火照ってくるのを感じてしまう。
「もう! ことりは本当にうぶなんだから~」
「そこが可愛くて好きですけどね」
「さすが、ルーク! 解っているじゃないの!!」
エリちゃんとルークは、いつの間にか意気投合して私の良さについて語り合っている。
■■■
放課後。
今日は週二回ある家庭科クラブの日だ。
ルークに伝えていた通り、今日は組み紐を編んで密かにルカ様色のアクセサリーを作ることにしている。
家庭科室には、今日はほとんど人が来ていなかった。
料理をするときは人数がそこそこ多いけれど、手芸をする日は参加者が少ない。
材料をあらかじめそろえたりしていないと活動できないので、来週の活動に向けて買いだしに行く日に割り当てる人も多いのだ。
私は自宅から持ってきた組み紐ディスクを二枚カバンから取り出すと、一枚をルークに手渡した。
それから、缶の蓋をあけて絹糸を選ぶ。
うふふふ。もうすでにルカ様の色をイメージして色は選別してあるんだけどね!!
「ルーク。ここから好きな色を選んでね!! 選んだら編み方教えるからね」
「そうですねぇ…」
ルークは一房ずつ手に取りながら、三色の桃色、白色、薄緑色の糸を選んで手にしている。
「じゃあ、一緒に編むから見ていてね!」
私は組み紐の編み方の本を取り出し、図案とディスクのどの位置に糸を配置するのかルークに教える。
「この糸を、こっちに移動してから…次はこの糸をこっちに移動するの」
「こうですか?」
「ううん。こっちの糸を先に移動させるの」
私は、ルークの大きな褐色肌の手の甲に私の手を重ねて、説明するのに夢中になる。
ルークの隣に密着しながら説明していたので、彼の腕に私の身体が当たっていたことに全然気が付いていなかった。
「ここまでで一セットね。これを何回も繰り返すの。できそう?」
私がルークが理解できたのか横を向くと、目の前に彼の顔があり、心臓が跳ねあがる。
や、やばいわ!! 説明するのに夢中になりすぎて、こんなにも近くにいたなんて意識していなかったわ!!
首を傾けながら、前髪の隙間からニコリと笑う瞳と視線がぶつかった。
「つ…伝わってよかったわ。もし、わからなかったら、いつでも声かけてね!」
「はい。そうします」
そういえば、黒縁メガネをへし折ってしまってから、代わりの眼鏡をかけていないことに気が付く。
「ねぇ、もう眼鏡かけないの? ちゃんと見えているの?」
「えぇ、あれは度は入っていませんので、眼鏡をかけていなくても目は見えています」
「そうなんだ…眼鏡がなくなってから、ルークの瞳がよく見えるようになったから嬉しいな」
口元だけでもルークの表情は読み取れるけれど、やっぱり目が合うと嬉しいと感じてしまう。
「眼鏡…無いほうがいいですか? まだたくさんあるので、かけようかなと思っていました」
「あれ? そうなんだ。お洒落眼鏡ってことかな?」
「……まぁ、人の視線が気になるので何となくかけているだけですが…」
やっぱりルークはシャイなのね!! 人目が気になるから眼鏡をかけていたのだと本音を伝えてくれる。
「眼鏡のルークも素敵だけれど、私は目が見えやすい眼鏡なしの顔の方が好きかな」
「そうですか…」
「あっ、でも、ルークの気分によってかけたりかけなかったりでいいと思うよ!」
「わかりました。では、外ではかけて家の中では外すようにします」
「ルークがいいなら、それでいいよ」
ルークの素敵な瞳を見られて私は嬉しいけど、前髪の奥にある本当は優しさのにじみ出ている瞳に他の人が気が付いてしまったら、なぜだか私の宝物を発見されてしまったような気持ちになる気がして、ちょっと複雑だ。
だから、家の中では眼鏡をかけないというルークの使い分けは、特別感があって嬉しい。
そんなたわいもない会話をしていると、組み紐が編み上がる。
先にはフックを付けているから、簡単にカバンに取り付ける事ができる。
「でーきーた!! ルークはどう?」
「できました!」
私は、編み上がったルカ様色の組み紐を手の平にのせて、眺めて幸福感を味わう。
「あれ? 編み方…おかしいかも!!」
しまった!! 会話に集中していたら、いつの間にか目が飛んで紐の編み方が一部おかしい部分ができている。
いや~ん!! 編み上がるまで気が付かなかった!!
せっかくルカ様をイメージして作ったのに、残念で仕方がない。
「あ~あ、失敗しちゃった。残念~」
私が半泣き状態で項垂れていると、ルークが私の作品を手に取る。
「とても素敵にできていますよ? ちょっと失敗しているところが、また可愛いと思いますけど」
「ルカ様に贈るにはちょっと…失敗作は申し訳ないよ。頑張ってまた作ることにする!」
「じゃあ…これをもらってもいいですか?」
「え? いいけど、ちょっと失敗しているんだよ? それでもいいの?」
「ええ。ことりが一生懸命作った物ですから、欲しいです」
優しいルークは、ちょっと図案がおかしくても構わないのだと言う。
「その代わり…これと交換してもらえますか?」
「え? ルークの作品と? とっても可愛い配色だから素敵だなって思っていたけど…いいの?」
「えぇ。ことりをイメージして編んでみました。だから、受け取ってください!」
「え~!! ありがとう、ルーク!! 嬉しい!!!!」
まさかルークが私をイメージして配色を選んで、編んでいたなんて気づいていなかったのでとても嬉しくて感動してしまう。
「何だか、いいね! お互い編んだ物を交換するなんて!!」
「えぇ、思いがこもっていますからね!」
「うふふふ。ありがとう、ルーク」
「こちらこそ、ありがとうございます」
こうして、私たちは初めての組み紐アクセサリーをお互い交換してカバンにつけることにした。
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その日、久しぶりにルカ様が私生活のコメントを投稿している。
「最近、手芸に挑戦しました!」
そこには色とりどりの糸が綺麗に並んだ写真が写っている。とても映える写し方だ。
「わ! ルカ様も手芸やってるんだ! これ刺繍糸かな? クロススティッチ?とかやっているのかしら。何に挑戦したのか気になるな~」
私はリビングのソファに寝そべりながら、彼女の作品がいつか投稿されたら見てみたいと思ってワクワクしてしまう。
「私が編んだ組み紐も事務所に送れば、手にとってくれるかもしれないかなぁ。そうだといいな!!」
そんなことを想像しながら、ルカ様の組み紐アクセサリーを再び作ろうと決意を固めていて、気が付いていなかった。
写真に写っていた糸は、私が持っていた糸だということに。




