6.最後の夜
天道の携帯電話に着信があったのは、ちょうど夕食に行こうかと霞と話していた時だった。
「SolarWindからだ」
表面の小さな液晶に映し出された文字に、天道は携帯電話を開いて通話ボタンを押す。
「ハイ……ハイ……ハイ…………」
電話に出た天道を霞はジッと見守っていた。
「……了解……明日、取りに行くよ」
ほんの一分ほどで通話は終わった。
「458の整備、終わったって」
天道は霞に向かって言った。
「明日、取りに行く……の?」
「そう答えといたけど、マズかったか?」
「うう……ん」
霞は首を横に振った。
「ただ、計画四さんとの対戦……は……」
「今夜が最後になるな」
もちろん、沙織が箱根まで来れば別なのだが、沙織の主戦場である首都高速での対戦は、恐らくこれで最後になるだろう。
「今日も勝って、気持ち良く帰りたいもんだぜ」
天道は手のひらを拳で叩いた。
夜も十時を過ぎて、天道はエキシージでホテルを出た。隣には霞も乗っている。
もう走り慣れた一般道を進み、高樹町の入り口から首都高へと上がった。
渋谷線から谷町ジャンクションを経て、都心環状線内回りに入る。
「車がほとんどいないな……」
その事に違和感を感じながらも、そのまま流して走っていると、
「いた」
天道は、一ノ橋ジャンクションを過ぎた辺りで、前方にセナのテールを発見した。
チカッチカッとパッシングする。すると直ぐに短く点滅させたハザードが返ってきた。 天道はアクセルペダルをグイッと踏み込んだ。
沙織もアクセルリングを目一杯手前に引く。
今夜も二台の対戦が始まった。
芝公園の左右に連続する高速コーナーを、天道はアクセルオフで加重を移動させて、きっかけを作り、滑りっぱなしで駆け抜けた。
それに対して沙織は、強烈なダウンフォースで車体を路面に押しつけて、グリップ走行でクリアする。
ジリジリとエキシージとセナとの差が縮まる。
「その程度ですの?」
ルームミラーでエキシージとの差を確認して、沙織は口元に笑みを浮かべた。今晩は最初から限界点をカットしてある。
「行けますわ!」
これぐらいの差なら、短い直線でも引き離せる。思惑通り、浜崎橋ジャンクションへと向かう直線で、セナとエキシージの差は広がった。
浜崎橋ジャンクションの中速コーナーが迫る。
沙織は本当にギリギリまでブレーキングを我慢してから、ここぞというタイミングでブレーキリングを押した。そして、イン側のコンクリート壁めがけてステアリングを切った。
セナのノーズがコンクリート壁を掠める。
「今日も突っ込みが冴え渡ってるな」
それに対して天道は、セナよりも奥でフルブレーキングするとヒール&トゥでシフトダウンしてステアリングを勢いよく送る。
エキシージがドリフト状態になり、やはりノーズをコンクリート壁ギリギリまで近づけ滑っていく。
コーナリング速度はエキシージの方が上で、立ち上がりでセナのテールを捉えた。
すかさず、天道はセナのスリップストリームに入る。
「させませんわ!」
それを見た沙織は車線変更した。するとエキシージも機敏に車線変更する。
昨晩とは逆にセナが先頭で二台は海岸通りを蛇行しながら走った。
その先には、S字コーナーが迫る。
沙織はアクセルリングを離すとブレーキリングを押した。ここは入り口より出口の方が急なのだ。
すると、エキシージが横に並ぼうと飛び出した。
「甘いですわ!」
それを予想していた沙織は、ブレーキリングを一瞬だけ緩めるとラインを塞ぐようにステアリングを送った。
「ちっ!」
セナの動きに、天道は本来の位置より手前でブレーキングする。そこからエキシージをドリフト状態に持ち込んだ。
グリップ走行でS字コーナーを走るセナのテールに接触せんばかりに接近して、エキシージはドリフトで駆け抜けた。
汐留ジャンクションを過ぎ、汐留トンネルに入った。二台の爆音がトンネル内に響き渡る。
その先は橋が連続する区間だ。そこを二台は再び蛇行しながら走って行く。
「すばしっこいですわ」
機敏なハンドリングで車線を変えていくエキシージは、ルームミラー越しに見るとまるで横移動しているようだった。
「これぐらいなら、充分スリップの範囲内だぜ」
なので、エキシージはセナのスリップストリームに入る。セナに引っ張られ、エキシージはカタログ性能以上の加速と最高速を得た。
