思惑
あまり眠ることが出来なかった。
上の空いている隙間から見える空の色はまだ薄暗い。体は…バキバキですね。まぁ、それでも多少は疲れが取れてますし眠らないよりは遥かに良いでしょう。体を起こすと壁にもたれかかりながら眠っているアーンと獣人の子どもたちがいる。その中にはローナの姿もあった。
「置いてきてしまった皆さんは大丈夫でしょうか、心配ですね
「もう起きたんだね?」
「あ、起こしてしまいましたか?すいません」
「大丈夫。それよりも僕の体を治してくれたんだよね?ありがとう」
「…いや、別に私がしたことでは、スキルが勝手にやったことなので」
私のスキル【魔典】は未だによくわからない。魔物を登録する図鑑だと思っていたんだが、どうもそれだけじゃないようですね。それに新しいスキル【覚醒】についてもまだよくわからないですし。
エルゼやニア、ユリスたちには【覚醒】は適応されなかったみたいだけど、アーンには適応されたんたようですね。
「アーン、何か変わった所はありますか?」
「いや全然……あ、そういえば体が全く疲れなくなった?それどころか元気が溢れ出来るような感じがする」
「なるほど?」
「というか、それであまり寝ることが出来なかったんだよね」
「そうですか」
少し申し訳ない気分になる。
私の顔が少し曇っていたことがわかったのでしょう、アーンは感謝の言葉をくれた。
「それにね?別にそれが嫌だとか迷惑だとかそんな事は言ってないよ。少し疑問に思っただけで」
「大丈夫ですよ。それよりもあまり大きな声を出すと子どもたちが起きてしまいますよ」
「あ、ごめん…ッ!誰か来るみたい」
急にアーンさんの耳がピクッと動きそんな事を言う。私には全然聞こえないのですが、獣人の聴覚は私達人間の何倍もあるようですね。数秒後には私にも一人の足音が聞こえた。
騎士のような重い足音ではなく、軽い足音であった。それは段々と近づき私たちは寝ているフリをする。
音はさらに近づきすぐそこまで来たところで止まる。
「このような形でお会いすること、誠に申し訳なくございます。私はベアル魔帝国の者でございます」
「……」
「そのままお聞きください。私は貴方をここから逃がすことが出来ます」
「…ッ!?」
「ですが、貴方以外の者たちは連れて行くことが出来ません。申し訳ありません、私の魔力では全員の存在を隠蔽できません。なので連れて行くことが出来ないのです」
「…………では、お断りしますね。それに私は貴方の事を知りません。どうしてベアル魔帝国の者が私を救ってくれるのかもわかりません」
返す言葉は決まっていた。そもそも、この人物が本当に他国の者だとして、私達を本当に助けてくれる保証はどこにもない。確かに藁にもすがりたいほど追い込まれているが怪しすぎると雫は考えていた。
「それは……ここでは言えません」
「そうですか。まぁ、どちらにせよ行けませんよ」
私は寝ているフリを止めて体を起こす。そして、牢屋の出入り口の方を向くとそこにはローブを被った背の高い人がいた。声の高さから女性だろうと予想出来るが、顔が見えないからなんとも言えない。
「ですが、少しだけ協力して欲しいことがあります。勿論お礼はします」
誰かに頼らなければならない状況だということも事実であった。なので、妥協案として少しだけ手伝ってもらうことにしたのだ。
「わかりました。何なりとお申し付けください」
「どうしてそこまで態度が畏まっているのかいまいちわかりませんが…今は気にしないでおきます。手伝って欲しい事は今日行われる獣人の処刑に関してです。処刑が行われる前に私をその場に連れて行って欲しいのです」
「わかりました。その程度でしたら問題ありません」
「ねぇ、それって僕も連れていける?」
「貴様、シズク様との会話中に口を挟むことは不敬だ」
えぇ、私と話すのと態度が変わり過ぎではないですか?
と言いますか、不敬ってなんですか?別に私はなんとも思ってないんですけど、それにここまで仰々しい態度をどうして取られているんですかね?
「可能ですか?」
「勿論でございます」
「…僕、こいつ嫌い!」
「……」
「こ、こいつ」
「お願いとはそれだけですか?」
「そうですね。あ、可能であればですが私の仲間に無事だということを伝えてくれたら助かります。エルフと日傘をさしてる人とスライムなので特徴はありますし、見つけやすいかと思います。こちらは出来ればで構いませんが、どうも心配なのです」
「仲間に知らせて、全力で探させます。お任せください」
「あ、はい」
なんでしょうね、物凄くやる気を出してる気がします。顔が見えないのですけど、満面の笑みが見てわかるくらいには声のトーンが上がってる。
「ところで貴方の名前は?」
「これは失礼ました。私のことはノモ、そうお呼びください」
「ノモさんですね、ではよろしくお願いします」
「仰せのままに、貴方様の役に立てる今日というこの日を心からお待ちしておりました」
ノモさんは私に左膝を床に付き、右膝と胸に手を当てて頭を下げてくる。
絶対に私なんかにして良い態度ではないのですが、本当にどうしてこんなに敬われているのでしょうか。何か原因が…あ、もしかして使徒ってことがバレてる?
