表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

 今年最初の投稿です。本年もどうぞよろしくお願いします。


 この作品では、


 主人公→視点の中心、プレイヤーキャラクター。

 ヒロイン→物語の中心に立つ特別なキャラクター。


 という意味で使っています。わかりにくくて申し訳ありませんがそれを踏まえてお読みください。

 自分が異世界転生しているとリュシーが知ったのは十五の春のことである。

 その日入学した学園の、校門から続くアプローチに植えられた満開の薄紅色の花が咲く木を見て「お花見シーズンだなぁ」と思ったことがきっかけだ。


 その前からぼんやりと日本のことを思い出してはいたが、はっきりと前世を意識したのはこの時からだった。

 幸い、その場で叫んだり、倒れることなく冷静に入学式に参加出来た。

 落ち着いていられたのはすっかりリュシーとしての自我が確立されていたからだ。前世の記憶は「そんなこともあった」程度に彼女の中で片付けられた。


 しかし、前世を思い出したことで気づいたことがある。

 桜の花に日本の高校のように三年制で春に新学期が始まる学園、暦だって日本と同じ。


(ここ、なんらかの創作物の世界では?)


 そんな風に考えてしまうのは前世に異世界転生ものを嗜みすぎたせいだろうか。

 なんと、その予想は当たっていた。


 学園に入学して一年、自力でちまちま調べた結果、リュシーが異世界転生した世界はある有名恋愛ゲーム会社が同人時代に作った『Double(ダブル)』というゲームに似ていることがわかった。


 ちょうど前世の彼女が高校時代にはまったゲームである。

 リュシーは喜んだ、というより「あれか……」と、なんとも言えない気持ちになった。


 『Double(ダブル)』はよくある何故か世界観が中世ヨーロッパ風の学園もの乙女ゲームである。

 設定もありきたりで、家の事情により二年生に編入した主人公は五人の攻略対象と出会い、彼らと仲良くなるためにミニゲームをしてパラメータを上げていく。


 ただ、このゲームにはいわゆるライバルや当て馬、悪役のようなポジションのキャラクターがいない。

 その代わりにいるのがヒロインだ。


 レティシア・デュクロク。


 デュクロク侯爵家の令嬢で、主人公と同学年。金髪(ブロンド)にエメラルドグリーンの瞳を持つ儚げな美少女である。

 学園での成績は優秀。淑女の鑑と讃えられ、憧憬と嫉妬を一身に浴びる彼女はその美しい見た目のままの美しい心根の持ち主だ。


 ただ、彼女には秘密があった。

 レティシアは元孤児なのだ。


 デュクロク侯爵家には彼女と同じ年の娘がいたが、幼いうちに病で亡くなっている。

 娘の死を嘆く侯爵夫人に、まるで代わりの人形のように差し出されたのがレティシアだった。


 デュクロク侯爵はたまたま立ち寄った孤児院にいた、娘と同じ色彩を持つレティシアを金貨の入った袋を院長に投げつけ連れ去ったのだ。

 妻を想っての行動ではない。娘が亡くなって以来嘆いてばかりの妻を鬱陶しがって代用品を用意したのだ。


 そんな勝手な理由で慣れ親しんだ孤児院から誘拐されて、レティシアにはたまったものではない。

 しかし、孤児の彼女に貴族に逆らう力はなく、表向きには遠縁の子供ということにされ、デュクロク家の養女になった。


 レティシアが孤児であることを知っているのは家族のうちでは侯爵と彼女のみ。身分を偽ることは大罪なので、侯爵は孤児院のことを盾にとってレティシアを脅し、誰にも真実を明かさないようにしていた。


