2.再会
御厨高校の文化祭は、十月の中旬の土日に行われた。
全校生徒が体育館に集まり、生徒会長の宣言で文化祭はスタートした。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
メイド服の女子に迎えられ、客が三年七組に入る。壁や窓などに装飾が飾り付けられた教室には机を組み合わせた上にテーブルクロスを引いたテーブルがいくつか置いてあった。
「コーヒーにパンケーキですね」
メイド服姿の由布子が笑顔で注文を受ける。
「イチゴのパフェが二つです……ね」
こちらもメイド服姿の霞が、海の家で鍛えられた接客力で客を捌いていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
一方、澄生も執事服姿で、女性の客を迎え入れる。
「今の執事、格好良くない?」
「あたしも、思った!」
テーブルに着いた女性客が小声で噂する。そんな二人に澄生は笑顔で注文を聞く。
「ご注文は?」
「じゃあ、メロンパフェで」
「あたしは、白玉アイスを」
澄生に笑顔を向けられ、女子客達は照れたように頬を赤らめながら応える。
「注文、メロンパフェに白玉アイス」
赤い幕で区切られた調理場に顔を出した澄生が、注文を告げる。
「あいよ」
それを聞いた天道は、材料の準備を始めた。
ちなみに、天道は制服として用意された胸に【メイド喫茶37CR】と書かれたTシャツに制服のズボンという格好だ。由布子からはしつこくメイド服を着ようと口説かれたが、断固拒否した。
そんな感じで、メイド喫茶は滑り出し上々だった。
状況が変わったのは、お昼前でだった。
「なんだ……?」
やけに店の中が騒がしい。調理をしていた手を止めて、天道は幕の陰から店内を見た。
「ゲッ……」
天道は思わず呻いた。テーブルに座る蓮實空子と牛来紗理奈の姿が目に飛び込んできたからだ。
「またかよ……」
うんざりそうな天道を発見した澄生が、近づいてくる。
「お客様は、タカをご所望みたいだぜ」
「ったく……」
仕方なく、途中だった料理を他の生徒に頼んで、天道は店に出てきた。
「あっ! タカ君!」
それを発見した空子が、嬉しそうに手を振った。今は周りに人がいるので外面モードだ。
「仕事はどうしたんだよ?」
テーブルの前に立った天道は、投げやり気味に聞いた。
「今日はオフだよ」
「だからってわざわざ……」
「わたしも卒業生なんだから、別に来たって良いでしょ?」
「いや……そういう問題じゃ無くってさ」
天道は呆れたように言った。
「ねぇ、あれって、Kwoじゃない?」
「うちの生徒だったって噂、本当だったんだ」
「Sarinaも一緒にいるよ」
そうしてる間にも、教室の内外には野次馬が集まり始めていた。主に空子が在学時代を知らない一年生や二年生だ。
「列に並んでください! 順番にご案内しますので!」
由布子が集まる客を整理するのに奔走し始めた。
マズイ、と天道は思った。このままだとまたKwoとSarina目当ての客で店がパンクしてしまう。
「ゲーム部でレーシングスポーツ7がプレイできるみたいだぜ」
なので、空子を店の外に連れ出す事にした。
「対戦も出来るみたいだから、紗理奈姉ぇとやってくれば?」
「だったら、タカ君も一緒にプレイしようよ」
「えっ……?」
天道は一瞬、答えに詰まった。だが、直ぐに諦めると澄生に向かって言った。
「ちょっと外れる」
「しょうがないね」
既に天道の意図は察していたので、澄生も肩をすくめるとそれに同意した。
すると、
「わたしも外れた……い」
霞が由布子に申し出た。
「タカ君達と一緒に行きた……い」
由布子は少し迷ったが、
「いいよ」
と、頷いた。
「服はそのままで良いから」
着替えに幕の中に入ろうとする霞を由布子は呼び止めた。
「ついでに宣伝してきて」
そして、ウインクする。
「う……ん」
霞はコクッと頷いた。
結局、注文をせずに空子と紗理奈は席を立ち、三年七組を出た。
天道が先頭になってゲーム部が展示している教室へと向かう。場所は、後で霞と行こうと思っていたので調べてある。
その後ろを少し距離を置いて大勢の生徒や一般入場の客が続く。みんなKwoとSarinaがどこへ行くのか気になるのだ。
ゲーム部の展示は校舎端の空き教室にあった。