「では、失礼しますね」
「はい、ありがとうございます」
「はい、シズク様のご活躍を心より願っております」
そう言ってノモさんは一礼して牢屋の前から去っていった。
私は子どもたちを起こさないようにアーンの側に移動し、これからの作戦について共有する。
「それ…いつ考えたの?」
「先程ですね。ノモさんが協力してくれるとのことで不可能な作戦が可能になりました」
「むぅ」
「そんなにノモさんが気に入りませんか?」
「そうじゃない。君が危険な役割を背負ってることが不満なんだよ」
「しかし、こればかりは仕方がありません」
まぁ、やることは難しくはないので誰でも出来るのですが、これは私がやらなくてはならない。私でなくては意味がないのですよね。なのでこの役割を別の方に譲るわけには行かないんですよね。
「でも、僕が守るからね?」
「そこらへんはお願いします。私では騎士などには叶いませんので」
二人が牢屋の中で話している頃、シズクが捕まっているシャーネリア王国の王都 リンウェイに到着した者がいた。一人はエルフの女性であり、もう一人は黒い喪服のような服を身にまとった青年だ。もう一人は小さな少女だった。そう、シズクの仲間であるケリーとユリス、ニアだった。ケリーの肩には小さくなったエルゼが乗っていた。
ケリーたちは早朝に王都にやってきたのだ。しかし、その体はボロボロであり体力も消耗しきっていた。
しかし、休む気はないようで街の中心に見える王城にその足を進める。
そんなケリーたちを建物の上から眺めている者が一人いた。
「直ぐに助けに行きますから、だからシズクさん、無事でいてください」
「大丈夫、ご主人は無事」
「えぇ、わかっています。ですが…不安なのです」
「ねぇ?もうさ、面倒なこと止めてこんな国を滅ぼしちゃえばいいと思うんだけど」
「それは困ります」
「「ッ!?」」
怒りが込められたユリスの言葉に応えるよう言葉が聞こえたケリーたちは勢いよくその方を向いた。
そこにいたのは黒いローブを身にまとった存在であった。
「私はノモ、貴方の仲間であるシズク様から言伝を預かっております」
「シズクさんから!?」
「はい、つきましては宿までご案内しますので着いてきてもらえますか?」
「……宿ですか?」
「お疲れでしょう?なんせポーレリアからここまで僅か3日でたどり着いたのですから」
「ど、どうして」
「少々情報に詳しいだけです。それに、私は貴方がたを害する気は毛頭ありませんのでご安心ください」
「…分かりました。確かに疲れているのは事実です」
ケリーたちはノモを先頭に宿へと向かうことにした。
その道中でもケリーはノモから離れて警戒しながら宿へと向かっていた。
「貴方はどこの国に属しているんですか?」
「私めはベアル魔帝国に属している者でございます」
「魔帝国……シズクさんとどのような関係が?」
「それは宿に着いてからお話しましょう。丁度着いたようですし、お入りください」
そこは別になんともない普通の宿だった。
早朝だから食事場で食事をしている人はいない。宿の中は客がいないせいで静まっていた。
「少しだけお待ち下さい。温かなスープをお出ししますので」
「え?いえ、そこまでしてもらうわけには」
「いえいえ、シズク様の仲間である貴方がたは我々『イルシオン』のお客でございます」
そうノモが言うとそれまで静かだった食事場に数十人の黒いローブを身にまとった者たちが現れる。
イルシオンとは、魔帝国に存在する情報組織であり、その構成員は世界中で新鮮な情報を国の為に集め、報告している。
「イルシオン……冒険者だった頃に少しだけ聞いたことがあります。たしか魔帝国の情報組織…」
「えぇ、ケリーさん、私も貴方の事を知っていますよ?私からあなた達に伝えることはシズク様は無事だということです」
「そうですか」
「あ、これ、野菜のスープです」
「ありがとうございます」
ケリーの心は少しだけその言葉で余裕を持つことが出来た。
ユリスもノモの言葉に安心したのか、先程の怒りはだいぶ弱まっていた。
温かな野菜のスープが冷えたケリー達の体を温める。心に余裕が出たのか、それともスープのいい匂いに刺激されたのか、食欲が出てくる。
ろくな物を食べずに移動していたため、ケリーはその野菜スープを美味しそうに飲む。
「ただ、明日にあの方はある挑戦をします。その挑戦は誰にも止めることは叶わず、手をだすことは許されません」
「シズクさんが挑戦?」
「明日、ある一人の獣人族の娘の処刑がございます。シズク様はどんな手を使ってもそれを止めにかかるでしょう。私も少々お手伝いをする予定ではございますが、神闘権が発動してしまえば私どもは何も出来ません」
「シズクさんは今、魔物を連れていないのですよ?」
「そうですね。為す術がないまま無惨に殺されるでしょう」
そうノモが言い切るとケリーは席を立つ。
しかし、入り口はノモの同僚たちに塞がれている。ケリーはこの状況になり、自分がはめられたのだと気づく。
「やりましたね?」
「はて?私は貴方たちに温かなスープをご馳走しただけですが?」
「…うぅ?…これは」
「ようやく今頃になって効いてきましたか。即効性のものだったはずですが…耐性がお有りのようで時間がかかりましたかね」
「何を…言って…いるのですか。まさか、スープに」
「ほんの数時間だけ眠ってもらうだけですよ。お仲間はぐっすりとお眠りのようですしね」
「…シズクさんを助け…ないと」
「はいはい、それではお休みください」
そうノモが言うとケリーは床に倒れ、ノモが部屋に運ぶように合図をする。
その合図に従うように黒いローブを身にまとった者たちは、ケリーとユリス、ニアを部屋に運ぶ。
エルゼは専用の籠に入れられ、同じように部屋に運ばれる。
「エルゼ様には順番で血を与えてくださいね。あと起きたら暴れると思うんでこれも飲ましておいてください」
「了解しました、ノモ様」
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
そう言ってノモは宿を出ていく。
宿の外は次第に明るくなってきており、約束の時が近づいて着ていることに笑みをこぼす。
「さてさて、どのような結果が出るのか。我らが神の使徒はこの試練を乗り越えられるのか、楽しみでございますね」




