2.乱入者、あらわる
午後9時過ぎ、天道がバイトを終えて従業員出入り口から外に出ると霞が扉のとこで待っていた。
「車の中で待ってりゃいいのに」
右眉を僅かに跳ねさせながら天道は言ったが、霞にはその声は届いていなかった。
「制……服」
霞は天道が高校の制服のままだったことに驚いていたのだ。
元々、今日は授業がいつもより早く終わる日だったので、それなら一端家に帰ってエキシージを取りに行ける余裕があるからと、ファミレスで待ち合わせをすることになっていたのだ。当然、その時に着替えも済ますものだと霞は思っていた。
「あっ? これか……」
霞の視線に天道はちょっとバツの悪そうな顔をした。
「掃除当番、忘れてた」
その為、家に帰るのが予定よりも遅れてしまい、仕方なく制服のままでエキシージを飛ばしてバイトまでやってきたのだ。
「着替え……る?」
霞の問いに天道は首を横に振った。
「いや……だいたい、オマエだって制服のままだろう?」
霞もまた、由布子を待たせては悪いという理由で私服に着替えないでドライブに出かけていた。
「別に校則で運転を禁止してるわけじゃ無いから、問題ねぇだろう」
そう言ってから天道は店の表側に向かって歩き出した。少し遅れて霞もそれに続く。
と、
「ん?」
表側の駐車場に出た途端、天道は顔を険しくして足を止めた。不審に思った霞が後ろから覗き込むと直ぐに理由がわかった。
見知らぬ少女が、エキシージの左サイドにお尻を預けていたのだ。
薄茶色に染めた髪をツインテールにした猫のような釣り目が気の強うそうな印象を与える美少女だ。ヘソが見えるぐらい寸の短いキャミソールにパーカーを羽織り、デニムのショートパンツを履いている。いわゆるギャル系のファッションだ。
「テメェ!」
眉をつり上げた天道は、威嚇するように声をあげた。
「人の車に、なにやってんだよ!」
「!?」
それを驚いた少女は、ビクッと身体を跳ねさせる慌ててエキシージから離れる。
「これ、君の車?」
しかし、まったく悪びれた様子も見せず、ゆっくりと近づく天道に人なつっこい笑顔で笑いかける。
「そーだけど?」
「ヘー……、じゃあ、君が……」
その答えに少女は興味津々といった感じで瞳を輝かせて天道を見た。
「俺の車になんか用か?」
それに対して天道は、警戒心丸出しで少女を鋭く睨んだ。だが、少女は怯えもせずに笑顔のままで言った。
「ねぇ、君の隣に乗せてくれない?」
「はっ?」
突然の申し出に天道は、一瞬、面を喰らった。だが、そんなのは序の口だった。続けて少女が、
「そしたら、あたしが君の彼女になってあげてもいいよ?」
と上から目線で言い放ったからだ。
「はぁあっ?」
おかげで天道は自分でも思うぐらい間抜けな声を出してしまった。
この女は、いったい何を言ってるだ?
