プロローグ 伊豆スカイウェイ
闇を切り裂くような爆音が、山々の稜線に響き渡っていた。
ロータリー+ターボーの排気音は、マツダRX-7のものだ。
東山洋志は運転席で、自分の主戦場である箱根では味わえない中高速の続くコーナーを軽快に攻めていった。
ここ、伊豆スカイウェイは、伊豆半島の付け根から、熱海峠と天城高原をつなぐように東側の稜線上に沿って走るワインディングロードだ。
最近、ここを走ったチームメイトの勧めで、わざわざ遠征に来ていたのだ。
「いい道だなぁ!」
高速コーナーを攻める爽快感に、洋志は感嘆の声を上げた。
初めての道路なので全力では攻められないが、それでも充分、走りがいがある。
このところ、いろいろあって欲求不満が溜まっていたので、たまには環境を変えようとここまで遠征に来たのだが、それは当たりだった。
探るように、尾根筋を熱海峠、韮山峠、山伏峠と駆け抜けていく。
普段、箱根の中低速コーナー走るために改造された足回りだが、高速中速コーナーでも意外にしっくりくる。
その事が洋志の高揚感をさらに高めた。
そして、亀石峠インターチェンジを過ぎた頃、
「ん?」
洋志は後方から猛然と迫るヘッドライトに気付いた。
ルームミラー越しに車種を確認する。
細く長いつり目のようなヘッドライトを左右に持ち、その下とフロント全面を追う黒いグリル。ボンネットの先には四つ輪を象ったエンブレム。
「アウディ……か?」
最初は、TTかと思った。だが、もし奴らならよりスポーティなR8ではないかと洋志は予想した。
その予想通り、後ろから迫るのはアウディ・R8だった。色は白。車体右側に赤の縦線が入っている。
パッ、パッと短くライトが点滅する。
パッシング、対戦の合図だ。
洋志は一瞬、躊躇した。このところ、奴らを相手にしてロクな目にあってなかったからだ。しかもここは初めての道なのだ。
だが、対戦を申し込まれると、走り屋としての血が騒ぐ。
「やるしかないか」
洋志は決意した。一瞬だけハーザードを点灯させる。
対戦を受ける合図だ。
それからアクセルをグッと踏み込んだ。
RX-7とR8ととの対戦が始まった。
しかし、状況は洋志の方が不利だった。
初めての道で、コーナーのRが読めなかったからだ。そのため、どうしてもブレーキングが甘くなる。
それに対してR8は地元らしく、的確なブレーキングでコーナーをクリアしていく。
そして、池の洞駐車場先の高速コーナーの入り口で、不意にR8が先に減速した。
「しまった!」
それで洋志も慌ててブレーキを踏む。高速コーナーは難なくクリアできた。しかし、その先には直ぐに中速コーナーが待っていた。
洋志はブレーキペダルを叩き踏み、フルブレーキングをする。タイヤから白煙が上がった。それでも減速が間に合わず、RX-7はオーバースピードでコーナーへと侵入する。
当然、ラインも外してアウトへと膨らむ。そのインを付いてR8が抜いてきた。
「クソっ!」
洋志は悪態をついた。だが、今の順位の方が走りやすい、とも思った。
地元のR8にブレーキングポイントを合わせられるからだ。
その思惑通り、R8のブレーキランプが点灯するのに合わせてブレーキペダルを踏むと、適切な速度でコーナーに侵入できた。
しかし、その過程で洋志はおかしな事に気付いた。
中高速コーナーでブレーキングポイントが同じで行けるのはわかる。
しかし。R8は低速コーナーでも鋭い突っ込みを見せるのだ。
「R8って、確か四輪駆動だよな?」
洋志は信じられないモノを見る目で、R8の走りを見た。
低速区間を過ぎて、再び道は高速区間に入る。
R8とRX-7の差が徐々に開いていく。
「クソっ!」
洋志はまたもや悪態をついた。記憶に寄ればR8は548馬力。対してRX-7は、400馬力強しかない。
コーナーで差を詰めようとするが、コーナリング速度の高さが怖く、R8より深くブレーキングをしようとは思えない。
時折現れる低速コーナーも、まるで後輪駆動車のようにフロントタイヤのグリップをフルに使ってクリアしていく。
はっきり言って、つけいる隙が無い。
結局、終点の天城高原インターチェンジでは、かなりの差を付けられてゴールした。
R8はそのまま、県道方面へと走り去った。
料金所を抜けた洋志はRX-7を路肩に停めた。
「ふーっ……」
バケットシートに背中をあづけた洋志は深く息を吹いた。
またもや奴らに破れてしまった。
「けど、相手は地元だったんだ……」
それに対して自分は、初めての道だったのだ。
「これでも善戦したほうだよ……な?」
洋志は自分で自分を慰めた。
そんなことより気になることがあった。R8の低速での動きだ。
「あれじゃあ、まるで…………」