 侯爵に従ってはいるが、善良な彼女は周囲を騙していることにとてつもない罪悪感を覚えている。

 だから、突然押し付けられた亡き娘と少し似ているだけの子供を受け入れられず、拒否した侯爵夫人からの躾と称したいびりにも抵抗しなかった。


 邸の女主人に嫌われれば、当然使用人たちにもそっぽを向かれる。

 侯爵は夫人に彼女を引き渡した時点でやるべきことはやったとばかりにそんな妻や使用人を放置し、諌めない。

 今までとはまったく違う環境で、針の筵の上にいるような生活にレティシアは耐え忍び成長した。


 無学な孤児からどこに出しても恥ずかしくない淑女に育った彼女はまさにヒロインというに相応しい。

 絶世の美貌に驕ったところのない慎ましい性格。しかし、心の内に抱えた罪の意識からどこか翳りがある。

 そこがレティシアの魅力となって男女問わず人を惹きつけた。

 それは勿論攻略対象たちも例外ではない。


 ゲームの進行に従い、攻略対象は主人公だけではなくレティシアとも知り合い、交流を深め、最終的には恋に落ちてしまう。

 主人公はそうならないように攻略対象のレティシア攻略を妨害しなければならない。


 レティシアの方は恋する余裕がなく、何も行動を起こさないため、攻略対象の行動を制限すればいい。だが、彼らは五人いる。

 ひとり確保していても他の四人の誰かがレティシアと接触して、主人公の預かり知らぬところで関係を深めていく。

 レティシアはちょっと特殊なお邪魔キャラなのだ。


 しかし、そもそも全員攻略しようとしなければ、そこまで邪魔にはならない。むしろ、意図的にひとりを放置してレティシアとくっつけてしまえば、他の攻略対象はレティシア攻略をやめるため、その後の攻略が楽になる。


 難しいように見えて欲張らなければ簡単なこの乙女ゲームに、前世のリュシーがはまったのはまさにその欲張ったルートに魅了されたからだ。

 いわゆる逆ハーレムルートである。


 『Double(ダブル)』の逆ハーレムルートはとにかく難易度が高かった。

 リュシーは攻略サイトで逆ハーレム達成のための分刻みのスケジュールを見て「やってみたい!」と思い、貴重な高校生活の少なくはない時間を『Double(ダブル)』に費やした。


 今となっては何がそんなに彼女を駆り立てたのかわからない。しかし、数えきれないほどのリセットの果てにエンディングまでたどり着いた時には達成感と解放感のあまり失神していた。


 そのため肝心のエンディングを見逃してしまったが、逆ハーレムエンドは五人揃ったスチルが一枚とキャラたちから「いっぱいプレイしてくれてありがとう」と感謝されるだけのあっさりしたものだから未練はまったくない。


 そんな攻略対象の顔より効率良く好感度を稼ぐプレゼント、声よりミニゲームで高得点をとる方法ばかり覚えているゲームの世界に生まれ変わったのだ。微妙な気持ちにもなる。


 ただ、すぐに気を取り直した。

 何故なら乙女ゲームが土台となったこの世界、本当の中世とは違って国同士の争いもなく、とても平和だ。

 衛生環境は整っているし、料理も美味しい。交通手段が馬車なところはいまいちだが、欠点と言えばそれくらいである。


 そして、彼女が生まれた家は国有数のドレスメーカーを抱える商会で、とても裕福だった。家族仲も良く両親は多忙だが、なるべく家族の時間を取ろうとしてくれているし、弟妹は可愛い。

 それにリュシーの容姿はレティシアほどずば抜けてはいないがそこそこ美人でスタイルも良く、転生先としては大成功である。


 何より彼女は主人公でもお助けキャラでもない、ゲームに登場すらしないモブなのだ。


 転生するにしても、主人公だけは絶対に嫌だった。

 『Double(ダブル)』は同人時代のゲームであるからか、少しばかり尖った部分があったのだ。過激な裏設定があったり、時々流血描写があったりと、他の同人ゲームに比べれば大人しいものだったが、彼女にはきつい描写が散見した。


 特に、理不尽なバッドエンドが多い。


 街にひとりで遊びに行くと確率によってはナンパしてきた男に騙され娼館に売られたり、学園でも、廊下を歩けば高位貴族の令嬢にぶつかって無礼打ちされたりと選択肢ひとつで突然死ぬこともある。


