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歩む今とこれから

やったぜ


黒いそれは、こちらに顔を向けると、ゆっくりとお辞儀をする。


『愛しき主人、お初にお目にかかります。ずっと愛しき主人のお姿を見ていました。そして、これからは、そのお姿をお側で…』

「危ない!」

『………』


それの言葉を聞いているとその後ろからアーンがやって来た。彼女の腕や足に血がついているが、怪我をしているようには見えない。

アーンは、黒いそれに対して迷う事なく後ろから強烈な蹴りの一撃を放った。


「え!?嘘!」

『………』


しかし、その蹴りは簡単に受け止められ、アーンは逆さに吊るされたようになった。

何も話さなくなったそれと雫たちの間に妙な静けさがやってくるが、それも束の間である。


「アーン、多分その人は味方です。多分…」

「どうして疑問系なの?と言うかこの人?誰なの?あと、早く逃げないと兵士たちが来ちゃうよ」

「そうですね。ローナ、走れますか?」

「うん、走れるよ」

「えっと…」


雫は黒いそれの方を向いて言い淀む。


『私はゼオラ。そうお呼びください』

「分かりました。ゼオラさん、アーンをそろそろ離してくださいませんか?いきなり攻撃をしたのは申し訳ありません」

『ゼオラ…ゼオラ…ゼオラ…呼んでくれた、主人が私の名前を呼んでくれた。嬉しい、嬉しい、嬉しい。愛しき主人が私の名前を呼んだ。…つまり、もう夫婦という事』


アーンを離すとゼオラは、ブツブツと何かを言っているがその言葉は雫たちの耳には届かなかった。


「へ?ぜ、ゼオラさん?大丈夫ですか?」

『いえ、なにも問題ありません。愛しき主人、それはどう致しましょう?』


ゼオラは、先ほどまでの不気味な雰囲気とは打って変わって、お淑やかな声で尋ねた。

ゼオラが指をさしたのはべデブの身体だった。ここで雫は、不気味に感じる。べデブは、ゼオラによって首を捻り、ちぎられて殺された筈だ。だが、べデブの身体からは血が出てきていなかった。


「一体、どう言うことなのでしょう?」

『愛しき主人?』

「えっと…ゼオラさんはどうしたいのですか?」

『そうでございますね、一先ずは保管致します。私の影の中に入れておけば問題ありません。それに、使徒の身体は特別製ですので他の者が手にすると厄介な事になりかねません』

「では、そうしてもらっても良いでしょうか?」


雫はまだ使徒に関して何も知らない。

ゼオラの方が詳しい事を察し、雫は任せることにした。


『承りましたわ』


べデブの身体はゼオラから伸びた影の中に沈んでいき、そこにはまるで何もなかったかのように痕跡が消えた。

雫はローナを支えたまま、混乱している広場の民衆に対して声をかける。


「聞きなさい」


魔道具によって大きくなった雫の声が都中に響く。後ろを向いていたものは前を向き、騒いでいたものは黙り、俯いていたものは顔を上げる。


「この世界は美しいですよ。しかし、この世界は思ったよりも優しくはないのです。自分が苦しんでいる時に追い打ちのように自分を痛めつけ、死へと追いやる。現状を変えることに必死になり、楽をしようと思えばさらに苦しい思いをする。そんな厳しい世界です。そんな厳しい世界でなぜ皆さんは争っているのですか?種族、文化、思想、性別、階級、年齢、信じる神……それらが違うだけで争うのですか?そんな事で争いをしている暇はあるのですか?人間や獣人などの寿命は短い。エルフなどの長命種に比べればその長さは風前の灯のようでしょう。皆さんは、賢い筈です。使徒や他の者たちの傀儡になどならずに自分の足で歩ける筈です。私の願いは、この美しい世界をもっと自分の目で確かめてください。もっと愛してください。その方がきっと楽しいと思いますよ。皆さんが生きるこの世界は狭い視野で見るにはあまりにも勿体無いのですよ?」


雫はそう言うと頭を下げる。

ゼオラは、雫の肩に手をかけ、抱きつく形になる。


『では、ここからお暇しましょう【縁結】』


ゼオラが雫達を自身を覆っている薄いレースで覆い隠す。そして、何かを唱えると足元が消え、浮遊感を感じた。雫達に見えている景色は黒一色であり、どこまでも続く暗闇だった。だが、それも一瞬のことですぐに地面に足がつく。そして、視界は晴れていく。


