自信
兄者が死んだ。
それは突然の報告だった。兄者の4人のパーティの1人である女性冒険のユナが泣きながら俺に話した。
ユナが言うには他の3人は私を逃すために黒い人形の存在と戦ったとのことだった。
それから兄者を含めた3人はベースキャンプに戻ってこなかったそうだ。
そして、本当に申し訳ないとユナは言った。
俺は「ユナのせいではない」というありきたりの言葉で慰めた。
4人とはアタッカーの兄者、タンクのハインケル、ヒーラーのカリン、サポーターのユナで構成されていた。
兄者は32レベル、ハインケルは35レベル、カリンは32レベル、ユナは28レベルでバランスの取れたいいパーティだった。
ただ黒い人形のやつが化け物だっただけなのだ。
この世界には魔人なるものがいる。魔人は人を狩り、己の力とする。
魔人は人を恨み、人を殺す。魔人の存在は謎に包まれている。
魔人は上級冒険者でしか太刀打ちできないぐらいには強く、街や村が一日で壊滅することも珍しくない。
しかし神出鬼没なため、人族は有効な防御手段を持ち得ていない。
魔人は悪逆非道で高い知能を持ち合わせている。
4人のパーティ赤い風が襲われた時も、魔人は「お前らで殺し合えば生き残った奴を見逃してやる」と言っていたとユナから聞いた。
魔人は人の怨念を力に変えることができると言われている。
また他の説には魔人にもレベルが存在して弱くても60レベルはあるとも言われている。
魔人の真名を明かさない限る彼らは黒いモヤに覆われてるように映る。
真名は太古の伝承などに技の特徴などと共に明記されている。
何故太古の伝承に真名が記されているのかわからないが真名を明かすと魔人は真の姿を表す。
そうなったら俺たちは幾分戦いやすくなる。真名を明かすということは弱点を明かすということでもあり、不死の存在である魔人は倒すことができる唯一の手段である。
真名は伝承を覚えなくてはならないのだが、まれに真名を明かすスキルを持ったを人が生まれる。彼らは魔人を専門に狩る聖騎士に配属される。
とにかく魔人に遭遇したら多くの場合で絶望的だということだ。
彼らには血も涙もなく。ただの殺戮マシンである。情けなど微塵もなく、あるのは己の渇望を埋めることだけ。
「ごめんなさい、マルス、本当にごめんなさい」
「謝ることはない、魔人に遭遇してユナが逃げることができて奇跡だったよ、兄者たちもきっと本望さ」
「私は逃げた、仲間の言うことを聞いて、私がいても魔人に勝てないことが分かっていたから」
ユナは瞳に涙を溜めながら話す。
合理的な判断だと俺は思った。俺にはユナを責める理由も余地もない。
ただ、俺とユナに足りないものは分かっているつもりだ。それは少しでも勝つ確率を上げるために残ると言う選択肢だ。だが勝率0.1%が0.11%になることに命をかける価値があるだろうか。
俺の兄者だったらユナには生きてほしいと思うだろう、そして実際の兄者をそれを望んだ。
挑戦と慎重、挑戦の情か、慎重の命かを選ばなくてはならない。
だが情なんてものは集団に必要とされるための手段でしかなく、死んでしまったら元も子もないのである。
そりゃ勝てる可能性のある勇者とかが情を無くしたらなんたる程堕落となるだろう。
だが今回の件はサポーターの少女だ。勝てる可能性はとても低い。
もちろん28レベルで一般や俺と比べると遥かに強い。だか冒険者は自由だ。日本で言うフリーランスだ。働き方をとやかくいう前に自分でやってみろという話である。
赤い風は5年前に結成されたパーティだ。1人のメンバーが抜けることがあったが本当に仲のいいパーティだった。
パーティを抜けた魔法使いのナティクはいま何をしているだろうか。元気だろうか。
俺が赤い風のことをよく知っているのは結成当初から武術や魔術を教えてもらっていたからだ。
皆んな優しくいい人だった。
ユナだけでも生きててくれて本当に良かったと思う。
ユナは薬草に知識に長けてて、よく薬草のことを教えてくれた。
そのおかげで俺は採取クエストを難なくこなすことができるようになった。
1番生活の役に立っているかもしれない。
そんなユナを責めるなんてことは絶対にしない。
少なくてもそういう確証でも出ない限りは。
兄者は俺に戦い方を教えてくれた。
戦う心を教えてくれた。兄者は勇気があり、優しさがあり尊敬できる兄だった。
ネガティブな俺をいつも励ましてくれた。俺にとっては兄者が自信だった。
兄者の心は強かった。壊れることに慣れていて、作ることにも慣れていた。
それに比べて俺の心は弱い、この壊れた心はすぐには修復できないだろう。
これの弱い心は新たな関係を作ることを恐れるだろう。
俺は心身ともに強くなりたい。やっと自信を持てるようになったんだ。
自信とは自分に能力や価値があると信じること。
もちろん知っている俺はレベル2の雑魚だ。魔人になんて遠く及ばないことも、これから多くの失敗をすることも。
だがもう失敗から逃げることには飽きたんだ。俺は今日、失敗から逃げないをこと誓った。