あまりに唐突な展開に場が凍り付く。
「タカ……君」
それを崩したのは霞だった。カチューシャを外して前髪で目元を隠した霞はうつむいたままで言った。
「わたし、先に帰るか……ら」
そして、458の方へと歩いて行く。前髪で隠れて見えないが、明らかにムッとしていた。
「待て」
それを天道は、霞の肩をガシッと掴んで止めた。
「こんな電波女と俺をふたりっきりにするんじゃねぇ」
そして、少女を指さすと割と切実に霞に向かって抗議する。
「その娘は、誰?」
その時になって初めて存在に気づいたように少女は、霞を見た。
「ん……っと」
一瞬、天道が答えに詰まるが、
「最速屋の仲間だ」
と投げやり気味に答えた。それを聞いた霞の顔が陰るが、次の少女の言葉に直ぐに掻き消されてしまう。
「じゃあ、そっちが蒼ざめた馬だ」
「テメェ……何者だ?」
それを聞いた天道は最大限の警戒を持って少女と対峙した。鋭い目付きで少女を睨む。
「あははは……怖い顔をしないでよ」
それでも少女は怯む様子も見せず、人懐っこい笑顔を崩さなかった。
「あたしの名前は、馬淵絵奈。君のファン、ってところかな?」
「ファン?」
その単語に天道は訝しげに眉をひそめた。
「それと、彼女候補」
「なっ!?」
臆面もなくそう言う絵奈に、天道は絶句した。
「俺は、電波女と付き合う趣味はねぇぜ」
だが、直ぐに回復すると反撃する。
「あはっ! だったら、三人で走ろうよ」
しかし、そんな嫌みも絵奈は笑顔で受け流すと、さらにとんでもない提案をしてきた。
「もちろん、あたしは君の隣ね」
「……いい加減にしろ」
そのめげなさに半分呆れながら、天道は怒気のこもった声で言った。
「今すぐ、俺達の前から消えろ」
「もぉ……せっかくこんな美少女が誘ってるのに、つれないなぁ」
それでようやく天道の本気度に気づいた絵奈は、おどけたように肩をすくめた。
「仕方ない……今日のところはこれぐらいで退散するかな」
両手を高く上げてグッと伸びをすると、ファミレスの駐輪場に向かって歩き出した。
「またね、コーナーの魔法使いさん」
それから新宿ナンバーのベスパPX125に跨がると、軽く手を振ってその場を去って行った。
「なんなんだよ、あれは……!」
それを半分呆気にとられながら見送ってから、天道は憤慨した。
「可愛い娘だったね」
と霞が唐突にそんなことを言った。口調にはちょっとした怒りが込められていた。
「そぉかぁ? それより、行くぞ」
その怒りが自分に向けられていることを今の天道は気づかなかった。
週が明けた月曜日。
一日の授業を終えた天道は、いつも通り教室で霞と別れると、駐輪場から自転車を回収して、校門へと向かった。
「ん?」
そこで天道は、校門の辺りで大勢の生徒が足を止めているのに気づいた。
「誰だ? あの娘」
「誰かの彼女?」
「誰を待ってるんだ?」
どうやら誰かいるらしい。
不審には思ったが、バイトの時間もあったので無関心を装って自転車を押して校門を出ようとした。
が、
「あっ! いた!」
聞いたことがある声に呼び止められた。
「ゲッ!?」
振り返ると、絵奈が小さく手を振ってた。
それを見た天道は、首を元の位置に戻すと自転車に跨がろうとする。
「無視しないでよっ!」
素早く自転車に近づいた絵奈は、その勢いのまま荷台に腰を下ろした。
「テメェー、なにしやがる!」
反動でペダルを漕ぎ損なった天道は、怒りの声で抗議した。
「てか、なんでここにいるんだよ!?」
昨日、天道は学校どころか、名前さえ教えていない。最速屋としての通り名は知っていたが、それだけでは学校まではわからないはずだった。なにしろ、天道が最速屋であることを知る者は校内にはほとんどいないのだから。
「それ」
と、絵奈は天道の制服を指さした。学校指定のワイシャツの胸には、しっかりと校章が刻み込まれていた。
「ちっ!」
天道は絵奈に聞こえるぐらい露骨に舌打ちをした。
「ねぇ、これからどこ行くの?」
だが、絵奈はそんな態度も意に返さない様子で、明るく話しかけてくる。
「バイトだよ、バ、イ、ト」
それが気に入らなくてますます不機嫌になった天道は、ぞんざいに答える。
「あっ、そうなんだ」
それでも絵奈は、笑顔を崩さず、荷台から降りるとおねだりした。
「だったら待ってるから、バイト終わったら今日こそドライブ、行こう?」
「はっ?」
ここまで来ると天道としても目が点だった。既に態度では露骨に拒絶しているつもりなのに、どうしてそんな事が言えるんだろう?
「お断りだっ!」
なので天道は、キッパリと言い放ってから、今度こそ自転車のペダルを漕ぎ出した。
「待ってるから~!」
立ち去る天道の背中に絵奈は声をかけたが、
(知るかっ!)