中へ入ると先日の生沢の言葉通り、レーシングスポーツ7の筐体が二台分置いてあった。
「凄いねぇ」
筐体がかなり本格的なのを見て、空子は感嘆の声を上げた。
「じゃあ、対戦する?」
「いいぜ」
空子の問いに天道は頷いた。
「待っ……て」
しかし、それを霞が止めた。
「わたしと対戦してくれません……か?」
そして、空子に向かって言った。
「伝説の白翼の天使と対戦してみたいんで……す」
真剣な瞳で見詰められ、空子は霞が以前に家に勉強に来ていた女子だという事に気付いた。
「あなたも最速屋?」
「は……い」
霞はコクッと頷いた。
「わかった。対戦しよ」
霞と空子は受付のゲーム部部員に対戦を申し込む。筐体は空いていたので直ぐにプレイが可能な状態だった。
それだけ不人気の展示だったのだが、今は空子と紗理奈が連れてきた客で教室の外にまで人が溢れるほどにごった返していた。
バケットシートに座った霞と空子はアシスタントについたゲーム部部員の説明にしたがって設定を済ませる。
霞はフェラーリ・458イタリアを選び、空子はロータス・エキシージCUP260を選んだ。
画面に箱根料金所が表示される。
「道は芦ノ湖スカイウェイなんだね」
空子は天道と同じ感想を呟いた。霞は事前に聞いていたので、驚く事は無かった。
画面にカウントダウンが表示される。
5、
空子は、クラッチペダルを踏むとギアを一速にいれてアクセルも踏み込む。
4、
458に元々クラッチの無いので、霞はそのままアクセルを吹かす。
3、
空子はまだ物珍しそうに画面を隅から隅まで見渡している。
2、
霞は真剣な目で遠くに移る第一コーナーを見詰めていた。
1、
START!
クラッチペダルを離した空子はアクセルペダル一瞬だけ緩めてから、目一杯踏み込んだ。
霞もまた、アクセルを一瞬だけ緩めてから、アクセルと吹かす。
筐体の左右に設置されたスピーカーから爆音が響き、458とエキシージは共に絶妙なスタートを切った。
馬力差で、458が僅かに前に出て、第一コーナーへ差し掛かる。
空子は無理をせずに、ここは霞に道を譲った。
458はドリフトでコーナーを抜ける。同じくドリフトでエキシージが続く。
テールトゥノーズで左の110R,右の110Rをクリアして65Rへと差し掛かる。
そこでアウトに出た空子はブレーキング競争を仕掛けた。
「クッ……!」
ギリギリまで我慢してから、霞はブレーキペダルを叩き踏んだ。
空子はそこから半車身遅れてブレーキングに入る。
そのままパラレルドリフト状態になって、458とエキシージはコーナーをクリアする。
「すげーっ!」
その様子を実況画面で見ていた客達が喚声を上げた。
立ち上がりで二台が並ぶ。ここは馬力差で458が前に出る。
続く40Rでもブレーキング競争になる。
やはりパラレルドリフト状態になって二台はコーナーをクリアする。
この先は450メートルの登りの直線だ。霞はアクセルを目一杯踏み込んだ。パドルシフトの右側を細かく手前に動かし、ドンドンシフトアップしていく。
458とエキシージとの差がジリジリと広がっていく。
やぎさんコーナーが目の前に迫ってきた。
「ここ……で!」
霞はやぎさんコーナーへオーバースピード気味に突っ込んだ。アクセルを意図的に吹かすと、慣性の乗ったリアが大きくアウトに流れる。
そのタイミングで大きくカウンターを当てた。振り子の原理で反対方向へとリアが流れる。
結果、458は滑りっぱなしで続く30Rヘアピンへと進入する。
天道が得意とするフェイントモーションを霞がやったのだ。
だが、それを出来るのは天道と霞だけではなかった。
空子もまた、オーバースピード気味にやぎさんコーナーへ突入すると、フェイントモーションで30Rヘアピンまでを一つのコーナーとして回る。
直線でついた二台の差は、ほんの少しだけ縮まった。
「なかなかやるじゃない」
霞の走りに空子は舌舐めずりをした。
続く中速コーナー区間で、エキシージはジリジリと差を縮める。
さらに低速区間に入ると差が一気に縮まる。
「速……い!」
霞は空子の走りに舌を巻いた。
「これが伝説の白翼の天使の走……り」
それでも霞は勝負をまだ捨ててなかった。道は天道と毎日走っている芦ノ湖スカイウェイ。追い越しポイントは頭に入っている。そこさえ押さえればまだ勝機はある。
