「普通の」女子高生
死神もとい遠藤ひな子と別れて教室に戻った僕は、数学の授業中に睡魔と格闘しながらふと重大なミスに気付いてしまった。彼女のクラスを聞き忘れていたのだ。僕にはこういう大事なときに詰めが甘いというか抜けたところが結構あるのだが、このときもそれがいかんなく発揮された。入部の約束を取り付けたところでこれでは連絡の取りようがない。とりあえず明日の朝にでも一年生の教室をのぞいてみることにしよう。本当は今日探してもよかったのだが、放課後に上級生が下級生の教室でうろうろしているというのもなんだか物騒な感じがして嫌だった。
ただ、今になって僕の頭の中では色々な疑問もわいてきていた。死神を部に勧誘して本当に大丈夫なのか。そもそもなぜ死神がこんな普通の高校で生徒をしているのか。後から冷静に考えてみればみるほど自分の軽率な行動が果たして正しかったのか分からなくなってきた。
(まあなるようになるさ)
あれこれ考えたところで仕方がない。とりあえず廃部は阻止できたのだから良しとしよう。自分の中で折り合いをつけたところで周囲の生徒が居眠りしているのを確認してから僕も睡眠態勢に入った。
チャイムが放課を告げると僕はカバンに教科書を詰め始めた。この日は特に部室に顔を出す用事もなかった。帰宅したら何をしようかなと思案しているとクラスメイトの呼ぶ声が聞こえた。
「蒲生、お客さん」
教室の扉の方を見るとかわいい女子生徒がにっこり笑ってぺこりとおじぎをした。遠藤だった。どんな手を使ったのかは分からないが僕の教室を突き止めたのだろう。それにしても向こうから、しかもこんなにもすぐにやって来たため僕はやや面食らってしまった。そして唐突に美少女の下級生が僕なんかを名指しで呼んだことで好奇の視線が僕たちに注がれていた。いたたまれなくなった僕は、気まずさとかすかな優越感を覚えながら扉の所へ行き「ちょっとここだとアレだから」と遠藤を外へ連れ出した。気恥ずかしいのは確かだが、マンガなんかでありがちなこういうシチュエーションにあこがれていた節はあった。
「ここなら大丈夫かな」僕は旧校舎裏まで彼女を連れて来ると一息ついた。
「こんな人気のないところに連れてきてナニするつもりですか?」彼女はこちらがどきっとするような意味深な笑みを浮かべた。
「い、いや、何もしないから……」
「本当に?」遠藤はそう言うと唐突に僕の手を握ってきた。
「な、何すんだよ!?」僕は慌ててその手を振りほどいた。
「どうしたんですか、顔が真っ赤ですよ?」こいつおちょくってやがる。僕はうれしいような腹立たしいような複雑な気分になった。
「で、どうして俺の教室に来たの?」
「どうしてって――それはせんぱいの方から私に何とかっていう部に入部して欲しいって頼んできたくせに、連絡先も何も分からないから私の方から探しに来てあげたんじゃないですか」
「う、うん。それは悪かったけど――ひとついい?」
「なんですか?」
「その――話し方なんだけど――遠藤さんは俺に敬語使ってるけど、それでいいの?」
「何かおかしいですか?」
「ほら、俺はただの人間で、遠藤さんは死神なわけだから……」そもそも何がおかしいって人間と死神が普通にこうやって会話しているのがおかしいのだが、面倒なのでいちいち指摘しなかった。
「昨日も言いましたけど、私は普通の女子高生です。死神がどうとか言われても知りませんから。普通の先輩後輩の関係でいいです。あと『さん』付けもやめてください、よそよそしいので」
どうやらあくまで女子高生キャラを押し通すつもりらしい。なぜ彼女は頑ななまでに死神であることを否定するのか。その存在を秘匿することは当然なのだろうが、鎌を目撃してしまった僕に対してここまで隠すのも不自然だった。それに彼女がこうして学校生活を送っている理由もいまだ分かっていない。色々と疑問をぶつけたい欲求に駆られたが、おそらく答えてくれはしないのだろう。
「そっちがそれでいいなら――」
「それでせんぱい、早く案内してください」
「案内?」
「何とかって部ですよ」
「ああ、うん――分かった、部室に案内するよ。あと何とかって部じゃなくて『オカ研』ね。俺は構わないけど、もうひとりの部員は意識高いからそんなこと言うとぶちギレちゃうよ」
「そもそも何してる部なんですか?」
「正式名称は『オカルト研究会』。昨日も少し話したけど、名前のとおりオカルト的な活動をしている――ってことに建前上はなってる。昔はもう少し部員がいてそれなりに活動らしいことをしてたんだけど、今は実質的に僕ともうひとりの部員の二人しかいないから開店休業状態になってる」そもそも僕が幽霊部員であることはひとまず伏せておいた。
「もうひとりの部員ていうのは女の子ですか?」
「そうだけど――何で分かったの?」
「なんとなくです。昨日のせんぱいの必死な態度からそうなのかなと――で、せんぱいはその子とシッポリやってるんですね?」
「いや、やってないから」
いまどき「シッポリ」なんて言葉を使う女子高生がいるんだろうか。そういえば遠藤って本当は何歳なんだろう。死神である彼女は人間と違って寿命なんてないのだろうから、きっと僕の何倍も年上なのだろう。
「なんか怪しいですね。けどまあ、とりあえずそういうことにしておきます。それじゃあ早速部室に行きましょう」
なんだ、昨日はあんなに文句を言っていたくせに案外乗り気じゃないか。僕たちは部室のある旧校舎の中へ入っていった。