そのまま采女橋のS字コーナーへと入る。セナのブレーキングに合わせてエキシージはアウトへ飛び出す。
「だから、甘いと!」
それを読んでいた沙織は、ラインを僅かにアウトよりに寄せた。すかさず、天道はステアリングをインへと切り込む。
「!?」
寸前でそれに気づいた沙織は、慌ててステアリングを戻した。
「くっ!」
センタラインをまたぐようにラインを取ったセナに、行き場を失った天道はブレーキペダルと叩き踏んだ。
あわや接触寸前というところで、エキシージは減速に成功する。
「やるじゃないか」
そのままエキシージをドリフトに持ち込みながら、天道は唇に笑みを浮かべた。
萬年橋、祝橋、亀井橋の直線をエキシージとセナは、ジグザクと車線変更を繰り返しながら突き抜ける。
三好橋の高速コーナーでエキシージは再び仕掛ける素振りを見せる。
「やらせませんわ!」
それを察知した沙織は、ラインを半歩ずらしてブロックした。
だが、直ぐに新富橋が迫る。ここは橋格が車線を分けているので、どちらかを選ばなければならない。
沙織は迷わず左を選んだ。テールトゥノーズでエキシージもそれに続く。コンクリート壁が間近に迫り、体感スピードが増す。恐怖でアクセルを緩めそうになるのを堪えながら全開で通り抜ける。
京橋ジャンクションに差し掛かる。天道はここでは仕掛けず、エキシージをスリップストリームに入れるライン取りをする。コーナーの出口に再び橋格が迫っていたからだ。
京橋を抜ける。ここからは長い直線だ。沙織はアクセルリングを一番手前まで引く。シフトレバーもトップまで上げた。そうしながら、またもや車線変更を繰り返し、エキシージをスリップストリームに入らせないようにする。
だが、天道はステアリングをこまめに左右に切って、セナのテールを逃がさない。
「引き離せません……!」
スリップストリームにドップリ入ったエキシージは、ジリジリとは遅れだしてはいるが思ったほどではない。
新場橋を抜けて登りに入る。
「こういうところだと、低馬力が泣けるぜ」
天道は呟いたが、隣の霞には軽口のように聞こえた。それだけ、差の広がり方が小さかったからだ。
「スリップストリームって、凄いんだ……ね」
伊豆での対戦でも体感はしていたが、ここまで馬力差を縮める事が出来るとは知らなかった。
若干、差が開いて、二台は江戸橋ジャンクションの中速ヘアピンに突入する。ここは車線が、一車線しかないので仕掛けられる事はないだろうと沙織は踏んでいた。
なので、後ろを気にする事無く理想的なアウト・イン・アウトでセナはコーナーをクリアする。
一方、エキシージもやはり完璧なライン取りでドリフトを炸裂させる。
二台の差は、再びテールトゥノーズになった。
緩やかに右へ曲がる高速コーナーでは、沙織はステアリングを左右に動かし、エキシージをスリップストリームに入らせないようにするが、天道も素早く反応して、セナのテールを追う。
続く右の高速コーナーで天道は仕掛けた。セナがブレーキングするタイミングで、横へと出る。
「こんなところで……!」
ルームミラーでエキシージの動きを確認した沙織は、即座にラインをずらしてブロックする。
それを読んでいた天道は、無理をせず、左足ブレーキングでエキシージを荷重移動させると、ドリフト状態に持ち込む。
近接近したまま、二台はコーナーを駆け抜ける。
神田橋ジャンクションの左コーナーへと差し掛かる。ここでも天道は積極的に横に出ようとする。
「ちょこまかと!」
沙織はそれもブロックして防ぐが、この状態ではコーナリングに集中できず、鋭い突っ込みが出来ない。
「大分、意識が散漫になってきたな」
コーナーごとに抜く素振りを見せて、揺さぶりを掛ける。それこそが天道の狙いだった。伊豆で霞がやったのと同じ事だ。
竹橋ジャンクションまでの連続する高速コーナーでもその嫌がらせは続いた。
コーナーを一つクリアするごとに、沙織はどんどん余裕をなくしていった。突っ込みにも精彩を欠く事が多くなった。
二台は北の丸トンネルへと突入する。
「そろそろ、行くか」
天道はステアリングを握り直した。狙い目は、この先、千代田トンネル手前の下りの左コーナーだ。
セナがブレーキングに入る。そのタイミングで天道は、エキシージをアウトへ持ち出した。
「クッ!」
