1 出会いは始まりの分岐点である
ある夜、黒のマントを顔を隠すように身につけ、いつもの様に王国の街を駆け抜ける。
「勇者様がまたどこかへ行かれた!」
「探せ!」
「全くこれで何回目だ?よくもまあ毎回、こうも上手く逃げてくれるものだ!」
今まさに王国を抜け出そうとしている私を、王国の屈強そうな警備兵達が、鎧の音を忙しく鳴らしながら探している。
「…ごめんね期待外れの勇者で。」
少しの罪悪感を感じながらも、私は門を飛び越え、王国の外に出る。王国と言っても、自称である。実際は田舎にある少し大きめの村のような場所だ。周りも山々に囲まれているため、恐らく世界的にもあまり知られていないと思う。
「本当に馬鹿馬鹿しい国。」
毎日、吐き捨てるように言っている言葉だ。
「早く行こ…」
王国を飛び出し向かう先は、国を囲んでいる山の一つであるホシフルと呼ばれている山の山頂。多分だけど、世界で一番星が綺麗に見える場所だ。
それと、私のお気に入りの場所でもある。馬鹿みたいな日々を忘れたくなったら、こうやって抜け出しては見に行くようにしている。息抜きのようなものだ。
「ふぅ…着いた。」
自分の住んでいる場所から、それほど遠くない場所にこういう所があるのは、あの国唯一の長所なのかもしれない。
「…ああ、星になりたいなぁ。あれだけ綺麗に輝けたら…将来星になりたいなぁ」
当たると少しこそばゆい草の生えた大地を背に、大の字となって星空を見上げながら私はそう呟く。
「あぁ、それはとても面白い将来だね。」
「えっ…うぇ?!」
絶対に一人のときでしか言えない恥ずかしい独り言に、男の声での返答が返ってきて、慌てて飛び起きる。辺りを見渡すと、いつの間にか自分のすぐ近くに、一人の男が座っていたことに気がつく。
黒いローブを身に纏い、フードを深く被って顔がよく見えない男だった。
「あのぉ…どちら様で?」
諸々言いたい事はあるが、とりあえずはこれだ。怪しさの限界を突破しているこの不審者に対する対応。幸い、念の為にと鎧と剣を装備してきたのが恐怖を感じない結果へと繋がった。この辺に不審者がでるなんて情報は一切無かったはずだが、万が一がある。私は剣を握り、いつでも抜刀できるよう居合いの構えをとる。だが、私のその緊張は空振りに終わる。
「…綺麗だ。散歩のついでに寄ってみただけだが、ここはいい場所だ。空気もおいしい」
男はそう言うと、後ろに倒れ込み、大の字になって寝転び
「うん、この体勢もいい。君はよくここに来るのかい?」
「…はぁ?」
この構えがみえていないのか、男は友達と話しているかのような感覚で聞いてくる。
勘弁してほしい。そんな普通の会話をされると、居合の構えをしているのが恥ずかしくなってくる。
「…まあ、ほぼ毎日かな。」
負けた気がした。そう答えて私はさりげなく剣から手を離し、その場に座りこむ。
(は、恥ずかしい…!)
恐らく鏡で今自分の顔を見たら真っ赤に違いない。今まで出会わなかったからこそ考えなかったけれど、よくよく考えればこんな綺麗な場所、自分以外も見にくるのは当然だろうと今になって気づく。
「…そうか。これを毎日みているのか。だったら星になりたいという願いも、理解できる。」
「言わないでください。お願いします。」
恥ずかしさで蒸発しそうだった。
どこの誰かも分からない男の人に、星空を見上げながら星になりたいと呟いているところを見られるなんて一生の恥。圧倒的黒歴史だ。
「どうして?綺麗なものに憧れるのは、いいことじゃないか。」
「…そういう、問題じゃありません。」
「そうか。」
そう言うと黒の男は首を傾た後、黙り込む。
「はい。というより、あなたは?ここらでは見かけない格好ですが。」
あまり伝わらなかったらしいが、それでいい。それよりも、少し話が逸れてしまったが私が聞きたかったのはそっちだ。
国でこのような格好の人はみたことがない。散歩と言っていたが、こんな辺境な地にまでわざわざ散歩で来るだろうか。
「どちらの出身で?」
悪い人にはみえないし、詮索も好きじゃないが念の為だ。素直に答えてくれればいいのだが。
「……」
が、男からの返事は無かった。少しだけ不安になる。だから私は、今度は少し大きな声で。
「あの!!聞いているんですが!どちらの!ご出身でしょうか!」
「……ぐー」
「…あん?」
それが男の答えだった。この男、人をからかうだけからかって寝やがった。
「ちょっ!起きてよ!」
聞きたいことがあるのもそうだが、こんなところで寝られると私が困る。寝転ぶ彼の体を揺さぶるも、気持ちよさそうな寝ている声が聞こえるだけで、一向に起きる気配がなかった。
「冗談でしょ…帰れないじゃん私…」
いくら田舎とはいえ、魔獣はいる。無警戒というか、油断のしすぎというか、とにかく危機感が無さすぎる男だった。
中途半端に関わってしまった手前、置いて帰るというのは気が引けるし、だからと言って持ち帰るのもできない。
「なんでこうなるのよぉ…」
私は、大きくため息をついた。
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