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JKときどき死神  作者:
エピローグ
47/47

JKときどき死神

 僕は遠藤の所属する一年二組を訪ねたが、授業が終わってから時間も経っていたこともあってかその姿を見つけることはできなかった。

 さすがにもう帰ってしまったか。そんな考えが脳裏をかすめたが、足は校外へ向かなかった。言いようもない感覚がまだ彼女は学校に残っていると告げていた。

 僕は校内を片っ端から探し始めた。馬鹿みたいに無我夢中で駆けずり回っていると心の中でもうひとりの自分が、さも達観したかのようになぜこんな無駄なことをしているのかとせせら笑っていた。

 たいして思い入れのないクラブなど廃部になったところで僕に何の関係があるのか。轡のために僕がここまでする必要などあるのか。そして僕が、「遠藤ひなこ」という死神にとって一体どんな存在であれるというのか。

 神々と人は違う――彼女自身が言っていたじゃないか。僕が彼女にとって特別な存在であるというのか。それこそ思い上がりもはなはだしい。

 もうひとりの僕は、心の中で顔を出し始めた傲慢の芽を必死になって摘み取っていた。必死になってあらゆる行動を否定し、無気力を礼讃していた。でも僕はそいつの正体を知っていた。それは僕の臆病さだ。そいつを振り落とすかのように僕は一心不乱に廊下を駆け抜けた。

 校内をくまなく探し終えた僕は校舎の三階で途方に暮れていた。やはり遠藤は帰ってしまったのだろうか。もう諦めて自分も帰ろうか。弱気になりかけたそのとき、屋上へと続く階段がふと目にとまった。

 階段の先にある扉は安全上の配慮から常に施錠されているためあえて確認もしなかったのだが、このときなぜだか足が自然とそちらへ向かった。ほこりっぽい階段をあがると正面に錆だらけの扉が現れた。普段であれば南京錠がかけられている。しかし、この日はそれが外されていた。

 僕はその場で振り返り、誰にも見られていないことを確認すると静かに扉を開けた。

 無限に広がる夕焼け空が美しかった。学校の屋上に出るのなんて生まれて初めてだったが、こんなに開放感のあるものだとは知らなかった。感慨に浸っているのもつかの間、自分の使命を思い出した僕は遠藤の姿を探した。

 安全柵に身を預けながら遠くを眺めている少女を見つけるのに時間はかからなかった。紅蓮の空に溶かされてしまいそうなほど華奢で美しい烏羽色の髪をした少女。僕はしばらくその光景に見惚れていた。

「遠藤!」

 我に返った僕は、茜色に染まる彼女に向かって叫んだ。まるで映画か何かの主人公のように。

 遠藤は一瞬こちらを向いたが、すぐまた遠くの景色に視線を戻した。僕は彼女の方へ歩み寄るとその隣に立った。

「よくここが分かりましたね」遠藤が不愛想に言った。

「なんとなくここかもなって思ったんだ」まあその前に校内中を探し回ったんだけど。

「案外この指輪のおかげかもしれませんね――これはパイプのようにせんぱいと私をつないでいますから」そういって遠藤はポケットから指輪を取り出した。

「指輪が……」

「そういえば宇賀神せんぱいから聞きましたか? 誰がこの指輪をせんぱいに渡したのか」

「いや、聞いてない」

「どうやら遊馬らしいです。もっとも彼は拘束されていたので、着ぐるみに入っていたのは彼の仲間のようですが」

「でもなんでそんなことを?」

「それは分かりません。死神の中でも指折りの問題児ですからね、私たちを当て馬にして宇賀神せんぱいに一泡吹かせてやろうとでも考えたのかもしれません」

「そういえばさ、遊馬の処分って結局どうなったの?」

「宇賀神せんぱいの言っていたとおり謹慎処分で済んだみたいです。じきにまた騒ぎを起こすでしょう」

「そっか――」

「今度は怒らないんですね」

「腹は立つけど、俺にはどうしようもないことだから」

「少しは学習したようで何よりです。人は不可能があれば挑戦する生き物です。その性質ゆえにこれだけの発展を遂げたのは否定できませんが、それは同時に傲慢であるということでもあります。人には人の分限がある。それを超えようとすれば神々は容赦なく叩き潰すでしょう。大川先生のように。せんぱいはとても霊感が強い。自覚してないかもしれませんが、それだけでとても危ういのです」

「どういうこと?」

「人ならざるものをそれだけ寄せ付けてしまうからです。そしてそういう者の末路は大抵悲惨です。なぜなら人ならざる者との生活に慣れてしまえば、自然と人の分限を超えてしまいがちですから」