 そんな理不尽な星の下に生まれた『Double(ダブル)』の主人公が学園に編入して来る理由は、男爵家の跡取りから外れたため急遽嫁ぎ先を探すためだった。


 男爵の弟の私生児であった主人公は子供を授からなかった伯父夫婦に孤児院から引き取られた。しかし、今になって跡取りの男児が生まれてしまったのだ。

 約束された後継者の立場を奪われ、結婚相手は自力で探せと学園に放り込まれるという、なかなか不憫な主人公なのである。


 リュシーが学園に入学して二年の月日が過ぎ、最終学年の三年生になった春、ついにその主人公が現れた。

 ゲームの期間は一年。攻略対象も欠けることなく揃い、乙女ゲームが始まった。




 主人公はゲームで設定されていたデフォルトネームのままのマノン・グラッセという名の少女だった。

 そこはマロンにしろよ、とつい思ってしまう名前である。

 ピンク髪にピンク色の瞳で大変目立つ。顔立ちはそこそこ整っていて、美しいというより愛嬌があって可愛らしい、と言った感じだ。


 攻略情報で埋め尽くされたリュシーの記憶では「見覚えが、ある、ような?」くらいの曖昧さで自信が持てなかったが、躊躇いなく攻略対象に突撃していく姿に確信が持てた。

 あの様子ではリュシーと同じく転生者の可能性が高そうだ。


 リュシーはバッドエンドに巻き込まれたくないので、遠巻きに彼女を見守っていた。マノンは半年経った現在もバッドエンドに突入することなく、元気に学園生活を楽しんでいる。


 寮に入ることを選んだらしく、毎日下校時間ギリギリまで学園を駆け回っているという話を聞いた。

 自宅から通う選択肢もあるが、マノンは馬車を使わせて貰えないため徒歩で学園に通うことになってしまう。

 通学路はバッドエンドへの入り口がたくさんあるのでいい判断である。

 ただ、攻略は順調とは言えないようだ。


 ある日の放課後、リュシーはいつものように馬車乗り場近くのベンチに座り、人を待っていた。

 なんとなく遠目に見える校舎を眺めていると、一際目立つ人物がマノンに纏わりつかれていた。


(またアルベールに絡んでいるわ)


 長い銀髪に藍色の瞳の怜悧な美青年はアルベール・デュクロク。攻略対象のひとりで、レティシアの義兄である。

 他人に冷たく、近寄り難い雰囲気を持つ彼は見た目に反して懐に入れた者には優しく、デュクロク家では唯一レティシアの味方だ。家で居場所のないレティシアをずっとできる限りの範囲で庇ってきた。


 但しツンデレである。


 レティシアを助けては礼に照れ、捻くれた返答をして「なんであんなことを言ったんだ!」と頭を抱えている。

 そのため彼女からは苦手意識を持たれる……ことはなく、普通に好かれていた。

 とてもわかりやすいツンデレなので「お義兄様は私が気を遣わないようにあんな言い方をする」といい感じに受け止められている。


 アルベールはレティシアへの好感度にボーナスがつき、レティシアはアルベールだけ好感度の初期値が高い。

 つまりそれだけ恋愛関係に発展しやすく、他キャラを攻略する際にレティシアとくっつけるために放置されがちなキャラである。

 ただ、彼のルートに入る場合は相当難しい。逆ハーレムルートでは最大の壁になる。


 マノンはチャレンジャーなのか、最難関の彼に果敢に挑んでいる。しかし、結果は捗々(はかばか)しくないようだ。

 今も話しかけているのに完全に無視されている。歩く速さの違いからどんどん引き離され、アルベールがリュシーの近くに来る頃には遥か後ろで立ち止まって息を整えていた。

 アルベールは表情も変えずにリュシーの横を通り過ぎ、馬車乗り場へと進んだ。


「レティシア、待たせたな」

「今来たところです。……お義兄様。あの、声をかけられていたご令嬢がいらっしゃいましたが……」

「必要もないのに声をかけてきて内容のない話をする無礼な娘だ。今年編入したばかり故に無視だけで済ませている。

 あんな者、レティシアが気に留める価値もない」

「そ、そうですか……」


 リュシーと同じく馬車乗り場で待っていたレティシアと合流し、アルベールは早速彼女の腰を抱く。

 心配そうにちらちらとマノンへ視線をやるレティシアに対し、アルベールはまったくマノンに無関心なようで、一瞥もくれずに侯爵家の馬車へ乗り込んだ。

 素晴らしく豪勢な馬車はすぐに出発した。


(あらあら、あの親密さはもうお互い告白し合ったあと? じゃあもう攻略不能になってるはずだけど……。まぁ、現実だとステータスなんて見られないものね)


 ゲームではステータスで攻略対象の好感度を見ることが出来た。レティシアと恋人になった攻略対象はその時点でステータスが暗転して見られなくなり、一目で攻略不能になったことがわかる。