天道は、心の中で吐き捨てた。
その日の夜十時、既に深夜の入り口にさしかかった箱根の山々はひっそり静まりかえっていた。
しかし、ここ、芦ノ湖スカイウェイだけは例外だった。ピーク時間にはまだ早かったが、それでもフェラーリやポルシェ、ランボルギーニといった最速屋とみられるスーパーカー達が、箱根料金所の付近に集まっていた。遠くからは既に走り出した者が放つエキゾーストノートも聞こえてくる。
天道のロータス・エキシージと霞のフェラーリ・458もその中の一台だった。
「校門の前に、アイツ、いなかったか?」
走り出す前、車を降りて軽い挨拶を交わした後で、天道は霞に尋ねた。
「い……た」
それに対して霞は、微妙な顔で答える。今日も霞は由布子達と遊びに行くため、天道よりも先に校門を出ていたので、当然、絵馬との遭遇も先になったのだ。
「絡まれなかったか?」
「う……ん」
周りの女子達は興味津々だったが、それでも遠巻きに眺める程度だった。霞も意識的に目を合わせないようにしていたので、特に声をかけられるようなことはなかった。もしかしたら、向こうは霞の存在すら気づいてなかったかもしれない。
「絡まれた……の?」
「ちょっと、な」
心配そうに聞いてきた霞に、天道は頭を掻きながらぼやいた。
「バイト、終わったらドライブ連れてけって言われた」
あの場では無視を決め込んだが、バイトが終わって絵奈が待っていたら面倒なことになるな、とは思った。
しかし、それは杞憂に終わった。
バイトが終わって外に出ても、絵奈の姿はなかったからだ。
「正直、ホッとしたぜ」
「本当……に?」
天道の言葉にはこれ以上ないぐらいの実感がこもっていたが、霞は何故かそんな言葉を発した。
「当たり前だろう? あんな電波女につきまとわれても嬉しくもなんともねぇよ」
「う……ん」
その様子が心底、嫌そうに見えたから、霞はようやく納得したように頷いた。
「そろそろ、行くか」
「う……ん」
そして、二人はそれぞれの愛車へと散っていった。
その翌日の朝、天道がいつものように自転車で登校すると、
「こらぁーーーっ!」
校門で待ち伏せていた絵奈にいきなり怒られた。
「藪から棒になんだよ?」
「待ってるって言ったのに、先に行っちゃったでしょ!?」
「はっ?」
憤慨する絵奈に、天道は怪訝そうに右眉を跳ね上げた。
「誰もいなかったぞ?」
本当は天道には待つ義理はないのだから絵奈の言い分そのものが言いがかりに近いのだが、ここでこういう返答してしまう辺り、天道も既に絵奈のペースに乗せられていた。
「でも、この前と同じ時間に行ったけど、もう車、無かったよ?」
それを聞いて天道は、やっと事の次第を掴んだ。
「てか、いつもは車で行ってねぇから」
「そうなのぉ!?」
つまりだ。絵奈はバイトの終了時間を狙ってファミレスに行ったが、駐車場にエキシージが無かったので、てっきり置いて行かれてたと思ってしまったのだ。
「もぉ! それならそうと、早く言ってよね!!」
プリプリと怒りながらも絵奈は、
「今日も待ってるからねっ!」
と捨て台詞を残すと、ベスパPX125に跨がり、走り去った。
「やれやれ、だぜ」
それを肩をすくめて見送ってから、天道は校門をくぐると駐輪場に自転車を置いて、教室へと向かった。
そして、教室に入ると、
「よっ! 色男、朝からモテモテだな」
言われ無き誹謗を受けた。
「誰が、モテモテだよ」
発言の主、澄生をギロッと睨んでから天道は席に着いた。
「でっ? 誰なんだよ、あの可愛い娘?」
顔のニヤニヤを隠そうともせず、興味津々で聞いてくる澄生に、天道は先週末からの事のあらましを説明した。
「なるほど……ね」
その過程で、天道が本当に迷惑がっていることを悟った澄生は、面持ちを真剣なものに返ると顎を手でなでながら思案した。
「その娘って、多分、追っかけじゃないかな……最速屋の」
「はっ? そんなのいるのか?」
澄生の言葉に天道は呆気にとられた。
「結構、多いらしいぞ。特に名の通った最速屋には」
追っかけとはつまりは熱狂的なファンのことだ。ただ、普通はアイドルなどの芸能人が対象で、一般人である最速屋にそんながいるなんて、天道は想像もしていなかった。
