捕縛
「そこの者、止まれ」
後ろから声がしている。誰かを呼んでいるのだろう。にしても随分と鋭い声の持ち主ですね。声が聞えた瞬間に背筋が少し伸びた気がしましたよ。私達は止まることなくそのまま歩き続ける。
するとドタドタと重い足音が聞こえ始める。
「おい!聞いているのか?この私を無視するとはいい度胸じゃないか…おい!そこの黒髪!」
「うん?…もしかして私ですか?」
「そうだ!貴様らだ…ったく何度呼べばいいんだ。私をこれ以上煩わせるな」
そう言って高価そうな服を身に纏った男はこちらへとやって来る。
一体何が目的なのだろうか?私が知らぬうちに何か変の事をしたのだろうか?
男はふくよかと言う言葉では言い隠せない体系をしている。はち切れんばかりに飛び出したお腹は男が歩くたびに震えている。男はこちらを一瞥すると視線を私から私の隣へと移した。そしてジックリと嘗め回すような眼と気持ちの悪い笑みを浮かべる。男の隣には私と同じくらいの身長をした若い男がいた。男の目は細く、目を閉じているのか開いているのか分からないぐらいだ。
「ぐふふ…おいそこの女。お前、下民にしておくには勿体ない。よいよい、お前は私の妾にしてやる。泣きながら跪いて喜べ。隣にいる汚らわしい矮小なる男よりもこの私の妾として生涯を過ごした方がよっぽど楽しいぞ?」
「おめでとうございます。べデブ様のご寵愛を受ける事が者がまた誕生するとはおめでたい事ですね。それにしてもべデブ様はとてもお優しいお心の持ち主でございます」
「ぐふふ、当たり前のことを今更後悔言うでない。私は世界一慈悲深い心を持っている男だからな」
啞然とした。
何を言っているのかが分からない。言葉は理解できるが脳が目の前にいる男の言葉を理解するのを拒んでいる。隣の男が分かりやすいお世辞を言うが当の本人にはただの賛辞にしか聞こえないのだろう。
「……」
「うん?どうしたのだ?早く泣きながら喜ばないか。早くしないと私の慈悲心が冷めてしまうぞ?」
ケリーの方をチラッと見るとその足は震えていた。いつもの様子と違い、明らかに怯えている。
そんな事は気にせず更にこちらに近づき、その男は私やユリスにも気にもかけず、ケリーの手を取ろうとした。
パチンッ
反射だった。
何をしたのか初めは自分も分からなかったが目の前にいるのは驚き、ポカンと口を開けている男。
そして私が叩いたのはその男の手だった。
「なッ!?触るな無礼者がッ!」
「あなたこそ急に女性の手を取るなど配慮と言うモノが欠けているのではないですか?それに彼女は私達の大切な仲間です」
「貴様…私を愚弄したな!?下民の分際で使徒である私を愚弄したのだぞ?その意味が分かっているのであろうな?者共!その者を捕らえるのだ!国に帰り、刑を執行する」
「「「ハッ!」」」
男の周りにはいつの間にか衛兵たちが立っていた。気配を消していたのか、それとも見えない場所で待機していたのかは知らないですが少し不味いかもしれません。
逃げようとケリーの手を引っ張ろうとしますが間に合わず、私の体はいつの間にか拘束されていた。
地面へと倒れる私を見て肥えた男は気味の悪い声で笑う。
隣にいた狐顔の男はゆっくりと私に近づき小さな声で私に話しかける。
「貴方も運が無いですね。あんな女性をかばうなんて‥‥なんて愚かなんでしょう」
「仲間を見捨てる選択肢は私にはありません。それは今も昔も同じことです」
「‥‥?いまいち何を言っているの分かりませんが、兎に角貴方に待っている未来は胴体とサヨウナラする結末です」
私を見下ろしながらそう言う男の目は笑っていた。
ユリスは私を助けようとしていますね。ですがそれはダメです‥‥そうすればユリスが危ない。
「ダメです。ユリス、貴方が手を出しては事が大きくなる一方です。私は大丈夫ですから」
「ほう?下民の割には頭がよく回るではないか連れて行くぞ。女は…興が冷めた」
私がユリスを止めたのはこの男が言っていたことが本当だった場合、ユリスが犯罪者になってしまうからだ。使徒についてケリーからはよく教えてもらった。
ケリーが言うには使徒とは神の代行者‥‥そう呼ばれ絶対なるものだったらしいです。今の使徒はそうではなく、最低でも人を殺したり、戦争を始めたりすることは出来ない。
ただ王に提案をする権利を持ち、国の中で唯一王と対等な立場らしい。
「シズクさん!」
「ケリー、問題ありません。皆をよろしくお願いしますね?」
すみません…夕食の約束を破ってしまってしまい。
今度、私から誘うので許してください。
私は心の中で謝罪をしながら衛兵たちに連れ去られた。
連れ去られた先は大きな馬車だった。私達が乗って来たような小さな馬車なのではなく、とても大きな物だった。装飾にも金などが使われており、無駄に華美だった。
