24 少女漫画の見過ぎでしょう
目の前に迫りくる大きな背中を両手で抱え込む。
よしっ、ナイス私!! きちんと受け止めたわよ! 日頃、家事で培った筋力の賜物ね!
と、思った瞬間。
「わわわわわ…」
ドミノ倒しのように自分の身体が後方に傾いていくのと、足が階段の上面から離れていく浮遊感を感じる。落ちて来た人を支えることに失敗したようだ。
あぁ、だめだわ!
二人して落下すると覚悟したけれど、私が受け止めた人は私がいたことで体勢を整えることに成功し、ガシッと階段の手すりを掴んでいた。
良かった。
前から落ちてきた男性は、振り向きざまに私に手を伸ばしてくれるのが見えたため、私も慌てて手を伸ばした。
「あっ」
残念ながら、指先は空を切って手と手が連結することは叶わなかった。
落ちるっ!!!!
私は、慌てて身体を身構える。衝撃に備えて、なるべく骨など負傷しない体勢になろうと思ったからだ。
ドスン
「いててててて…」
私は思っていたよりも、衝撃が少なくて安堵する。
ゆっくり目を開けると、何かに抱え込まれていることに気が付いた。
起き上がろうとしても、すぐに起き上がれない。
指先をゆっくりと動かすと…そこにあるのは、逞しい筋肉!!!!
ゆっくりと顔を動かすと、ルークの腕の中に抱え込まれているという状況に気が付いた。
「ルーク!!!!」
「ことり…怪我はないですか?」
「う…うん。ルークのおかげで大丈夫みたい」
「はぁーー。良かったですー」
安心して息を吐くルークの声が、頭の上から聴こえてくる。
ヤバい。いい声だ。しかも、私の身体の下には素晴らしい筋肉と絶対振りほどけそうにない腕。
「起き上がれますか?」
「うん…」
私の身体からゆっくり腕を離すルーク。
私は下敷きにしてしまったルークから、早く立ち上がろうとお身体を起こす。
「いたっ」
あーあ。落下した時に少し足首を捻っていたようで、足首に痛みが走る。
「ことり、痛いの?」
「うん。ちょっと足首捻ったみたい」
「ちょっと待ってね」
ルークが立ち上がると、周りにいた人がノートを拾ってくれている。
そうか。ルークは私を受け止めようと持っていたノートを放り出して、自ら下敷きになってくれたのね。
冷静になって考えると、あの一瞬でどれだけ慌てて助けてくれようとしたのか理解できる。
「これ…」
近づいて来た女の子が何かを拾って手を前に突き出す。それは、ルークがいつもかけている黒縁メガネだった。どうやら倒れ込んだ時に私とルークの身体で潰してしまったようだ。
「ごめん。ルーク。メガネ折っちゃった…」
「いいえ。メガネ、まだあるので大丈夫です」
黒縁メガネがなくなると、スーっと鼻筋が通ったルークの顔の造形がよくわかるようになる。
ルークは前髪を再び、手で前に持っていき目元を隠す。
やっぱり、眼鏡がないとちょっと恥ずかしいのかしら。
そんなことを考えていた時だった。
「笹波さん、本当にごめん!! 足首、俺のせいで捻ったんだよね?」
「あぁ、大丈夫だよ。高橋くんの方こそ、怪我してない?」
「俺は大丈夫だよ」
私のところに駆け寄ってきたのは、前方から落ちてきた同級生の男の子だった。
「保健室行った方がいいよね?」
「うん。そうしようかな」
そう高橋くんに返事をすると、高橋くんはいきなり私の身体を抱え込みお姫様抱っこしてくれる。
「わわわわわ」
「暴れないで、すぐだから」
「で、でも……歩けるから…」
人生初のお姫様抱っこに動揺が隠しきれない。
しかも一部始終を見ていた周りの生徒からは、「キャーーー」と悲鳴が上がる。
いやいやいや。君たち少女漫画の見過ぎでしょう。
そう思うけれど、周りからパンツが見えていないだろうかとか、重たくないだろうかと気になってしまって、それどころではない。
キャパオーバーです、私。
立ち上がったルークも少し驚いた顔をして、私の顔を見ているようだ。
でも、サッとルークは着ていた自分の上着を脱いでお姫様抱っこされている私にかけてくれる。
そうか。やっぱりパンツが見えそうな状態だったのね…。
私はルークの優しさと咄嗟の行動に感謝する。
「ことり、ノートを職員室に届けたら保健室行くから、先に行ってて」
「う…うん。わかった。ありがとう、ルーク」
「ルークも怪我していないのか? 大丈夫なのか?」
高橋くんは、私を抱きかかえたままルークが負傷していないことも確認する。
「あぁ、大丈夫。ありがとう」
「いや、こちらこそ、本当に悪かったよ。二人ともごめんな。じゃあ、責任持って笹波さんを保健室に連れて行くよ」
「あぁ、宜しく…」
ルークは、軽く私に手を挙げるとノートを拾い集めてくれた人達にお礼を述べて、そのノートを受け取っていた。
うううう。もとはと言えば、日直の私の仕事なのに、ルークに全てお願いしてしまった。
罪悪感に苛まれながら、私は高橋くんの抱えられて保健室に向かった。
いや、本当に恥ずかしいから!!
保健室に続く廊下に「キャーキャー」と騒ぐ声が響き渡る。その黄色い声に耐えられない私は、ルークがかけてくれた上着の中に顔をうずめてやり過ごした。