「……なあ、遠藤」

「はい」

「オカ研に戻ってきてくれないか?」

「どうして今の話の流れでそうなるんですか?」遠藤は呆れ果てていた。

「要するに死神と関わるなって言いたいんだろ? じゃあまったく問題ない。遠藤は普通の女子高生なんだから」

 遠藤は一瞬何か反論するようなそぶりを見せたが、結局口をつぐんでしまった。

「そもそも都合がよすぎるんだよ。『自分、女子高生ですから』とか言っときながら鎌を出したり俺の霊力吸い取ったりするしさ。挙句の果てにもう死神とは関わらない方がいいって、勝手すぎるんだよ。はっきり言って俺はお前のこと何も知らない。どうせ教えてもくれないんだろうし。でもひとつ言えることがある。お前はオカ研部員だ。ならきちんと部に顔を出せ」

「退部届を轡せんぱいに渡したはずですが」

「こいつはまだ正式に受理されてない。部長代理の俺が納得しないと退部は認められない」僕は轡から預かった退部届を学ランの内ポケットから取り出してヒラヒラとかざした。

「横暴です」

「横暴で結構。それにさ、霊感の強い人間が分限を超えやすいって言うなら遠藤がそばにいてそうならないよう見張っといてくれよ。あれだけ俺の霊力吸い取ったんだから、それくらいしてくれてもバチあたんないだろ」

「……」

「毎日のように吸われたらさすがに困るけど、もしまた必要なことがあれば提供するから」

「……」

「なあ、頼むよ。轡が待ってる。俺だって――まあ、なんというか寂しいし」

「……」

「……頼む! このとおりだ!!」僕はそう言って深々と頭を下げた。

「それはもう見飽きました。そういうのって何回もやると安っぽくなるからやめた方がいいですよ」

「でも、遠藤がうんって言ってくれないから」僕はコンクリートの床を見ながら言った。

「そもそもごり押しで何とかなるって考え方が愚かなんです。私をオカ研に勧誘したときにも思いましたけど、せんぱいってほんと無茶苦茶ですよね。話も全然論理的じゃないし」

「頭が悪くて悪かったな」

「そこまでは言ってないです――いえ、やっぱりバカですね。大バカです。自分から不幸になろうとしてるんですから」

「自分の幸せなんて自分で決めるよ。俺は遠藤がそばにいてくれた方が楽しい。正直、ここ最近ずっと退屈だったんだ。学校の授業なんてどうでもいいし、先輩たちがいなくなって部活もつまらなくなった。でも、まだ二ヶ月足らずだけど、遠藤と出会ってからそれが少し変わったんだ。たしかに面倒なことやシンドイことは増えた。でもそれ以上に楽しいことも増えたような気がする。だからこれを受理することはできない」

 僕は退部届の入った封筒を遠藤に差し出した。彼女はちらりと横目で見ただけで受け取ってはくれなかった。

「……それはせんぱいが持っていてください。ていうか好きに処分していいです」

「それはつまり――」

「退部届が正式に受理されないのであれば、不本意ながら私はまだオカ研部員だということです」

「ほんとに? ほんとにだな? 言っとくけど幽霊部員じゃダメだからな?」

「ちゃんと行きますよ、しつこいですね。でもその代わりまとな活動らしい活動をしてください。この間はたまたま委員長さんの一件がありましたけど」

「……それなら心配ない」

 背後から突然声がして僕たちは心臓が飛び出さんばかりに驚いた。振り向くとそこにはいつのまにか轡が立っていた。

「く、轡さんいつからそこにいたの?」

「……『俺だって――まあ、なんというか寂しいし』あたりから」

 だいぶ恥ずかしい台詞を聞いちゃってくれてるな。でも死神のことについては聞いてないようだから助かった。それにしても僕に対する視線が氷のように冷たいのが若干気になる。

「それで、心配ないっていうのはどういうことですか?」

「……委員長の件で……私たちが悩みを解決したって噂が広がった……依頼がたくさん来てる」轡はそう言って封筒の束を見せた。

 委員長が積極的にあの一件について話すとは考えにくかったから、おそらく宇賀神が言いふらしているのだろう。

「これならしばらく退屈しないですみそうだな。よし、じゃあ部室に戻って読んでみよう」

「……手紙……部室にはもっとあるけど……全部読むの?」

「うーん、今日はやめとこう。代わりに打ち上げしようぜ。何となくめでたいからさ」

「……うん……とっておきのお菓子がある」

 僕たちが元気よく歩き出したのに対し、遠藤は戸惑った表情を浮かべながらその場で立ち尽くしていた。

「どうしたんだよ。三人そろわないとオカ研じゃないんだぞ」

「……はい!」

 夕焼け空を背にした遠藤の笑顔を見て、なぜだか僕は胸を締め付けられる思いがした。

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