7 魔王城
魔王城の中は、私の想像を遥かに飛び越える場所だった。扉が開き、中の光景を目の当たりにした私は、一瞬ユウシンが連れてくる場所を間違えてしまったのかと本気で思ってしまったぐらいだ。それぐらい、中の光景は私にとって信じられないものになっていた。
魔王城の中、入ってすぐ目の前にあった空間は、大きく広い酒場のような場所だった。無数の机と椅子が配置されており、もうそれだけでも困惑するには充分だったのだが、本当に信じられなかったのは、そこで仲良く話している人達にあった。
「おーーい、俺の飯どこいったか知らねえか?」
「さっきラグルの奴が食って逃げてたよ。」
「キシャル、またてめえ私の杖を隠しやがったな!」
「僕じゃないよ?僕だけど。」
飛び交う声を追うと、巨人、エルフ、妖精、小人、獣人、分かるだけでもそれだけの種族たちがその場にいた。見たこともない種族たちが、魔王城の中の酒場で、仲良く話しながら飲み食いしているという嘘のような光景に、私は完全に脳がやられた。
昔、絵本の中で魔王城の話を読んだことがあったが、そこには、魔王城とは悪い王様の寝床であり、悪い部下たちを集結させている恐ろしい場所とその絵本には記されていたので、少しだけ怖い気持ちと不安があったのだが
「だーー、また俺の飯が消えた!ちっくしょう!少し目を離したらすぐこれだ!妖精にまた盗られた!」
「うるっせえな。少しは学習しろよお前。お前のその台詞毎日聞いてるぞ私。」
「あっちぃ!誰だ私の酒を熱湯に変化させたの!悪趣味な魔法使いやがって!」
「あはは、今度はフェーデルが犠牲になったぞ!」
大勢の者が居て、たくさんの声が飛び交う。そのほとんどが、絵本の中でしかみたことない種族達の会話だ。
「…ユウシン。これ、私が幻覚をみてるとかじゃないよね?」
「いや?ここが魔王城だよ。」
「魔王城って、こんな感じでいいの?」
「愉快だろ?」
ユウシンは笑ってそう言う。だが、私からすれば、絵本の世界にやってきたとしか思えない空間で、まさに信じらない光景だった。
「うん、驚きによる衝撃の方が強いけど、凄く楽しそう。」
入って数秒しかまだ経っていないが、ここの雰囲気は充分伝わった。ユウシンは愉快と言ったが、正しくそれが似合う場所だ。ただ、一つ気になる事がある。
「でも、どうして酒場なの?」
「魔王とか魔王城って聞くと、みんな恐ろしい人物や場所を想像するだろ?その印象を少しでも変えるためにさ。」
「どうして?」
「だって、何も悪いことをしていないのに怖いと言われ避けられるんだよ?買い物とかもまともにできない。悪い印象が強すぎてね。全く、人を噂や見た目で判断してほしくないものだよ。」
酒場にした理由は、物凄く現実的で世知辛い理由からだった。
「それは…悲しいですね。けど、魔王城の中を酒場にしたからって印象とかって変わるものなの?」
「うん、これが結構変わるんだ。この魔王城に入れるのは、僕が許可を出した者と、買い物先に選んだ国や街、村の人達だけなんだけどね、なんだかんだ魔王城に興味がある人は多くて、よく多くの人が来てくれるんだ。その時に、想像通りの場所だと思われたくなくてこんな感じにしてみたんだけど。意外と好評なんだよ?」
「なるほど、確かに印象は大きく変わりますね。私も一瞬で今までもってた印象が壊れましたから。」
「だろ?!自分で言うのもあれだけど、僕もかなりいい感じの出来になってると思ってるんだ。部下達もこっちの方が楽しそうだしね。」
実際こうやって印象を変えられてから話されると、納得せざるを得ない。とはいえ、これで世界全体の印象を変えることは、中々に遠く険しい道のりのようにも感じる。
「お帰りなさいませ!!」
「うぇ?!」
そう思った直後、目の前の近い距離から大きな男性の声が聞こえ驚く。
「王よ、この子は今日からの新人ですかな?」
「ああ、そうだ。今日からこの城の姫様だ。名前はレンカ。」
「姫?なるほど、では、今日からよろしくお願いします姫。」
信じられない。目の前の近い距離から声は聞こえるのに、姿がみえない。驚いた理由はそれだ。確かに、今ユウシンと話していた者が目の前にいるはずなのに、その姿が全く見当たらないのだ。
