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JKときどき死神  作者:
エピローグ
46/47

取り戻された日常

 翌日から嘘のように授業中に居眠りする生徒が激減した。校長の溜飲も下がって教師たちも胸をなでおろした。竜髯高校は数ヶ月ぶりに平穏を取り戻した。こういった大きな変化の影に小さな変化もいくつか見られた。

 ひとつはあの日を境に大川先生が欠勤してしまい、やがて退職してしまったということだ。宇賀神によって子供に触れられない身体にされてしまったのだから、もう保健教師を続けることはできないと考えたのだろうか。あるいは自身の子供に関するショックから立ち直れなかったのかもしれない。先生は退職する際も学校に姿を現すことはなく、僕たち生徒に向けた手紙を校長が全校集会のときに代読した。結局、僕が先生を見たのはあの日が最後だったことになる。本当にどうでも良い余談をひとつ付け加えるなら、先生が辞めてしまったことでチープがとても落ち込んだということだ。僕は慰めるのも面倒だったのでそのまま放っておいたが、チープにもそろそろ春が来てほしいものだと他人事ながら願ってやまなかった。

 もうひとつは僕と宇賀神の距離感だった。彼女も死神だと知ってしまった僕は以前よりもよそよそしい態度をとるようになった。それは遠藤の忠告があったからというよりは、あの日彼女の本性をかいま見たような気がしたからだった。同じ死神とはいえ遠藤とは違ったタイプだというのが僕の出した結論だった。しかし向こうはそんなことお構いなしで、むしろ以前より僕に絡んでくるようになった。というより僕の方が避けているのを分かったうえでそうしている節さえあった。

 それにしても大川先生が死神の力を失い生徒の寿命が採取されることもなくなったのだから宇賀神がこの学校に居座り続ける理由はもうないはずなのだが、それでもこの学校に残っているのはどうやら相変わらず健を狙っているからのようだった。ちなみに彼女に死神が人間を好きになることはよくあるのかと質問したところ「神々はいにしえよりフリーラブ・フリーセックス」なんだそうだ。

 そして、忘れてはならない小さな変化がもうひとつあった。


「なあ大吉、最近遠藤さん見ないな」

 放課後に帰宅する準備をしていると健がやってきて尋ねた。

「そりゃそんな頻繁に上級生の教室に来ないだろ」僕はしらばっくれた。

「ていうか部活に行ってるか? 最近すぐ下校してるだろ」

「それは……まあ、色々あって……」

 大川先生の一件があって以来、僕は部室に顔を出していなかった。その理由は本当に思うところが色々あったからなのだが、遠藤と顔を合わせるのが少し気まずかったというのと、あんなことがあったというのにそのままオカ研としての活動を続けていくのに疑問を感じたのが大きかった。そのため結局あの日鮮血のように紅くなった猩々が六年前に僕が見た鎌と酷似していた理由については聞けずじまいであった。

「お、もしかして遠藤さんとケンカでもしたのか?」にやにや笑いを浮かべながら近づいてきた堂島が空いていた僕の隣の席に座った。

「ち、ちがっ――」

 僕がすかさず否定しようとすると、もうひとつの影がふわりと甘い香りとともにそばを通りかかった。

「大吉君、遠藤さんとケンカしたの?」委員長だった。

「し、してないよ。堂島が勝手に言ってるだけで」僕は少しどぎまぎしながら反論した。

「でも委員長、こいつまた幽霊部員に成り下がろうとしてるんだぜ」

「それならオカ研やめて手芸部に入る? うちも部員少ないからいつでも歓迎してるよ」

「やめとくよ。俺、手芸とか全然できないし」

「それは残念。でも、その気があるなら私がいくらでも教えてあげるんだけどな」委員長はいたずらっぽく笑った。

「気持ちはうれしいけど、オカ研をやめるつもりはないから」

「それなら今度また部室に連れて行ってよ。遠藤さんには改めてお礼を言いたいから」

「お礼? 何かあったの?」健が尋ねた。

「ちょっとね」委員長はそう言ってはぐらかすと意味深な視線を僕に投げかけた。僕はどう反応して良いか分からず目をそらした。

「お~い、委員長! そろそろ行こうよー」宇賀神が廊下からこちらに顔を出して委員長を呼んだ。

「うん、分かった! ごめんね、菜々ちゃんが呼んでるから。私行くね」委員長はそう言って小さく手を振った。

 反射的に手を振り返していると、なんだか邪な視線を浴びせられているのに気付いた。

「……なんだよ」僕は健と堂島に言った。

「いや、なんかいつの間にか委員長と随分仲良くなってるなーと」

「べ、別に前と変わらないだろ」

「でも前から『大吉君』なんて下の名前で呼んでたか?」

「それは……」

 たしかに二人の言わんとするところは僕自身薄々感じ取ってはいた。遠藤のおかげで委員長もすっかり模範生としての威厳を取り戻し、授業中に居眠りすることなど一切なくなった。それは本当に心から祝福したいのだが、なんだか彼女の僕に対する態度に若干の変化が見られたのだ。不安に駆られてあのとき部室で起きたことの記憶が彼女に残っていたりしないのか宇賀神に確認してみたところ「多分大丈夫だと思うんだけどなー」という頼りにならない回答しか得られなかった。もし仮に記憶が残っているのだとすれば、宇賀神に騙されてキスしたことも覚えていることになり非常にまずいのだが、真偽をたしかめるすべはなかった。たださいわいなことに委員長の僕に対する態度は悪い方向には変化していなかったので、ひとまずは宇賀神の言葉を信じてみようと思う。

