少年と死神
「今ほどじゃないけど、当時からある程度霊感があったんだ。もうその頃には人間とそれ以外の存在の区別がだいぶつくようになっていて、自分の見えているものが必ずしも他の人にも見えているとは限らないというのも理解し始めてた。でも黒い服の女の人については、正直よく分からなかった。幽霊ではなさそうだったけど、雰囲気が人間とも違っていたから。病院のベッドでもやもやしながら翌日には退院して、その後ルイのお通夜に参列した。とにかくルイの両親がとても辛そうだったのを今でも覚えてる。生まれて初めてのお通夜だったから何をどうすればいいのかよく分からなかったんだけど、とにかくまわりの大人の真似をしてお焼香を済ませて、お通夜が終わって帰ろうとしてたら、参列者の中にまたあの女の人がいるのを見つけたんだ。やっぱり全身黒づくめだったんだけどそのときは喪服を着ていた。自然と身体が動いて女の人のところへ行こうとしたんだけど、すぐ人波の中に消えちゃったんだ。しばらく探したんだけど結局見つからなかった。それ以来その女の人を一度も見てない」
「つまりその女が死神だと?」
「そう。前置きがだいぶ長くなっちゃったけど」
「でも、なぜその女が死神だと断言できるの? 別に向こうから名乗ったわけでもないんでしょ?」
「ジイちゃんに聞いたんだ。これは他の人には話してないんだけど、実は、うちは陰陽師の家系で、俺のジイちゃんも細々と陰陽師の仕事をやってるんだ。それで、当然霊感も強いから、ジイちゃんなら分かるかもしれないと思って。そしたら、それは多分死神だから忘れなさいって当時言われた。人間が関わったり詮索すべきじゃないって」
「おじいさんが陰陽師――初耳ね。あれ、じゃあせんぱいも陰陽師ってこと?」
「いや、違う。陰陽師はジイちゃんの代でおしまい。」
「せんぱいのお父さんは家業を継がないの?」
「まったく継ぐ気がない。父親は普通の会社に勤めてて、いつも仕事のことしか頭にないから。それに霊感だってそんなに強くない。もっとも継ぐ気がないっていうのは俺も一緒だけど」
「どうして?」
「だって今どき陰陽師で生活なんてできないから。ジイちゃんだってそれ一本じゃ食べていけなくて兼業農家してたくらいだったし。もともとウチは鎌倉時代に京都から関東に移住した陰陽師の分家で、別に潰れたって誰も困らない。後はプライドとかメンツの問題で、今までだらだら続けてただけだよ」
「まあたしかに現代で陰陽師として生活するには、霊能力者としてテレビに出演するか有力なパトロンでもいるかしないと難しいでしょうね。でもせんぱいは霊感が強いからちょっともったいない気もするけど」
「それはジイちゃんも言ってる。でもこんなに霊感が強くなったのは事故のあった頃からで昔はそうでもなかったんだ」
「そうなの?」
「ジイちゃんは、臨死体験で霊感が強まったりすることがあるから、俺の場合もそうじゃないかって言ってたけど――実際のところはよく分からない」
「そう……」遠藤は真剣な表情で何か考え込むようなそぶりを見せた。
「話を戻すと、実はその後ジイちゃんの忠告を無視して事故のあった現場や葬儀場に行ったりしてたんだ。どうしてもあの女の人にもう一度会いたかったから。でも結局無駄に終わったんだけど」
「どうして会いたかったの?」
「子供ながらに疑問を持ったんだ。なんでルイだけが死んで俺は無事だったのかって。そしてその答えを死神なら知ってるんじゃないかって思ったから」
「今でもそう思ってるの?」
僕は遠藤をじっと見つめた。その瞳は相変わらず底の見えない暗闇だった。
「いや――仮に答えがあったとしても、多分それは俺が求めてる類のものじゃないような気がする。だから今は別に聞きたいとも思わない。ただ、当時はそんなに深く考えてなかったから。誰も――ルイはもちろん、その家族も悪くないのになんでこんなひどいことが起こるんだろうって、それを納得できるだけの理由を知りたかったんだと思う。まだそんなに人の悪意とか過失なんてものを知らなかったし、何より理不尽というのも理解してなかったから」
「そう……」
「でもその一件で、人間があっけなく死んでしまうっていうのは嫌というほど思い知らされた。今となってはあの事件の教訓はそこに尽きるような気がする。それにしても皮肉だよな、死神に会いたいと思っているうちは会えなくて、そうでもなくなった頃にこうやって普通に話してるんだから――」
ここで内心しまったと思った。また遠藤お得意の「自分、女子高生ですから」が炸裂する。しかし予想に反して彼女は何も言わなかった。ただ無言で僕に話を続けろと促しているように思われた。
「でも――たまになんだけど、今でも寝る前にベッドの中で考えることがあるんだ。あのとき本当は自分も死ぬはずだったんじゃないかって。ひょっとしたらあの死神が助けてくれたんじゃないかって。そんなこと、あると思う?」
「多分ない。本来死ぬはずの人間を死神が助けるなんてことありえないから」
「そうだよな。自分でもありえないと思ってはいるんだけど。でもそれなら何であのとき死神がいたんだろう?」
「人が死ぬ現場に死神がいるのは珍しいことじゃない。お通夜のときにもいたっていうのはよく分からないけど」
「その――遠藤さ、その死神に心当たりとかない?」
「残念ながら。私そんなに顔が広いわけじゃないの」遠藤の言葉は僕の耳にとても冷たく響いた。
「そっか、そうだよな。さっきも言ったけど、もう今さら会いたいとも思わないんだ――それじゃあ、俺の話はこれでおしまい。ごめん、長くなって」
「いいえ、色々聞けて興味深かったわ」
「日が落ちて寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか。じきに閉園だ」
「その前に、ちょっとごめんなさい」遠藤はそう言って席を立った。はじめは何かと思ったが、ああトイレかと気付いた。




