14 大きく揺れます
駅に着いてから、いつもより少し早い時間の電車に乗る。
今日はルークが初登校だから、学校のことも説明しようと思って早めに出発したのよね。
「ルーク、朝の電車はすごいからね。ぺしゃんこを覚悟してね!」
「ぺしゃんこ?」
「押しつぶされるってことよ! 会社に行く人と学校に行く人がたくさん乗るから、もみくちゃになるの!」
「もみくちゃ?」
「揉まれまくるってことよ!!」
日本語を説明しておきながら、何だか卑猥な表現と勘違いされそうで、慌てて口をつぐんだ。
「次の電車が来たら乗るからね!」
よし。ルークにどの電車に乗るかは伝えたわ。
それから、小柄な私は自分の身体を守るべく黄色の線の内側で臨戦態勢に入る。
もたくたしていると私の決まった定位置にまで辿りつけない。
電車が到着して降りる人を見送ったあと、私は急ぎ足で乗り込み、反対側の扉の前を陣取った。
「私ね、いつもこの反対側の扉にぴったり貼り付くの。揺れても人とぶつかりにくいし、学校のある駅に到着するまでこちらの扉が開かないのよ~」
いつも通りの安住の地を確保するとルークを扉側に押しやって、その場所の快適さを味わってもらおうとする。ルークは電車の扉に背中をつけて私と向かい合った状態で出発を待った。
「駆け込み乗車はお止めくださ~い!」
駅員のアナウンスとともに、ギリギリ乗り込もうとした人たちが押し寄せて、これでもかというくらい私の背中を押してくる。
「わぷっ」
「……大丈夫ですか?」
私の安住の地である場所は先ほどルークに譲ってしまったので、今日はこの人に押されるのを覚悟しながら足で踏ん張らないといけない。
「うん」
顔の位置が高いルークを見上げるのは早々に諦めて、声だけで返事をする。
たった三駅。三駅踏ん張るのよ、ことり!!
私は自分を励ます。これだけ気合を入れないといけないのは、三駅と言えどもカーブと坂道のアップダウンのある線路だからだ。しっかり足で踏みとどまらないと背中側の人にも迷惑をかけてしまう。
電車のホーム側の扉が閉まると、すぐに動き出す。
余裕を見せていたのも最初だけで、私は一つ目のカーブで早速押しつぶされる。
「ぶふっ」
ひじに高校のカバンをかけて、いつも両手を反対側の扉について外の景色を見ながら乗っているけれど、今回はルークのお腹がこちらを向いていて、体重を預ける扉がない。仕方がないから、ルークのお腹に両手を当てる形になってしまう。
もう! これじゃあ、痴漢と同じじゃない! かと言って、今から両手を下に下げるのもモソモソと動いて怪しさ満点だ。
「ごめん…」
私はルークに聞こえているかわからないけれど、小さな声でお腹に両手をついてしまっていることを謝罪する。
「わっ」
背中側から思いっきり押され、両手に力を入れてしまう。気を付けないと顔がルークのお腹に埋まってしまうからだ。
申し訳ない気持ちで両手をついて、早く時間が過ぎるのを願う。
あれ? ルークの腹筋って……すごく硬くない?
え? 細マッチョ?
背が高いことと、目元がいつも見えないことばかり気になっていたけれど、両手をついている場所はとても温かくて、しかもふよふよしていない。むしろパンと張りがある。
服でよく見えていなかったけれど、すごい腹筋ね…。
私は朝から素晴らしい筋肉を触らせてもらったと感謝している、ちょうどその時。
「大きく揺れます。ご注意ください」
車内アナウンスが丁寧に次の山場を知らせてくれる。
顔がルークのお腹につかないように必死で、不安定な身体を支える。
すると、ルークの手が私の肩に回りグッとルークの方に引き寄せられた。
「寄りかかっていいですから」
そういうと私の顔はポスリとルークのお腹に収まる。ルークが私を引き寄せたことに驚いて、私も突っぱねていた両手の力を抜いてしまったからだ。
ゔう~恥ずかしい~
顔に熱がこもってくるのがわかる。いや、ひょっとしたら車内の熱気かもしれんけど。
もう、いいや。このまま身を委ねよう。
こうして私はルークのお腹に顔をうずめたまま、学校のある駅まで肩を抱かれた状態で登校することになったのだ。
弟と取っ組み合いの喧嘩以外で男性と身体が触れ合ったことない私には、正直刺激が強すぎた。
駅のホームに降り立つとフラフラとよろけながら、ルークに赤い顔を心配されつつ登校することになる。
は、鼻血出てなくて良かった…。
初登校のルークが落ち着いているのに、ホストの私がヘロヘロってどういうことよ!?
そう心の中で叫んでしまった。
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