「え、ノモさん?このどこなんですか?」

『いい場所におりましたので利用させてもらいましたわ』

「一瞬で移動したよ!?何これ…」


雫たちが移動した先はベアル魔帝国が設置した街の住民の避難場所の入り口だった。

そこには配下に指示をしているノモがおり、雫達を見るといつもの涼しげな顔が崩れた。


ノモは、急に現れた雫達に驚いたがすぐに冷静になり、近くにいた配下に命令をする。近づいて来る際にゼオラの方を見たがすぐに雫の方へと目線を移す。そして、雫の前に来ると片膝をつき、頭を下げる。


「シズク様、この度の勝利、誠におめでとうございます」


ノモは雫が無事なことからべデブに勝ったのだと理解したのだ。その事を讃えたつもりだが雫はその言葉に対して少し顔を曇らせる。


「私はローナを助けたかっただけです。それに、結局は私にできる事は何もありませんでしたよ」

「そんな事ない!」


雫がそういうとローナは雫の腕をぎゅっと掴み、否定する。


「シズクは、私を救ってくれた。シズクは、私との約束を守ってくれたよ?ユビキリの約束…覚えてる?」

「えぇ、覚えていますよ」

「約束守ってくれたよ?シズクが私を守ってくれたの…だからね?そんな事言わないで…言わないでよ」


ローナは泣きそうな顔で雫にそう言う。


「そうですね、誉められることに慣れていないのでつい捻くれてしまいます。私の悪いとこですね。ありがとうございます、ローナ」

「うん」

「ゼオラさんも本当にありがとうございました。後で色々と聞きたいんだけど大丈夫ですか?」

『問題ありません。愛しき主人の役に立つ事は私の望みであり、役目でございます。それよりも、私のことも是非ゼオラとお呼びください』


ゼオラはそう言う。ゼオラの声は、先ほど感じた不快な感じはしなかった。


「ノモさん、私の仲間は見つかりましたか?」

「はい、どうやら街の中に滞在していたようですが、既に避難を完了しています。案内しますか?」

「よろしく頼みます」


雫がローナたちと一緒にノモについて行くと奥の方から見覚えのある少女がこちらに走って来ていた。


「ニア!」


ニアは雫に向かって猛烈に突っ込んだ。


「ぐへッ…に、ニア?」

「信じてた…信じてた」


ニアは抱きつき、顔を雫の胸に埋める。

抱きつく力が次第に強くなっていくのを雫は感じていた。


「に、ニア、苦しいのですが」

「目の前から居なくなった…ご主人様が居なくなってとても不安だった」


雫は子供をあやすようにニアの頭を軽く撫でる。その後ろには、少しむっとした表情をしているローナと状況が飲み込めていないアーンがいた。


「シズク?」

「アーン、この子はニア。私の仲間の一人ですよ」

「シズクの仲間?そんな小さな子供が?」


小さな子供と言われた事にピクッと反応するニア。埋めていた顔を上げ、後ろにいるアーンとローナを見る。


「………私、ニア。ご主人様の初めての従魔」


なぜでしょう。言い方に何か含みがあった気がするのですが…気のせいですかね?


「じ、従魔?え?じゃあ、その子、魔物なの?人間にしか見えないけど」

「ニアはスライムなんですよ。色々ありまして人間の姿になっているだけなんですよ」


二人に色々説明していると周りから変な視線を感じる。

この場所にいるのは殆どがベアル魔帝国の者達だ。つまり、彼らにとっては崇めるべき存在が近くにいる事になる。ノモからの命令で過度な敬いを禁止されている彼らだが、抑えられない者もいるようだった。


「ニア、他の皆さんは?」


今まで向けられたことのない類の視線に慣れていないのかこの場から逃げようとする。


「こっち」


手を握られニアに引っ張られていくと心配そうにキョロキョロと辺りを見回しているよく知った人がいた。ニアが大きな声でその人物を呼び、その人物は、こちらに目を向けると一目散に駆け寄ってくる。

そして雫の顔や身体を触り始めた。まるで、それが本物であるのを確かめるように。

確認し終えるとケリーは、膝から崩れて顔を手で覆う。雫はその人物に向かってこう言う。


「ただいま、ケリー」


そう言うとケリーは、涙で濡れた顔を覗かせながらそれに応える。


「はい、おかえりなさい」


読んでくださりありがとうございます?

あと少しで終わるんだ…え?お話はまだまだ続くよ?

少なくともあと数章ぐらいは続く感じなんだよね。

取り敢えず一章が終わる感じです。

少しでも面白いとか続きが気になるなんて思ってくれたら嬉しいです。


次もなるべく早く投稿するからさ……ね?

絶対に明日投稿なんて言えないのが僕です。

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