慌てて沙織はラインを塞ごうとする。だが、それよりも早くエキシージはセナの横に滑り込む。
天道はセナより半車身奥でブレーキングに入った。
「まだですわ!」
それでも沙織は諦めていなかった。インを押さえているのは自分なのだ。アウトを大回りするエキシージよりも有利なはずだった。
しかし、ドリフト状態のエキシージは高いコーナリング速度で、セナよりも速くコーナーを立ち上がる。その差は三分の二車身。
「これぐらい……!」
遅れてコーナーを立ち上がった沙織は、アクセルリングを全開まで引いた。800馬力が唸りを上げて、遅れた分を取り戻そうとする。
立ち上がりの加速でセナはエキシージに並ぶと、なんとか抜き返した。
「これを堪えるのか」
天道は素直に感嘆した。セナの性能が大きいのだろうが、冷静にコーナーをちゃんと立ち上がってから加速を始めた沙織の冷静さもたいしたものだった。並大抵のドライバーなら、焦ってアクセルを早く開けてしまい、リアのパワースライドを誘発するところだろう。
千代田トンネルから三宅坂ジャンクションの高速S字コーナーへと入る。
「これならどうだ?」
天道はアウトから横に並ぼうした。だが、セナは素早くラインをずらしてブロックしてくる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
なんとか堪えたものの、沙織の息は上がっていた。
「ならば、こうだぜ!」
右の高速コーナーで天道は再び、アウトから仕掛ける。
「クッ!」
一瞬、沙織の反応が遅れた。エキシージが横へと並んでくる。二台は併走したまま、コーナーを駆け抜けた。
「これを耐えれば……!」
この先には霞が関の直線が待っている。沙織は失敗しないようにと、自分に言い聞かせた。
コーナーを立ち上がり、直線へと出る。ここぞとばかりに沙織は、フルスロットルでセナを加速させた。
天道もここでは勝負しない。素直にセナのテールにつき、スリップストリームに入る。
それを嫌った沙織は、車線を変更する。当然のようにエキシージもそれに続く。
再び二台は上りの直線を蛇行しながら、走って行った。
ジリジリとセナとエキシージの差が開く。だが、これぐらいではまだスリップストリームの範囲内だ。
「この差なら……!」
続く谷町ジャンクションの高速コーナーではエキシージは仕掛けて来れないだろうと、沙織は思った。これなら、自分のラインで走れる。
沙織は集中した。コーナーでは結局、差を詰められてしまうが、それでもベストを尽くさない理由にはならない。
理想的なアウト・イン・アウトで、高速コーナーをクリアする。
「コーナーの魔法使いさんは!?」
直ぐにルームミラーで差を確認する。するとエキシージは直ぐ真後ろにいた。
「やはり……」
速い、と沙織は思った。これではまるで白翼の天使そのものだ。
一ノ橋ジャンクションまでの直線を車線を変更しながら、セナは走る。エキシージもテールにへばりついたように食らいついてくる。
途中にある高速コーナーはアウトインアウトで真っ直ぐ突き抜ける。またもやセナとエキシージの差がジリジリと開く。
しかし、一ノ橋ジャンクションの左の高速コーナーで、エキシージは高速ドリフトを決めて、またもやテールトゥノーズになった。
対戦は二周目へと入った。
首都高の対戦にゴールはない。どちらかが戦意を失わない限り、対戦は続くのだ。
そして、天道も沙織もまだ対戦を降りる気は無かった。
「どうするかな……」
セナのテールを眺めながら、天道は思案した。このまま圧力を掛け続ければ、そのうち沙織が崩れるだろうと思っていた。だが、今のところはギリギリで踏ん張っている。これでは対戦は長期化するだろう。それは沙織にとって危険だと天道は感じた。
なにより、相手の失敗を待っているのは性に合わない。
「アレ、やるか」
「アレ?」
天道の呟きに隣の霞が反応した。
「そう言えば、カスミに見せるのは初めてだったな」
狙い目は浜崎橋ジャンクションの中速コーナーだ。
「俺のとっておきの一つだ」
芝公園の高速クランクでも抜く素振りを見せながら、天道は言った。
迫るコーナー。
天道はインを狙う素振りを見せる。セナはそれに応じてラインをインよりに変えた。
「掛かった!」
セナがブレーキングする。すかさず、天道はエキシージをアウトに持ち出した。
