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JKときどき死神  作者:
第一章 死神、再び
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チープという男

 昼休みになるや急いで昼食を終えた僕は余った時間で職員室へと向かった。チープは机でひとり寂しくコンビニ弁当を食べていた。

「先生、お昼中すみません」

「おお、蒲生。どうした?」

「昨日の放課後の話なんですが、兼部の人は部員の数に含めないんですか?」

「え、そうなのか?」

 堂島の予想どおりチープは知らないようだった。チープは近くの席で同じように食事をしていた年配の教師のところへ確認しに行くとやがてこちらに戻ってきた。

「ごめんごめん、蒲生の言うとおりだった。兼部は含めないらしい」

「そうですか――そうなるとかなりハードルがあがりますね」

「そうだなあ。数人でいいから新入生が入ってくれるといいんだけどなあ」チープはどこか他人事のように言った。こういうところがチープのチープたるゆえんだと思う。

「このあいだの部活紹介の後でも誰ひとり見学に来ませんでしたけど……」

「ひとりも? そりゃまずいな。そういやあのとき俺すごく感心したんだ、演台に立つ蒲生を見て。あ、こいつこんなに堂々と人前で話せるんだって」

「いえ、そんな。すごく緊張してて自分でも何言ったのか覚えてません。本当は部長にやってほしかったです」

 部長代理としてやむを得ず体育館の演台上で部活内容を説明したが、人前で話すのは得意でなかったため数百人の新入生を前に僕はガチガチに緊張してしまい、そのときの記憶がほとんどなかった。願わくばもう二度とあんなことしたくない。

「舟木かあ。あいつが休学してなけりゃオカ研もこんな事態になってなかったのにな。まあないものねだりをしてもしかたないんだが。しかし新入生も入ってくれないとなると、いよいよ潮時かもしれないな。実際立ち上げたはいいけど、すぐに廃部になるクラブは少なくないって聞くし」

 たしかにこのオカ研のように設立時のメンバーが卒業すると後が続かず廃部に追い込まれる有象無象の弱小クラブは無数にあった。生徒の自主性を重んじるという理由でクラブの新設が簡単な反面、廃部もあっという間なのだ。

「でもやっぱり思い入れもありますし、どうにかして残したいです。特に轡さんはそれを強く望んでいます。僕だって、まあ――」

「いや、俺だって廃部になってほしいだなんて思ってないよ。何てったって俺の教師人生で初の顧問をつとめたのがこのオカ研だから、ほかの先生より思い入れはある。でも現実は常に厳しい。学生のうちからこの厳しさを知っておくと、きっと将来役に立つぞ」チープの面目躍如だった。

「でも特に他に入りたい部とかもないですし」

「英語スピーチ部なんてどうだ? あれだけ堂々と話せるんだから。おまけに英語の勉強にもなるし。一石二鳥だぞ」

「いえ、そういうのはあまり……」純粋にそれ自体に面白さを見出さず何かの役に立つからやるという考え方は好きになれなかった。

「そうか残念だな――まあ何かいい部がないか俺も探しとくからさ、ちょっと真剣に廃部のことも考えておいてほしいんだ」

「……はい」

「安井先生、熱心ですね――お昼休みにも個別指導ですか?」

 僕たちの話している横を男心をくすぐるような優しい言葉と甘い香りが通り抜けた。養護教諭の大川先生だった。

「い、いえ。部活動の相談に乗ってまして」チープは明らかに緊張していた。

「あら、お優しいんですね」

「仮にも顧問ですから。親身になってやらないといけないと思っています」

「あんまり頑張りすぎて倒れないでくださいね。保健室は生徒のためにあるんですから」

「は、はい!」

 大川先生はにっこり笑ってそのまま職員室の隅にあるテーブルのところへ向かった。そこでは他の女性教師たちが固まって食事をしていた。普段保健室にいる大川先生も昼食はここでとっているのだろう。

「……大川先生っていいよな?」モデルのような後姿を見届けた後チープが小声で話しかけてきた。

「まあたしかにきれいですよね」僕は適当に相槌を打った。

 とはいえ大川先生が美人だという点にまったく異論はなかった。年齢は三十代前半といったところで白衣の似合うすらりとした長身の美人だった。決して派手というわけではないのだが、白衣の下から見える私服やさりげない仕草が妙に色っぽく、どこからともなくすごく良い香りがした。普段は気さくで話しやすい人なのだが、時折見せるどこか陰のある寂しい笑顔がどうにも気になって仕方ないのだ。校内でもダントツに人気があって先生目当てで仮病を使う男子生徒すらいた。チープは以前から先生にゾッコンで、ことあるごとに「大川先生っていいよなあ」と鬱陶しかった。というのも先生は既婚者ではあるものの夫を早くに亡くしていて、チャンスはチープなんかにも一応は与えられていたからだ。

「あれだけの美人は滅多にいないよ。教師なんかやってるとほんとに出会いがないんだぞ、分かるか? 職場内はイモかババアばかりで校外との関わりはほとんどないし、生徒に手を出したら逮捕だからな。そもそも残業が多すぎて恋愛なんてしてる暇がない。大川先生だけが俺の癒しなんだよ」

 珍しく熱弁をふるうチープから教師という職業の大変さがなんとなく伝わった。少なくとも僕みたいないい加減な人間には絶対につとまらない。

「デートに誘ったりとかしないんですか?」

「うーん、ちょっと色々あって誘いにくいんだよ。子供のこととかもあるし」

「えっ!? 大川先生って子供いるんですか?」

「しぃっ!! 声がでかい。あれ? 知らなかったのか? 言っちゃまずかったかなあ」チープはしまったなあという表情で頭をかいた。

「もう聞いちゃいましたよ……」個人情報もへったくれもないな。

「絶対他の人に言うなよ。あと、できればさっさと忘れてくれ。とにかく子供がいるとこっちも色々考えちゃうんだよ」

「はあ」それは分からないでもない。

「まあ、クラブの件はさっきも言ったとおり廃部になった場合のことも考えといてくれ。あとそろそろ昼飯食わせてくれないか? 午後の授業が始まっちまうよ」チープは食べかけの弁当を指さした。

「あ、すみません。失礼しました」

「あとさっきの話は絶対に内緒な?」

「分かりました」僕は適当に返事をして職員室を後にした。

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