 現実では確認不可能だが、それがなくとも今のアルベールの態度は、もうレティシアと恋人関係だとわかる親密さだった。


 アルベールはレティシアと想いが通じ合うとツンデレが収まり、わかりやすく溺愛し始める。

 特に学園では彼女にべったりになり、レティシアとの関係をあからさまにアピールして周りの男たちに牽制をするのだ。


 そして、かねてより準備していた両親の排斥に動き始める。

 アルベールはリュシーと同じ三年生だが、卒業式を待たずに両親を領地に送ってしまう。彼は血の繋がった肉親であっても散々レティシアを苦しめた二人に容赦はしない。

 来月あたりにはアルベールは子息がとれて侯爵になり、レティシアは正式に婚約者としてお披露目されているだろう。


 まだゲーム期間が始まって半年だが、アルベールは放置すると三ヶ月とかけずにレティシアを口説き落とすので、むしろ遅いペースだ。

 わかりやすいツンデレの割にもだもだしない、手の早い男である。


 馬車を見送ったリュシーはマノンへ視線を戻す。今度は目を引く美形に背中をさすられていた。

 鳶色の髪に琥珀色の瞳を持つ、精悍な顔立ちをした男前の彼の名はレオン。国でも有数の大商会のひとり息子でマノンの幼馴染である。


 レオンは面倒見の良い兄貴分的性格で、ゲーム開始時のチュートリアル役であり、プレイヤーが最初に出会う攻略対象でもある。

 さらにその立場から、アルベールとは逆に主人公への好感度にボーナスが入るという特別待遇を受けているのだ。


 そんな彼だが、ちょろ過ぎるせいか、パッケージの端っこにいるためか、プレイヤーからは雑に扱われがちである。

 今もマノンの世話を焼いたというのに、彼女はさっさとレオンから離れていく。

 引き止めるレオンの声を無視したマノンは帰り支度をした令嬢とぶつかってしまった。

 レオンが止めたのは人とぶつかりそうだったからのようだ。


 ぶつかったのは公爵家の令嬢だ。まさか無礼打ちエンドかと血の気が引く。

 ゲームで無礼打ちしてくる令嬢はシルエットだけのため、誰がそうなのかわからないのだ。

 令嬢の護衛は剣の柄に手をかけたものの、それ以上は動かず、本人も二、三注意らしい何かを言っただけでマノンはすぐに解放された。


 目の前で流血沙汰にならなくてホッとする。

 攻略対象を狙い撃ちしているため、マノンは転生者だと確信しているが、現地産かと疑いたくなるほど迂闊な行動が目立つ。よくバッドエンドフラグを立てないものだといつも感心している。

 そんなことを考える彼女の上に影が差し、待ち人が来たことを教えてくれた。


「待たせてごめんな」

「今来たところよ」


 先程のアルベールとレティシアと言葉は違うが同じやり取りをして、差し出された大きな手を取り立ち上がる。エスコートされるままに歩き出した。


「今日はどこか寄りたいところはあるか? リュシー」

「レオンと一緒ならどこでもいいわ」

「どこでもっていうのが一番困るんだけどなぁ」


 苦笑しながらも嬉しそうな攻略対象のレオンは、リュシーの婚約者である。去年、同じクラスになったことをきっかけに恋人になり、今年になって正式に婚約した。

 リュシーの家よりもっと大きな商会の跡取り息子との婚約に、家族は両手(もろて)を挙げて喜んだ。

 この良縁を逃してはならぬと、卒業したらすぐに結婚する予定になっている。


 かつてのリュシーは一周目のプレイ以外、逆ハーレムエンドを達成するために『Double(ダブル)』をやっていたので、レオンに限らず推しはいない。

 彼女がレオンに惹かれたのは純粋に今の彼が素敵だったからだ。


 一番ちょろい攻略対象ということで不安はあった。しかし、マノンは入学直後にレオンを頼ることはあったものの、今ではさっきのようにそっけない態度だ。

 本命は別にいるのか、それともレオンならば後から巻き返せると思っているのか。手を抜いていてくれるなら婚約者としては安心だ。


 マノンは今のところレオンを放置し、アルベールを贔屓目に、他全員とは満遍なく接触している。だから、誰とのエンドを目指しているのかわからない。

 全員と中途半端なため、好感度的には誰ひとり「知り合い」の域を出ないまま半年が過ぎてしまっている。

 あと半年あるとはいえ、そろそろキャラを絞って攻略を進めないと、誰とも結ばれず修道院に送られるノーマルエンドに一直線だ。


(もしかして、逆ハーを狙っているの?)