「なにしろ、おまえは箱根に現れた最速屋の超新星だからな。そういうのが付いてもおかしくはないだろう」
澄生の言葉に天道は露骨に顔をしかめた。だが、そういう話なら、霞の車を見ただけで蒼ざめた馬と言い当てたのも頷ける。
とは言え、追っかけとは。
「変なのに絡まれちまったなぁ……」
しかめっ面で天道は、溜息をついた。
そして、放課後。
天道が校門を出ると、やっぱり絵奈が待っていた。
「やっほーっ! 蓮實天道君!」
しかも、名乗ってもいないのに、名前まで知っている。恐らく、待ってる最中に他の生徒を捕まえて聞き出したのだろう。
「また、アンタか……」
いい加減うんざりだった天道は、げんなり気味に答えた。
「今日こそ、ドライブ行こうよぉ」
「今日もバイトだっ!」
「もぉ……つれないなぁ」
言いながら絵奈はスッと天道へと近づく。
「ドライブしてくれたら、いろいろイイコトしてあげるよ?」
そして、下から覗き込むように天道を見ると、指でキャミソールの胸元をチラッと開いて見せた。
「!?」
胸の谷間の白さに天道は、一瞬、ドキッとなったが、直ぐに邪念を頭の中から蹴り出すと、意識して不機嫌そうに言った。
「バイトだって、言ってんだろう?」
「じゃあ、その後で」
「お断りだっ!」
あまりに人の話を聞かない絵奈に、半分やけ気味に言い放ってから天道はサドルを跨いで、自転車を発進させた。
「今日こそ、ちゃんと待ってるからねぇー!」
「…………あれが噂の追っかけね」
その様子を校舎の影から見ていた由布子は、険しい表情で呟いた。
「う……ん」
それに対して霞は、不安げに頷く。
天道が知らない女子に絡まれているらしいという噂は、既に校内中に広まっていた。なので、大まかな事は由布子も聞いていたし、今日、澄生からさらにいろいろ聞き出したので状況は完全に理解していた。
「これは強敵だわ……」
「やっぱり、そう思……う?」
「かなり可愛いし、押しも強そうだし、なにより女の武器の使い方を知ってる」
由布子が絵奈を観察するのは初めてだったが、その少し間だけでかなりの強者だということがわかった。
「あれじゃ、蓮實もそのうち墜ちちゃうんじゃないかなぁ」
冗談半分に由布子は、ちょっと霞に意地悪してみた。だが、
「やっぱりそうなっちゃうのか……な?」
それを真に受けたのか霞は本気で心配顔になった。
「えっ?」
なので、由布子は狼狽した。慌ててフォローしようとする。
「嫌だなぁ、冗談だよぉ」
「でも……」
しかし、当の霞はそうは受け取っていなかった。
「だって……タカ君がわたしと付き合ってるのって……きっ……と……」
それを聞いた由布子は心の中で、あちゃーとなった。
あの日、霞が天道と付き合い始めたと言った日の真相は、由布子も澄生経由でなんとなく聞いたいてからだ。
今の今まで霞はそのことをわかってないと思っていたのだが、霞は霞なりにあの時のことを思い起こして、結論に達していたのだ。
彼女になって欲しい、というのは自分の勘違いだった、と。
「じゃあ……このまま黙ってみてる?」
珍しく真剣な顔になった由布子は、霞の瞳をしっかりと見詰めた。
「うう……ん」
それに対して霞は首を横に振った。
きっかけは勘違いだったかもしれない。でも、あの時の言葉は霞に一筋の光を注してくれた。否、それ以前から、霞にとっては既に天道は特別な存在になっていた。だから、今ははっきりと言える。
天道が好きだ、と。
「でも……タカ君……は……」
自分と付き合ってるのは、多分、同情なのかもしれない。または、義務感。それは霞にとって辛い現実だった。
「だったら……」
暗い雰囲気を吹き飛ばすように、由布子は意識して明るく言った。
「こっちが、先に蓮實を墜としちゃおう!」
「墜と……す?」
「そう、かすみんのことを忘れられない身体にしてあげるのっ!」
由布子はそうウインクしたが、霞はなにがなんだかわからない顔をしていた。
「じゃあ、とりあえず、どこかのお店で作戦会議ねっ!」
それでもお構いなしで霞の腕に自分の腕を絡めた由布子は、霞を引きずるように勇ましく歩き出した。