ブレーキペダルを叩き踏む。たちまちタイヤがロックする。それでも天道はブレーキペダルを踏み続けた。エキシージは四輪を滑らせながらアウトへと向かう。コンクリート壁が目の前に迫ったその時、天道はブレーキペダルを離すと、ステアリングを勢いよく左へ送った。
「慣性ドリフ……ト!?」
霞は一瞬、そう思った。だが、そこからが違った。直ぐにステアリングをニュートラルまで戻した。それから、ステアリングをこまめに操作する。
エキシージは旋回と直進を繰り返しながら、ノーズをコーナーの出口に向ける。
そのタイミングで天道は、アクセルペダルを全開まで踏み込んだ。
多角形コーナリング、だ。
まだイン側を回っているセナを尻目に、エキシージはフルスロットルでコーナーを抜け出した。
「前に出られた!?」
沙織は焦った。なにが起こったのかさえわからない。ただ、アウトからいち早くコーナリングを終えたエキシージに抜かれたのだ。
パニックになりながらも、なんとかコーナーを抜ける。エキシージとの差はほんの少しだが、セナの4リッターV型8気筒ツインターボを持ってしても追いつく事が出来ない。相手がそれだけ速く加速を開始した証拠だった。
海岸通りの短い直線でなんとかスリップストリームの範囲に入ろうとする。しかし、エキシージはそれよりも速くS字コーナーに突入する。
アクセルワークだけで荷重移動を作り、天道はフェイントモーションでS字コーナーを滑りっぱなしで駆け抜ける。
負けじと沙織も、コンクリート壁ギリギリまでイン側に寄せて、なるべく直線になるようにS字コーナーをクリアする。
それでもエキシージとの差は、僅かに開いていった。
「まだですわ!」
しかし、沙織は闘志を失わなかった。
汐留ジャンクションから汐留トンネルを抜ける。緩やかに曲がる直線でエキシージに迫る。
スリップストリームに入られるのを嫌った天道は車線変更した。直ぐにセナも反応し車線を変更する。
橋の続く区間を二台は一周目とは逆にエキシージが先頭で蛇行しながら走っていく。
采女橋のS字コーナーを天道はまたもフェイントモーションで、クリアする。セナも理想的なアウト・イン・アウトでクリアするが、また差が広がってしまう。
三好橋の高速コーナーでも天道はアクセルワークだけでエキシージをドリフトに持ち込んだ。
沙織は全神経をコーナーに向けて、コンクリート壁を狙ってインへ切り込む。それでも立ち上がりでは、エキシージと差はまたほんの少し開いてしまった。
「これぐらいで……!」
京橋ジャンクションを過ぎる。ここから江戸橋ジャンクションまでは直線だ。追いつくのはここしかない。沙織はアクセルリングをグイッと手前に引いた。
「させるかよ」
天道もそれをわかっていたから、セナの行く手をブロックする。
「ここで抜かれたら、元も子もないからな」
二台はさっきとは別の理由で蛇行を繰り返しながら、上り坂の直線を走り抜けていく。
「邪魔ですわ!」
なんとかエキシージの横に出たい沙織だったが、機敏な動きで行く手を塞がれてしまう。
そうしてるうちに直線が終わりに近づいてきた。江戸橋ジャンクションの中速ヘアピンが迫る。
「ちっ!」
沙織は舌打ちをした。お嬢様らしからぬ態度だ。それからブレーキリングを叩き押す。急速にセナが減速していく。ワンテンポ遅れて目の前のエキシージがブレーキングを開始する。
「えっ?」
だが、エキシージは四輪をロックさせて、アウト側のコンクリート壁へと向かう。
「危ないっ!」
沙織が叫んだ瞬間、エキシージはカクカクとノーズをコーナーの出口へと向けた。コンクリート壁ギリギリを掠め、コーナリングを終えたエキシージは、そのままコーナーの出口へと加速していく。
「多角形コーナリング……!?」
沙織は唖然とした。噂だけは聞いた事がある。だが、幻とまで言われるコーナリングが実在するとは思ってなかった。そして、さっき、どうやって自分が抜かれたかも理解した。
驚きのあまり突っ込みに精彩を欠いた沙織がコーナーを立ち上がった時には、エキシージとの差はかなり開いていた。
「なにをやってるんですの、沙織!」
沙織は自らに活を入れた。このままズルズルと遅れるのは許されない。
神田橋ジャンクションへと向かう高速コーナーで、エキシージはアクセルワークだけで荷重移動を起こしドリフトする。