 そんな考えが浮かんだが、まさかそんなはずはないと打ち消した。

 リアルであのスケジュールを熟すのはもはや人間技ではない。『Double(ダブル)』を知っているなら絶対に避ける道だ。


 ふと、『Double(ダブル)』にはリメイク版があったことを思い出した。

 逆ハーレムエンド達成で燃え尽きていたリュシーはプレイしていないが、一般向けにかなり内容がマイルドになっているという話は知っていた。

 特に、過激な裏設定や理不尽なバッドエンドは全部削除されたそうだ。もしかしてここはリメイク版の世界なのだろうか。


(いや、でも、この世界には()()()()があるから同人版で間違いないはず。それに逆ハーエンドはリメイクの方が難しかった)


 そう、リメイク版は様々な面がユーザーフレンドリーに改変されたが、何故か逆ハーレムルートの難易度はさらに上がった。

 よほどのハーレム嫌いが制作陣にいたのか、それとも最難関ルートを攻略されたのが悔しかったのか。どちらにしろ絶対クリアさせないという気概を感じる難易度だそうだ。


 ちなみにエンディング後のご褒美は前と変わりがない。

 それでも攻略して秒刻みのスケジュールをサイトに上げるプレイヤーたちは訓練どころか調教されている。

 思わずサイトをそっと閉じてしまう狂気のスケジュールを見たことがあれば、リメイク版こそ絶対逆ハーは目指さないはずだ。


(みんなかっこよすぎて目移りしてる、のかな?)


 レオンと同じ馬車に乗り込んだリュシーはとりあえずそう結論付けた。


「リュシー? せっかく二人っきりなのに考え事か?」

「あっ、ごめんなさい。その、週末にウエディングドレスの仮縫いがあるからそれを思い出していたの」

「そうだったな。俺が行けないやつだ」

「式までは内緒よ」


 本当のことを言う訳にはいかずに咄嗟に週末の予定を持ち出して誤魔化す。うまくいったようでレオンはにかりと笑った。

 八重歯が見える、彼女が大好きな笑顔だ。見惚れているうちにぐいぐい距離を縮められ、いつの間にか抱き込まれていた。


「レオン、ちょっと近いわ」

「婚約者なんだからこれくらい普通だろ」

「あっ! どこ触ってるの!」

「えー? どこだろうなー?」

「やめっ、やめてよ!」

「大丈夫、貞操は守るから」

「そういう問題じゃないわ!」


 レオンの悪戯な手が体を這い回る。リュシーは怒るが、レオンの悪戯っぽい表情に滲む獰猛な色気に中てられると抵抗する気が失せてしまう。

 レオンのこんな一面を、ゲームで知ることは出来なかった。


 リュシーは「ゲームに出てこないレオン」を知るたびに彼が好きになっていった。

 ゲームのレオンに魅力がなかったということではなく、二次元と三次元の厚みの差、と言うべきか。何にしろリアルはもの凄い。

 今のリュシーにとってレオンは「ちょろい攻略対象」ではなく、どうしようもなく惹かれる「男」なのだ。


 攻略対象になる男たちは学園でも特に目立つ存在で、全員魅力的である。マノンが目移りする気持ちは理解出来た。

 でも、彼らの魅力に引き寄せられるのはマノンだけではないし、現実となったこの世界で彼らの選択肢はレティシアとマノンの二択ではない。


(早くしないと、取られちゃうよ。……レオンみたいにね)


 不埒な恋人の手を程々に叩き落としながら、リュシーは心の中でマノンへ語りかけた。

『Double』


 とある恋愛ゲーム会社が同人時代に出したゲーム。のちにリメイクされる。

 攻略対象は五人で、ゲーム期間は二年生の一年間。

 学力、気品、度胸の三つのステータスを上げると攻略対象だけではなく、他の生徒たちにも認められて、学園で起きる困りごとを解決してほしいと依頼されるようになる。それを攻略対象と解決することでより仲が深まっていく。

 基本的にほのぼのとした青春を楽しめるゲームになっているが、同人版はほのぼのと理不尽バッドエンドが同居する不思議なゲームになっている。

 逆ハーレムルートが鬼畜難易度。リメイクされて何故かさらに鬼畜になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 内容に文句はありません。楽しく読ませてもらっています。 ただ、バットエンドではなくバッドエンド(bad ending)が正しいと思います。 頻繁に出る単語なので、気になりました。
[良い点] 全体的にはまとまっている [気になる点] >ただ、このゲームにはいわゆるライバルや当て馬、悪役のよ>うなポジションのキャラクターがいない。 >その代わりにいるのがヒロインだ。 >レティシア…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