引く馬も普通の馬ではない…まるでロボットみたいな感じの馬でした。あれは‥‥噂の魔導具と言うモノでしょうか?私の鞄は魔具と呼ばれ魔術師によって作られたモノなんですが‥‥。
魔導具は魔導士と言う職業の方々が作ったものらしい。希少で滅多に作れないらしいのです。
「入れ!中で大人しくしていろ」
「分かりました」
中に入ると狭い物資入れでした。
樽や木箱が中には積まれており、他にも入れ物に食べ物や武具が積まれていた。
「沢山積まれていますね。にしても縄に手を拘束された状態では面倒ですね」
「……誰?」
物資入れから外を眺めて脱出することが出来ないかと考えていた時、不意に後ろからか細い声が聞えた。後ろを振り返ると薄暗い奥に誰か一人いる。
私と同じように積み込まれる人間がいるとは思わなかったですね。声をかけてみましょうか。
「貴方は?」
「ローナ。貴方は誰?」
「私はシズクです。少しこの馬車の持ち主に歯向かった所、このように拘束されてしまいました」
「歯向かった?あの使徒様に?」
「そうですね。仲間を守るためには仕方がなかったんですよ」
私以外が使徒に何かしら攻撃を加えると不味いんですよね。
まぁ私があの場で使徒であることを伝えれば良かったんですけど‥‥少し私怒っているんですよね。
この異世界に来て初めてこんな感情になりましたよ。あの盗賊の時ですらここまで嫌悪感を抱くことはなかったんですけどね~。
「貴方はどうしてこんな馬車の中にいるんですか?」
「私は…だから」
「はい?」
小さな声過ぎて聞こえなかった。少し近づかないと聞こえませんね。
声的に女性…と言うか子供ですかね?私に危害を加える気はなさそうなんで近づきますか。
「少し良く聞こえな…!」
「……」
「その頭に生えているのは耳ですか?」
「…うん」
近づいてみると薄明りの中にいたのは子供だった。ですが服はズタボロの生地で出来た物を着ている。所々が破けて肌が見えているが…見えている場所には紫色の痣がある。
恐らく殴られたのだろう。
そして少女の頭には耳が生えていた。ピンと立ってピクピクと音に反応しているのか小刻みに動いている。兎のような耳ですが…それよりも短いですね。
「私は獣人だから…連れ去られたの」
「獣人ですか?」
「獣人を知らないの?」
「生まれが田舎の集落ですので人間以外見たことが無かったんですよね」
「そうなんだ。私はボーパルバニー族って言う種族の獣人なの」
ボーパルバニー…首狩りウサギですか。名前が物騒ですが目の前の少女からはそんな獰猛な感じはしないんですよね。
「そうなんですか。ですがどうして獣人だから連れ去られたんですか?」
「使徒様の国は人間を至上の存在とする国なの。だから私みたいな獣人は連れ去れて駆除される」
「……」
言葉が出ない。
私の生まれた地球でも人種差別と言うモノが少なからずありますが…それでも命を軽くは見ていない。酷くても嫌がらせ行為をしたりするぐらいです。少なくとも駆除という言葉は使わない。
「もしかしてですが…その痣も」
「あの使徒様に殴られたの。集落の皆の前で一杯」
「少し痣を見せて貰えますか?」
「えッ?」
「そのままでは余計に悪くなってしまいます。少しですが傷に効く薬草を持っていますので‥‥あ」
「どうしたの?」
「…私拘束されていたんでした」
「私の歯でかじれば縄は解けるよ」
「本当ですか?ではお願いします!貴方が解いたことはあの男には内緒にしますので」
「……」
私は後ろを向いて縄の結束部分をローナの口の高さに合わせる。
彼女は子供の様にとても小さく私がしゃがんでも座っても高くなってしまうので床に突っ伏した状態でその上に彼女が倒れ掛かる形で暫く待機します。
「……出来た!」
「おぉ~!凄いですね…歯がやはり特殊なんですかね?…あぁ調べたいですが今はそんな事をしている場合ではありませんよね。と言うか最近、観察をめっきりしてない気がします」
小さなカバンはみすぼらしい鞄など要らないと言われ取られることはありませんでした。
まぁナイフなんかは取られましたけどね。
「えっと…ありましたね。この薬草をすり鉢ですり潰して患部に塗れば終わりですね」
「何処からそんな物を出したの?」
「えっとこの鞄なんですが…この鞄は実は魔具でして容量がありますが沢山の物が入るんです。ただ時間は止まりませんので保存出来る物が限られますが…」
この鞄を買った時は現実世界と同じように時間が経つのだと思っていましたが実は違ったんですよね。
冷たい飲み物をうっかりこの鞄の中に入れてしまい、一日経って鞄から出したんですが零れても無かったですし、まだ少しひんやりと冷たかったんですよね。
ですので時間は経過しますがそれは現実とは違った速度で経過するのだと考えました。