「あ、あの…よろしくお願いしたいのはこちらも同じなんですが…その…何処にいるのか分からないんですが…」
まさか目の前にいる人物にそんな事を言う日がくるとは思わなかった。
「おや?王よ、彼女は魔眼が扱えないので?」
「あっ、忘れていた。そういえばレンカは魔法が使えなかったね。すまない、今視えるようにするから。」
理解できない単語ばかりで会話と現状についていけない。だが、ユウシンがそう言った直後、両目の前に小さな白い魔法陣が出現し
「あ、あーーー!」
今まで視えていなかった存在が、視えるようになる。
「視えたようで良かった。私は、主にこの城の出入り管理を任されている、名をラガーゲルと申します。新しい入城者ということで、レンカ姫、これからよろしくお願いします。」
長身で、全身黒一色の服を綺麗に着て、立派な顎髭を生やしたお爺さんがそこに立っていた。
「ラガーゲル…さん。は、はい…よろしく…お願いします…」
怖いというわけではないが、視えない存在が視えるようになるというのは、また違った驚きがあって混乱してしまう。
「ラガーゲルは幽魔の民でね、夜以外の時間は、こうやって魔眼が無いと姿が視えないんだ。」
「驚かせてしまいましたかな?ですが、申し訳ない。こればかりは自分で制御できなくて。」
「あ、いえいえ!すみません、私も過剰に驚いてしまったというか…失礼を…」
ユウシンが簡潔に説明してくれたが、ほとんど訳が分からないのを無理やりそういうものだと言い聞かせ、理解する。そして何とかお互いの自己紹介が終わったところで
「ラガーゲル、レンカを皆に紹介したい。みんなは今どんな感じだ?」
「今は…少々盛り上がり過ぎているといったところですかな。」
「ふむ…危険か?」
「もう少し、皆が落ち着いた後の方がよろしいかと。殴り飛ばされる危険性が少しあります。」
耳を疑う。何故にただの紹介で殴り飛ばされる危険性があるのか。もう既に、ここに来るまでに何回も色々な常識を壊されているので、そこまでの衝撃ではなかったが
「そうか、とはいえあいつらまだまだ騒ぐつもりだろうし…ラガーゲル、明日の朝、皆をここに集めるよう頼んでもいいか。」
「ええ、それは構いませんが。明日でよろしいので?」
「酔い潰れているやつもいるだろうし、無理に今日やる必要はないだろう。」
「分かりました。では、すぐにそのように手配しましょう。」
話が纏まったのか、ラガーゲルさんは酒場の方へと戻っていってしまった。
「ユウシン、何がどう決まったの?私、今から何すればいい?」
「明日の朝、僕の部下にはもう一度ここに来てもらう。全員だ。そこで、レンカに自己紹介をしてもらう。」
「それだけ?それだけでいいの?今日は?」
「それだけでいい。後は、皆が君を歓迎してくれる。その後はなるようになるさ。今日のこの後は、僕がこの魔王城の紹介を含めた案内をするよ。だから、ついてきて。」
なんだか拍子抜けだ。いきなり姫を名乗る人物が現れたら、もっと荒れると思っていたのに。ラガーゲルさんはすぐに受け入れてくれた。ここにいる人達も、何人かは私の存在に気づいているはずなのに、特に絡んでくるどころか、反応すらしない。それがとても不思議に思えて
「レンカ?」
「あっ、ごめんなさい。あの…初めに言っておきたいんですが、私…一々反応がうるさいと思いますが、いいですか?」
でもまあ、流石に明日はこうはいかないだろう。とりあえずは今だ。自分で言うのもあれだが、私は今、人生史上最も興奮している。多分何を見ても盛り上がりまくるだろう。それはもううるさいぐらいになる自信がある。
「はは、むしろそっちの方が僕も嬉しいから、気にしなくていいよ。存分に楽しんでくれ。じゃあ、行こっか。」
「おっ、おお!は、はい!よろしくお願いします!行きます!行きましょう!」
これ程絶対に楽しいことが約束されている探索はそうそう無いだろう。しかも、どれほど盛り上がってもいいなんて、あの国では何があっても大人しくしてなければいけなかったから夢のようだ。
(今度は何が私を待っているのだろう。)
高まる気持ちの中、私は初の魔王城探索へと出発する。
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