気合いを入れ直した沙織も、軽いブレーキングで減速し鋭くインへと切り込む。お手本のようなアウト・イン・アウトで、セナはコーナーをクリアした。
しかし、エキシージにはまた水をあけられてしまった。スリップストリームにさえ入れない。
「このままでは……」
沙織は焦った。敗北という言葉が頭に浮かぶ。
「まだ……まだですわ!」
首を左右に振ってそれを振り払うと、沙織は決意した。ドリフトを炸裂させるコーナーの魔法使いに対抗するには、こちらもドリフトするしかない。
沙織はドリフトが出来ないわけでない。他の最速屋や走り屋と同じく首都高では使わないだけだ。
しかし、今、その封印を解除する時だと思った。例え危険が伴っても。
「狙い目は……」
さすがに高速コーナーでドリフトするだけの勇気は無かった。制御を失った時の危険が大きいからだ。
そのまま二台は、竹橋ジャンクションを過ぎ、北の丸トンネルへと突入する。差はジリジリと開いていた。
北の丸トンネルを抜ける。沙織は息を止め、集中した。目の前には千代田トンネル手前の中速コーナーが迫る。
先にコーナーに入ったエキシージは予想通り、多角形コーナリングを決める。
沙織は、普段よりも奥でブレーキリングを叩き押す。ロック寸前でリングに掛けた力を緩め、同時に右手を離してシフトレバーを握って手前に倒す。
そして、勢いよくステアリングを切った。だが、明らかなオーバースピードでコーナーに入ったセナはうまく旋回してくれない。それを沙織はアクセルリングを手前に引いて、リアを滑らせて補助する。
セナはフロントタイヤとリアタイヤを滑らせながら、コーナーへと侵入する。
ノーズがコーナーの出口を向く。上手くいった、と思った時、
「クッ!」
リアがズルッと滑った。慌てて沙織はカウンターを当てる。すると今度はフロントがアウトへと吹っ飛ぶ。ステアリングを戻してそれを押さえようとするが、勢いは止まらない。
”グシャ!”
鈍い音と共にセナはフロントをコンクリート壁にヒットさせた。可変式エアロブレードが宙を舞う。反動で今度はイン側に飛ばされる。
沙織はステアリングを切ってなんとか制御を取り戻そうとした。しかし、セナはそのままイン側のコンクリート壁にフロントをヒットさせる。
それでも勢いは止まらず、またもやアウトへと飛ばされる。今度はリアがヒットした。カーボンファイバーのボディパネルが周囲に散乱する。そこでようやくセナは止まった。
「やっちまったか……」
その様子をサイドミラー越しに見ていた天道は、あちゃーという顔になった。そして、減速する。勝負はついたのだ。
「計画四さん……は?」
同じくサイドミラーで、セナの激突を見ていた霞が心配そうに聞いた。
「あれぐらいなら、大丈夫だと思いたいけど……」
それは天道も同じだった。
――首都高で対戦をするということは、そういうことだ。
紗理奈の言葉が頭に蘇る。
このまま最速でもう一周して現場まで行くか、などと考えていた時、
「来……た」
霞が声を上げた。もう一度サイドミラーを見ると、フロントとリアを破損したセナがノロノロと走ってきた。
霞ヶ関の出口で、セナがウインカーを右に出したので、天道もそれに倣う。
スロープを上り、一般道に出たところで二台は車を路肩に停める。天道と霞は急いでドアを開くとエキシージを降りて、セナへと向かう。
「大丈夫か!?」
天道がガラス越しに声をかけると、沙織はセナの左ドアを跳ね上げて応えた。
「大丈夫ですわ」
自力で車椅子をサイドシートから引っ張り出す沙織の姿に、天道はホッと胸を撫で下ろした。
沙織は身体を滑らせて車椅子に乗り込む。
「完敗ですわ」
それから、破損したセナのフロントとリアを見て言った。
「無様にもまた激突してしまうなんて……」
「まぁ、とりあえず無事で良かったぜ」
姉に続いて弟まで加害者になっては、目覚めが悪い。
「でも、これで諦めたわけではありませんわ」
沙織は闘志を秘めた瞳で天道を見詰めた。
「これだと、当分は無理だろう?」
「ええっ、修理が終わってからになりますわ」
「俺達は、明日、箱根に帰るし」
そう告げた天道に、沙織は宣言した。
「そうですか……なら、今度は箱根で」
「おうっ!」
その言葉に天道は、威勢良く頷いた。