「おいおい、今度は委員長かよ。いつからそんなにモテるようになったんだ?」堂島は納得できないといった顔をしていた。

「違う、そんなんじゃないって」

「まあ、委員長の話は少し置いといてだな。なあ大吉、これは真面目な話なんだけどさ、とにかく今は一日でも早く遠藤さんと仲直りすべきだと思う。お前らの間に何があったかは知らないし、どっちが悪いのかも分からないけど、この機会を逃したらずっと後悔することになるぞ」健は真剣な面持ちだった。

「そうそう。結局あの子が一番かわいいからな。メンクイの大吉はあれこれ余計なことを考えず、欲望のままにかわいい子を狙っていけばいいんだよ」

 健は本気で僕のことを心配してくれているのだろうし、堂島だってきっと同じだろう。それゆえ僕は彼らに隠し事をしなければならないこと、誠実になれないことが歯がゆかった。

「蒲生君、お客さん来てるよ」突然、同級生が僕の名を呼んだ。

「え?」

 僕は驚いて扉の方を見た。心躍らせながら我知らずあの烏羽色の髪をした少女を探した。だが、そこに立っていたのは轡だった。

「なんだ轡さんか」堂島がつぶやいた。「なんだ」とは随分失礼だが、僕の心の声を代弁してなくもなかった。

「なんか――久しぶりだな」轡のところ行ったもののどう声をかけたら良いのか分からなかった僕はこんなあいさつしかできなかった。

「……ここだとちょっと恥ずかしいから」轡は周囲の目を気にしてもじもじしていた。

「部室?」

「……うん」

「うーん、部室はちょっと……」遠藤と顔を合わせることになりそうであまり気乗りしなかった。

「……お願い」

「……分かったよ」どうも轡のお願いには勝てない。


 二週間ぶりの部室は妙に懐かしいものがあった。幽霊部員だった頃はひと月顔を出さないこともざらだったのだが、そのときは何も感じなかったのだから不思議だ。遠藤は来ておらず僕の心配は杞憂に終わった。僕はいつもの席に座った。そしていつもどおり轡が飲み物とお茶うけをどこからか持ってきた。やがていつもどおり僕の斜向いに座った彼女は、そわそわと何か言いたそうなそぶりを見せていたがなかなか切り出せないでいるようだった。僕はジュースを飲みながら彼女の話が始まるのを待っていたのだが、このままだとグラスが空になる方が早そうだ。

「あの――俺を呼び出した用件は?」とうとう僕の方が根負けした。

「……蒲生君……遠藤さんと何かあった?」

 尻込みしてたわりにいきなり直球で来たな。内心覚悟していた質問とはいえ、いざ聞かれるとなんと答えて良いものか分からない。遠藤と宇賀神が死神だということ、大川先生が死神の力を借りて髯高生の寿命を採取していたこと、何ひとつ言えやしない。ただ遠藤との距離感が微妙なものになった、話せるのはこの結果くらいだ。

「いや、別に……」

「……嘘……なら何で部室に来ないの?」

「……」

「……これ」轡は「退部届」と書かれた封筒を僕に差し出した。

「轡さん辞めちゃうの?」

「……違います」轡は頬を膨らませた。

「じゃあ――遠藤が?」

 轡は無言で頷いた。

「……突然部活が休みになった次の日から……蒲生君も遠藤さんも部室に来なくなった……授業中の居眠りがなくなったのもその頃……何か関係あるの?」

 非常に鋭い質問だ。轡はこういう勘の良さがある。

「そんなの、ただの偶然だよ」僕はぶっきらぼうに答えた。

 轡は僕を真剣なまなざしでじっと見つめた。僕はそれに耐えられず視線をそらした。やがて彼女は小さくため息をついた。

「……話したくないなら無理に話さなくてもいい……でも……またひとりになるのは嫌」

「……最初から向いてなかったんだよ。俺みたいな無責任なやつに部長代理なんて務まらないし、そもそも他のやつらみたいに毎日真面目に部活するなんて性に合わない。轡さんには悪いけど俺、もう――」

「……それ以上言わないで」

「でも……」

「……私知ってる……蒲生君はほんとダメな人……面倒くさがりで……忍耐力がなくて……他力本願で……エッチで……ダメダメダメな人……」

「そうだよ――よく分かってるじゃないか。だからもうこんなのたくさんだよ! 俺みたいなのにはだらだらした生活がぴったりなんだ」

「……でも……すごくあったかい人……他人の気持ちを考えることのできる人……蒲生君がいたから……私はこの部にずっと残ってこれた……蒲生君が戻ってくると信じてたから……ずっとひとりで待っていられた」

「買い被りすぎだよ」

「……私だけじゃない……遠藤さんがこの部に入ってくれたのも……きっと勧誘したのが蒲生君だったから……他の人だったら……多分彼女は入部しなかった」

「そんなの何を根拠に――」

「……女の勘」

 女子力の欠片もないやつがよく言うよ。でも轡の言葉は少し僕の考え方に変化を与えた。遠藤がオカ研に入部したのはなぜか――そんなことあまり真剣に考えたことはなかったが、せいぜい気まぐれか、僕に霊感があるからかくらいにしか考えていなかった。でも大川先生の件があったあの日、別れ際に彼女は何を言ったか。僕だから協力したと言わなかったか。だとすれば僕はどのような形でその思いに応えるべきなのだろうか。

「……この際はっきり言っとくけど、俺、オカルトなんかに1ミリも興味ないからな」

「……知ってる」

「だけど、まあ、なんというか、せっかく苦労して一度は廃部から救ったんだから、もう少しもたせたいな」

「……うん」

「毎日かどうかは分からないけど、部室に顔は出すよ」

「……でも……蒲生君だけじゃだめ」

「分かってる。たかだか二ヶ月で退部しようとしてる根性のない新入部員を指導しなくちゃな」

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