囮の皇子
「ふう……はあ!」
呼吸を整え拳で木の幹から破壊し体の調子を調整する。
まさか、一晩寝ただけで痛みが完全に引くとは……やはり、この身体は人外の物ものということか。だが、いくら人外でも右腕の傷は親父が言った通り引き裂かれたような傷痕が完全に残っている。
これは戒め。俺がやってしまった失敗の戒めとして隠さずにいよう。
「だが……これ程の力があってもあの男には純粋に勝てなかった」
いくらヒューマンの大人に負けない程の身体能力があれどそれは成体のスペックには遠く及ばない。それはこの身体は完全に成熟しきっていないからだ。
魔族には幼体と成体で身体能力に圧倒的な差がある。そのため、普通なら幼体が成体に勝てる見込みなんて存在しない。純粋な力で負けるのならこっちも幾つか方法があるが……いや、今はそんな事を考えるのはよそう。
「必要なのは暗殺者ギルドを今の状況でどう潰すか」
武器も失い、使える手札がかなり減ってしまった。まともに強襲すれば確実に失敗してしまう今の状況をどう攻略しようか。
親父を唆す……これは一番手っ取り早いがブリストに大きな危険が伴うため却下。俺個人を動く……その結果がこの様だ。内部抗争……これは組織に潜入する必要があるため無理。
……あれ?今の状況だとデメリットが大きすぎて身動きがとれなくね?これも暗殺者ギルドが仕掛けた罠か。頭の回転が速いやつほどメリットデメリットを考えてしまい、デメリットが多いほうを避けるため結果的に身動きがとれなくなってしまう、まるで蜘蛛の巣のように絡め取られてしまうよに。
となると、デメリットを考慮した上で行動した方が良いのか……。
「ツクモ様。アマノ様がお呼びです」
「分かった、ブリスト」
汗を拭き顔を水ですすいでいたらブリストに声をかけられる。
親父が俺に……?何の用だろうか。
「商会が成立したよ!」
「……は?」
執務室に入って開口一番に親父がふざけた事を抜かしてきた。
商会の成立は問題ない。元々親父に頼んでいた事だし。だが、このタイミング……どうぞ狙ってくださいと言わんばかりの最悪のタイミングだ。
となると、考えられるのは……
「俺を囮にするのか。暗殺者ギルドに向けての」
「……その通りだ」
俺は既に暗殺者ギルドに喧嘩を売っている。そしてそんな人間が商会を立て、しかもバカ売れしたとなれば依頼もくる。そうすれば暗殺者を堂々と差し向ける事ができる。
相手にとってはこれ以上とない好機と見ているだろう。
「工場は作れたか?」
「ああ。ブルタ辺境伯が急ピッチで作り上げて紙の生産も可能だ。それとトランプやチェス、そしてツクモがもたらした幾つものアイデアから産まれた商品……それらも生産ラインに乗っているらしい」
「……人はどうした」
「無論だ。ツクモの指示通りにスラムの人間を採用した」
逃げ道は無しかよ……。ここぞとばかりにこの親父は頭をフル回転させてるよ。
「……仕方ない。店員の数と代理人を紹介してくれ」
「分かった。では行こう」
そう言って隠し通路に俺と親父は入っていく。
……ちゃんとリリンを採用するために代理人と交渉するか。