ですのでこのように薬草もしっかりとした処理を行うことによって長期にわたって保存することが可能なんです。ゾイさんにあの時に譲って貰った本で得た知識がここで役に立つとは思いもしませんでした。やはり知は力なりですね。
「少し痛いかもしれませんがこれを塗って暫く安静にしてくださいね」
「どうして私に優しくするの?」
「うん?別に普通の事なんでは?目の前に子供が痛々しい姿でいたら誰でも手を差し伸べますよ?」
「それは違う。人間は普通ここまで獣人に優しくしない」
「それはきっとその人たちの普通なんです。私の普通はこういう事ですよ」
「変なの…」
「ですかね?まぁ…そのまま安静にしてくださいね?それと私と貴方はあの男の前では仲良くしません。寧ろ嫌い合う仲を演じます」
「…どうして?」
少女は分からないようで眉をひそめる。
私の考えではあの男は私を処刑する前に色々な拷問をするはずです。私はそんな拷問に耐える自信は全くもってありませんのでそれまでに国王様の所に行って何とかする予定です。
「まぁ、理由はともかくそれが一番楽なんですよ。ですがこれだけは覚えておいてください。あの男がいる前で貴方に言う言葉は全部噓です。まぁ反対の意味に考えてください」
「分かった。では縄が解けてしまったので縛ってもらう必要がありますね」
「え?」
「すみません!!…縄が緩くて解けてしまいました!!もう一度、きつく縛り直してくださいませんか!?」
大きな声で物資入れの出入り口で叫ぶ。すると徐々に馬車の速度は落ちていき、やがて止まった。
男の声が聞こえ、衛兵が一人やって来た。
「解けたのか?」
「そうですけど?早く縛ってくださいませんか?逃げてしまいますよ」
「分かった。…何故逃げなかった?」
「どうしてって‥‥逃げても直ぐに追いつかれますし、それに怒られるのは貴方がたですよね?使徒様の事ですので殴られるかもしれません。私は逃げることはしませんよ」
「馬鹿者が。‥‥これは独り言だ。俺は雇われて使徒様の護衛をしているが他の奴らは狂ったようにあの使徒様を信仰している。ぶっちゃけ言うと俺はあの使徒が嫌いなんだ。ぶっちゃけて言えば死ねばいいとさえ思っている。どうして神はあのような者に使徒の証を与えたのかわからない。…逃げるなら俺は少し助ける事が出来る。あと一日であのクソ野郎の国に着く。それまでに一回だけ馬車が止まる」
そう言って彼は緩く縄を結び直し前の方に行ってしまった。
暫くすると馬車はまた動き出した。
「お人好しですね。こんな状況で会わなければもっといい出会いでしたのに」
私は揺れている馬車の中を慎重に歩き、ローナの隣に座る。
「どうしたの?」
「‥‥暇でしょう?ローナが良ければ話相手になってくれませんか?」
「うん、良いよ」
「ではどうしましょうかね…身の上話でもいいんですけど暗い話は止めて別の話にしますか」
「別の話?」
「えぇ…私の生まれた場所に伝わる数々の物語なんてどうでしょう?私が憶えているので良ければお話することが出来ますよ」
「聞く!」
凄い食いつきですね。ローナは物語が好きなんでしょうか?
「では先ずは二ホンと言う場所で起きた昔話を話しましょう。昔々、あるところに…」
私が二つ三つほど物語を聞かせてあげると彼女は静かに寝てしまった。
彼女の目の下をよく見れば分かりますが少し隈らしきものがあるのが分かります。それが初め会った時から気づいて居たのでどうにか眠って欲しかったんですよね。
まぁ子守唄は知りませんでしたのでここは鉄板の物語を聞かせてあげることによって眠気を誘ったんですが…成功したようですね。
それしても話してあげるとローナは反応してくれるので話している私も少し楽しかったですね。
また時間があればしてあげましょうか。
それと彼に一つお願いをしましょう。逃げるつもりはありませんが…少しいい方向に私たちの未来が進むように手助けをしてもらいましょう。
「……これは動けませんね。馬車が止まるまでこのままにしておきましょう」
出入り口から入って来ていた光が段々と無くなっている事に気づく。どうやらもうすぐ夜になるようですね。夜は流石に馬車も移動するのが大変ですので停止するかもしれません。
何時でも移動できる準備はしておきますかね。
「ケリー、ニア、エルゼ、ユリス…少し待っていてくださいね」
読んで下さりありがとうございます。今回は少し長めの回でした。
大切な仲間が攫われて助ける主人公ではなく…まさかの主人公が攫われてしまう。
逃げろよと思いますが主人公は武術も何も嗜んでいないただの人間です。
攻撃スキルは?…無いデス。 チートは?…無いデス。 観察要素って? …すいません。
少しでも気になった方はブクマをお願いします。
出来れば評価もしてくれると私は喜びます。
次回は? …出来るだけ早く投稿します。