「ちょっとだけ、本気出しちゃおうかな」
458のテールを捉えた空子の瞳に火がついた。
30Rヘアピンで空子はアウトに出た。
「また立ち上がりで引き離せ……る」
だが、ブレーキング競争でエキシージは今までより奥でブレーキングすと、そのまま四輪をロックさせながらアウトへと突っ込んでいく。
「まさ……か!?」
驚嘆する霞の目の前で、エキシージはカクカクと直進と旋回を繰り返す。
それは霞が首都高で体感したのと同じだった。
「多角形コーナリン……グ!」
ドリフト中の霞を尻目にコーナーの出口へノーズを向けたエキシージは、そのまま全開で立ち上がる。
「姉キのヤツ、えげつねぇーな」
それを実況画面越しに見ていた天道は苦笑いしていた。
「いや……空子を本気にさせたあの娘もなかなかのものだと思うぞ」
隣で同じく画面を見ていた紗理奈が感心したように言った。
458の前に出た空子は、本来の自分のラインで次々にコーナーをクリアしていく。
エキシージと458の差が見る見るうちに広がっていく。
霞も必死になって食らいつこうとするが、追いつけない。
結局、458に大差をつけて空子が先にゴールした。
「コースレコード更新だ!」
コースタイムをランキング表示する画面を見て、生沢が興奮気味に叫んだ。今までのコースレコードは天道が試乗した時に出したタイムだったが、空子はそれを上回ったのである。
遅れて霞もゴールする。タイムは天道に続く三位だった。
「Kwo、凄い!」
「空子先輩、車の運転上手かったんだね!」
教室内が空子の勝利を称えて、拍手喝采になった。空子は少し照れ気味に筐体を降りた。
一方、霞は悔しそうな顔で筐体を降りた。そして、思った。
(これじゃあ、まだタカ君の彼女だって名乗れな……い)
と。
「ここはなにをやてるんだ?」
廊下まで人が溢れている光景に、その男性は首を傾げた。
赤く染めた髪をロン毛にして、鋭い目つきに厳つい顔をした男性だ。身長は高く、ガッチリとした体格をしている。
「なんか車のゲームみたい」
隣にいた少女が教室の窓から中をのぞき込む。
金髪の髪をポニーテールにして、パッチリとした目にほっそりとした輪郭。愛らしい唇をした美少女で、ギャル風の派手なメイクをしている。服も胸元を大きく開いたトップにミニスカートというギャル風の格好だ。
「車のゲーム?」
男性は少し興味が出たようで、教室の入り口から中へと入る。少女もそれに続いた。
「ねぇ、紗理奈もやってみなよ!」
ちょうどその時、空子が降りた筐体付近で紗理奈を呼んだ。紗理奈は頷き、受付へと向かう。
一人になった天道が霞の帰りを待っていると、
「蓮實君?」
少女に声をかけられた。
「……誰?」
見覚えの無い少女に声をかけられ、天道はあからさまに不審がった。
「あたしよ、高山あかり」
「アカリ!?」
天道はすっとんきょんな声を上げてしまった。自分の知ってるあかりとはあまりにも容姿が掛け離れていたからだ。髪や服装もそうだが、特に胸が。天道が知ってるあかりはつるペタだったが、今はGカップぐらいある。
「誰だ?」
男性は、訝しげにあかりに聞いた。
「中学時代のクラスメイトだよ」
「ふん」
男性は指して興味もなさそうに頷くとあかりに命令した。
「俺はゲームをやってくるから、ちょっと待ってろ」
それから受付へと向かう。
「久しぶりだね」
男性を見送ってから、あかりは懐かしそうに言った。
「そうだな……」
それに対して天道は、気まずそうに応える。
「変わったな」
そして、あかりをマジマジと見た。天道の知っているあかりは、黒髪を三つ編みにして、眼鏡を掛けたお堅い感じの女子だった。
「今の彼の趣味なの」
その問いにあかりは困ったように笑顔を作った。
「彼って……今のヤツか?」
「うん」
教室の中央を見ると、紗理奈と男性が筐体に座るところだった。どうやらこの二人で対戦するらしい。
紗理奈は愛車と同じ、ランボルギーニ・アヴェンタドールLP700-4を選び、男性はマセラティ・MC20を選んだ。
「彼、三ツ銛敦って言うんだけど、最速屋なんだよ」
「へぇー……通り名は?」
「海王」
「聞いた事ねぇな」
ちょうどその時、対戦がスタートした。
四輪駆動である事を生かして、全輪にトラクションを掛けたアヴェンタドールがスタートダッシュする。
