常連客
「……ずっと気になってたんだけどさ」
「何でしょうか」
「私のどこが気に入ってくれたの?」
「ユカさんが美しいからです」
「全然そんな事ないよ。全然。私ってさ、3年くらいこの仕事やっててさ、常連の人だって殆どできなかったし、出来たと思ってもすぐに来なくなっちゃうし……ずっと来てくれたのなんてあなたくらいだよ」
「人がどう思おうと関係ありません。僕にとってはユカさんが一番なんです」
「ああそう。それは嬉しいけどさ……でも、なんていうかさ……」
「なんでしょうか」
「なんかさ、あんまり楽しそうに見えないことがあるっていうか。あなたみたいなタイプのお客さんってあんまりいないからよくわかんないけど。なんていうか……」
「あまりこういった店に行くタイプに見えないですかね」
「まあ、そうね」
「僕はずっと夢や希望、欲望や理想といったものがいまいち理解できませんでした。何の目標もなく、ただ惰性で毎日をやり過ごして生きてきました」
「…………」
「僕はきっと自意識過剰なんだと思います。僕は僕にとって唯一無二で重大な存在なのに、世界にとっては一粒の砂でしかない。その矛盾がどうしても腑に落ちなくて、自分の人生そのものはどうでも良くなっていました。例え僕が何かの間違いで社会的に成功しても、異性に好かれる事があっても、やっぱり僕は自分の小ささに耐えられなくなっていたと思います。」
「せっかく一度きりの人生だから楽しめばいいのに。随分と難しい事考えるんだね」
「そうですね。頭でっかちなんです。僕は。でも、30にもなってそんな自分を変えたいと思うようになったんです。別に成功したいとか結婚したいとか、そんなんじゃないんです。いい加減自分の事でウジウジ悩むのはやめて、世界の仕組みの方に自分を合わせるべきではないかと、失敗してもいいから自分の人生を生きるべきじゃないかと思うようになったんです。他にやる事もありませんし」
「それでいきなり風俗って、すごいね」
「同僚が話しているのを聞いたんです。それで興味を持って……そういう欲望なら僕にも少しはあったので」
「なるほどねえ」
「…………」
「それで、どう? 少しは希望とか持てるようになった?」
「そうですね。ユカさんと会う日が近付くと仕事にも身が入るようになりましたし、それに、飲み会で風俗の話をしたら話が弾んで、同僚とも打ち解けられるようになりました」
「フフフ。まあ、ギャップって奴かな。それは面白いかもね」
「そうですかね」
「…………あ、もう終わりか。あなたといるといつもあっという間に終わっちゃう」
「あの……」
「なに?」
「僕なんかの相手をして嫌ではありませんでしたか?」
「もう。全然そんな事ないって。あなたといるとすっごく落ち着くし、嫌だなんて思った事一回もないよ」
「本当ですか?」
「本当だって」
「でも……本当の事は分からないです」
「はあ?」
「人が何を思っているかを直接知る事はできないじゃないですか」
「それはそうかもね。でも、そんなのお互い様じゃん」
「そうですね」
「でもこれだけは信じて欲しいな。あなたと会えて本当に良かった。今までずっとありがとね」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「忘れ物とかない?」
「大丈夫です」
「じゃあ、またね……じゃなかった。さよならね」
「はい。さようなら」