皇との交渉と従者の歪
「……失礼する」
「ああ、入ってくれ」
扉をノックし、執務室に昨日作った物を持って中に入ると、親父はソファで体の筋肉を脱力させて休憩していた。
昨日作った物は教養、と言うか頭が回る奴でないと遊びがいが無いからである。
「どうかしたのか、親父」
「ああ……、学校制度の会議をしたのだが……思ったよりも反対が多くてな。そいつらを黙らせるのが一苦労何だよ……」
「まあ、既得権益を多かれ少なかれ侵害する訳だからな。侵害される側からしたら、邪魔以外の言葉が無いから、当然と言えば当然だろう」
それに、場所の設定もまだだからな。本音を言えば、スラムを潰して学園を建てれば良いのだが、それをするには早急な手順が必要になってくるからな……。
「特にヌガー公爵家が強く反対しているせいで保守派が強く、一向に進まない」
「何かやらかしたのか?」
「カフェでツクモが言い争って金髪ドリルの貴婦人はヌガー家現当主の正室なんだ」
「あの金髪ドリルBBAがか?あんな選民思想丸出しヒステリーBBAと結婚した当主は御愁傷様としか言えないな」
「言い過ぎだ、ツクモ。金髪ドリルだけにしなさい。それに、政略結婚だから仕方ないのだろう」
おっと、口を軽くしすぎて注意を受けてしまった。容赦なく言い過ぎたな。
「それで、何をしに来たのだ?」
「ちょっと遊ぼうかなって」
俺が持っていた白と黒に交互に色づけされた八×八の正方形のマスがついたボードと、六種三十二個の駒を机に置く。
「何だ、これは」
「『チェス』って言う遊びだよ。……まあ、簡単に言えば軍と軍を駒に見立てて遊ぶんだ」
「成る程……」
「それじゃ、ルールや駒の役割を説明するよ」
親父が興味を持ったところでルールを説明する。
前世の俺の思い出は完璧に消えてしまっているからよく分からないが、こう言ったレトロゲーム、と言うよりもボードゲーム等の大人数でやるゲームの知識が山程ある。そう言うパーティーゲームが好きだったのだろうか。
「成る程、それではやってみよう」
「分かった」
ソファに腰を下ろすと、駒を並べていく。
さて、ゲームを始めましょうか。
「チェックメイト」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
キングの駒をポーンの駒で取った瞬間、親父はうなり声を上げて突っ伏す。
これで五十戦五十勝零敗だな。これでも指揮に関する書物を記憶が戻る前の俺が読んでおいてくれたお陰でそれなりの知識があるのだが……親父、戦闘での駆け引きとか苦手だろ。俺のブラフやトラップにあっさりとかかっていたし。
「中々面白いゲームじゃないか……」
「まあな」
親父に褒められて嬉しいのを隠すためにそっぽを向いてしまう。
これと同じ起源を持っているらしい将棋もあるのだが……あれは、この国の文字の影響で表に出すのが難しい。
この国の文字は英語のような『幾つかの文字を組み合わせて一つの言葉にする』類いの文字だ。日本の言葉はそれと対をなす『文字一つで意味となり、それを組み合わせて言葉にする』文字だ。もし、それを表に出せば同じ人間が発想したにしては違和感が大きいだろう。
「そうだ!チェスと、それと兵士たちが賭けに使っている『トランプ』を商会で販売しよう!」
「中々名案だ……いや、それだと商人たちに更に力を与えてしまう。それだとダメだ」
「なら、商会を立ち上げてしまえば良い!」
「……いや、その場合誰を代表にする。俺は年齢的な意味合いで代表にはなれない」
「いや、代理を建てれば何とかなる。代理人はこちらで用意するとして……」
「それに、貴族たちや豪商どもを刺激すると、暗殺者ギルドが出てくる可能性が高い」
「それなら、偽名を名乗れば良い」
「偽名か……それなら、問題ないだろう」
「失礼します」
俺と親父が嬉々としてこの玩具の商品化について話していると、ブリストが笑顔で紅茶を持って中に入ってくる。
ブリストの作った紅茶は本当に上手い。
「なあ、ブリスト。俺がもし偽名を名乗るのならどんな名前が良いと思う」
「つ、ツクモ様がどこかに行かれるのですか!?」
「い、いやそうじゃなく」
「いやです、私を捨ててどこかに行かないで下さい!」
紅茶を受け取って軽い気持ちでブリストに質問すると、いきなりブリストの笑顔が破顔して俺にしがみついて大泣きしてしまう。
い、一体どうしたんだ!?俺、泣かせるような事を言ったか!?
「あー、女の子泣かせたー」
「黙ってろ!」
「あ、すんません」
「大丈夫だブリスト。俺はどこにも行かない。俺はこの国の第一皇子ツクモ・ヤマトだ」
「ひぐっ……そう、ですか?」
「ああ」
茶化す親父にぶちギレて怒気をぶつけ、ブリストに優しい声音で説明すると、ブリストは泣き止んで何時もの笑みを張り付ける。
うーん……ブリストの奴、俺が居なくなると考えただけでここまで情緒不安定になるのか。
こいつの来歴上、心を休めれる存在が居なかったのかもしれない。そのため、俺と言う主に守られている事に安心感を持ち、それが依存的な性格になっているのかもしれない。
俺としては例え世界が滅んでも絶対に守る対象だから問題ないが……今後、俺がどこか行く時はちゃんとブリストに説明してから行こう。
「先程は失礼しました。では、私はこれで……」
涙の跡を拭き取ると、静かに礼をして部屋を出ていき、俺は親父の方を向く。
「それで、偽名をどうしようか」
「お、おう……切り替え速いな」
「俺が代表となる商会に必要な事だ、仕方ないことだと割りきっているだけに過ぎない。……無論、ブリストには別人と教えろよ?さもなくば、ゼパルに頼んで一日休みなしの政務漬けにする」
「わ、分かった……なんつー凄みだ」
親父に怒気と威圧的な声音で脅すと、俺は偽名について考える。
うーん、どんな名前にしようか……。複雑な名前なら簡単に判別出来て楽なのだが、独自の情報網を持つ商人たちに調べられると厄介だ。それなら簡単な方が良いな……。
「よし、ツクモ。お前は『アルシャート』と名乗れ。ウィルダゴルツァル族の古い言葉で『玩具』と言う意味をもつ」
「偽名らしすぎ無いか?もう少し簡単、かつ平民が使っていてもおかしくない言葉の方が良いと思う」
「それなら……『エリス』何て言うのはどうだ?平民がよく使う名前だし、女性が使うからツクモに繋がる事はない」
「確かにそうだが、それだと万が一表に顔を出さなければならないときに大きな違いが出る」
「確かに……そうだ!『アリエス』はどうだ?『アルシャート』と『エリス』を混ぜた名前だし、何でも『心に覚悟を示す名前』と言われていて平民がよくつける名前だ」
「成る程、それで採用だ」
「それじゃ、裏工作もとい手回しは我がしといてやろう!」
「分かったぜ」
親父と握手を交わした後、俺は部屋を退出してゼパルを探す。
俺をおちょくった親父はちゃんとお仕置きされないとな……?