MC20も下手なスタートでは無かったが、駆動形式の差で置いて行かれる。
第一コーナーをアヴェンタドールはブレーキングドリフトで駆け抜ける。
それに対してMC20はグリップ走行でクリアした。
なので、コーナーを立ち上がった時には、かなりの差が開いていた。
「それにしちゃあ……」
ドリフトもロクに出来ないとは、腕が知れると天道は思った。
その間にも対戦は進み、アヴェンタドールがMC20を突き放していく。
「蓮實君は免許取ったの?」
彼氏がドンドン遅れていくのを苦笑いで見ながら、あかりは聞いた。
「十八になって直ぐに取ったぜ」
「そっか……とうとう自分の翼を手に入れたんだね」
あかりは遠くを見るような目で、歌うように言った。
「ああっ……」
頷いた天道の声には苦渋が混じっていた。
「あたしもね、免許取ったんだよ」
その言葉は天道にとって意外だった。てっきりあかりは車の事を恨んでると思っていたからだ。
「そうなんだ……」
だが、それなら最速屋を彼氏になどしない。なにか心境の変化があったのかも知れない。
「……」
「……」
そんな二人の様子を、少し離れた場所で空子と霞がジッと見ていた。
結局、対戦はアヴェンタドールの圧勝に終わった。タイムも天道や霞を抜いて二位に入った。それに対してMC20のタイムは平凡だった。
「こんなのクソゲーだぜ」
戻ってきた敦は開口一番、愚痴った。それからあかりに向かって、
「行くぞ!」
と、不機嫌そうに命令した。
「うん……」
あかりは困ったような笑みを浮かべて従った。
その別れ際、あかりは天道の耳元に囁いた。
「!?」
その言葉に天道は目を見開いてあかりの方へと振り向いた。
あかりは何事も無かったように、敦の隣を歩いて教室を出て行った。
「今の女子は誰?」
そのタイミングで空子は天道に近づくと、作り笑顔で聞いた。
「同中の娘だよ」
「ふーん」
口ではそう言ったが、空子も一緒に天道のところまで来た霞も納得はしてないようだった。
「そろそろ戻らないと」
それを敏感に感じたから、天道はわざとらしく時間を気にした。
「乗りずらかったなー」
そこへ紗理奈も戻ってくる。
「姉キ達はどうするんだ?」
「もう少し回ってから帰ろうかな」
「今晩は?」
「泊まるから、なにか美味しい物作って待ってるね」
天道の問いに空子は、今度は本当の笑顔で答えた。
空子と紗理奈と別れた天道と霞は自分達の教室に戻った。
既に昼のピークは過ぎていて、店内は閑散としていた。
「ユッコちゃ……ん……」
戻ると直ぐに霞は暇そうに立っている由布子に話し掛けた。
「どうした?」
それが不安そうだったから、由布子は意識して優しく応える。
「ゲーム部の部室で、タカ君が同じ中学だった女子と親しく話してたんだけど、知って……る?」
「同中の女子?」
由布子は首を傾げた。
「どんな娘だった?」
「ギャル風だっ……た」
「ギャル?」
その言葉に由布子はますます怪訝そうな顔をした。
「そんな女子いたっけ?」
なにせ田舎の中学である。ギャル風の娘はいなかった訳では無いが、天道と親しいとなると候補はゼロだ。
というか、そもそも中学時代の天道が親しかった女子など思いつかない。
一人を除いては。
「名前とか聞かなかった?」
嫌な予感がした由布子は、恐る恐る霞に聞いた。
「遠くからだったから良く聞こえなかったけど、確か、あかりっ……て」
「やっぱ、委員長か……」
由布子はあちゃーという顔になった。それから言いにくそうに口を開いた。
「それって、蓮實の元カノだよ」
「高山と会った?」
一方、天道はやはり暇そうにしていた澄生を捕まえると、調理場の奥に引っ張った。
「なんか、昔とずいぶん変わってた」
「まぁ、おまえらがつき合ってたのってもう五年ぐらい前だからな、そりゃ変わるだろう」
軽く言う澄生に、天道はイラッとした。
「いや、そうじゃなくって、なんかガラの悪そうな彼氏と一緒だったんだ」
「おまえ……それ、ブーメラン発言だぞ」
柄の悪さなら中学時代の天道も負けていない。だが、今はそう言う問題では無い。
「真剣な話なんだけど?」
キッと睨んだ天道を見て、澄生も真面目な顔になった。
「それで?」
「別れ際に言ったんだよ」
天道は懸念が混じった瞳で、澄生を見詰めた。
「助けて、って……」




