産川類
店内は少し混んでいたので僕たちは人の少ないテラス席に座った。店員にメニューを渡された僕らはアイスコーヒーを注文した。
話を切り出すタイミングを計るため僕は遠藤の様子をこっそりとうかがっていた。彼女は注文したアイスコーヒーにミルクもガムシロップも入れずに飲んでいた。僕は普段ならどちらも入れるのだが、なんだか子供っぽく思われるのが嫌だったので同じようにブラックで飲んだ。
「そろそろ話してくれる?」結局遠藤の方から催促する形になった。
「その――どこから話せばいいのかな――だいぶ昔の話だから結構記憶も曖昧になってるんだけど――あれは小学五年生の頃の話で、僕は近所の公立校に通っていて、当時よく遊んでたのが健と、あとルイってやつがいたんだ」
「健ってひょっとして在原せんぱい?」
「そう。健とは小中高と一緒なんだ。珍しいけど」
「堂島せんぱいは?」
「堂島とは高校に入ってから知り合った。一年の時同じクラスだったんだ」
「ああ、だから在原せんぱいは下の名前で呼んで、堂島せんぱいは名字で呼ぶんだ」
「……そういえばそうなのかもしれない――今まで考えたことなかったな」
「多分それ、堂島せんぱいは結構気にしてると思うけど……」
「え、そうかな? あんまり意識したことないけど」
「……まあいいわ。もうひとりのルイって人は外国人なの?」
「いや、日本人だよ、俺の知ってる限りでは。本名が産川類っていうんだ。『同類』とかの『類』って漢字で書く」
「そう――ごめんなさい、話の腰を折って。続けて」
「あれは十二月だったと思うんだけど、雪が降ったんだ。このあたりでは雪が降ること自体珍しいんだけど、その日はうっすら積もるくらい降ったんだ。あの日どういう理由だったか忘れたけど、健はいなかった。僕はルイと二人で下校してた。その日もルイんちで遊んで帰るつもりだったんだと思う。ルイんちはちょうど俺や健の帰り道の途中にあったから、よく寄ってたんだ。それにルイんちは金持ちでゲームとかマンガもいっぱいあったし、お母さんも優しくてジュースやお菓子をいっぱい出してくれたから。今思えばいやらしい話だけど」
「今だって轡せんぱいからマンガを借りてばかりなんだから、あんまり成長してないんじゃない?」
「……いや、それはほら、同じ部員のよしみとして借りてるだけだから――」動揺する僕を遠藤は軽蔑のこもったまなざしで見つめている。
「――この話はよそう。ええと、それで俺とルイは下校してたんだけど、帰り道の途中に交差点があるんだ。俺たちがそこで信号待ちをしていたら、いきなり車が突っ込んできた。それでルイが死んだ」
こうやって改めて言葉にしてしまうと本当にあっけない。実際はこんな単純な話ではないのに。そんな歯がゆさを覚えながら、結局はただ「死んだ」という単語しか口から出てこない自分が情けなかった。
「……せんぱいは無事だったの?」
「不思議な話なんだけどさ、隣にいた俺は吹き飛ばされはしたんだけど打撲や擦り傷程度で済んだんだ。念のために入院させられたけど、特に異常なしってことですぐに退院できた。でもルイはそうじゃなかった。病院に運ばれた時点でもうすでに意識がなかったらしいんだけど、その後数日して死んだんだ」
「車が突っ込んできたっていうのは雪でスリップしたから?」
「それもあると思う。ここらへんでスタッドレスタイヤにする人なんてほとんどいないから。ただ、どうもその運転手は酒を飲んでたらしいんだけど――正直ちょっと記憶が曖昧な部分がある。あんまり加害者のことは覚えてないんだ。別に恨んでるわけでもないし」
「そうなの?」
「小さかったからかもしれないけど、誰かを恨むってことをまだよく知らなかったんだと思う。それよりもルイがいなくなったっていうことの衝撃の方が強くて――でも今となっては黒い服を着た女の人の方が印象に残ってるんだけど」
「黒い服の女?」
「あの事故で俺が車に吹き飛ばされたとき、真っ先に駆け寄ってきた女の人がいたんだ。子供の俺でもすごくきれいだと分かった。事故のショックでちょっとパニックになってたけどそれは鮮明に覚えてる。髪が長くて黒いブーツを履いて黒いコートを着てた。面白いのは、何をするでもなくて僕のそばにしゃがみこんでじっとこっちを見てるんだ。まだ雪がぱらついてるのに傘もさしてない。でも代わりに手には鎌を持ってるんだ。そしてその鎌は普通の鎌じゃなくて血のように真っ赤だった。それが雪の中で不気味なくらい映えてるんだ。一瞬自分の血なんじゃないかって錯覚したけどそうじゃなかった。身体中ズキズキ痛むけど、血が流れてる感じはしなかったから。変な人だなって思いながら互いに黙って見つめあってると、すぐに他の大人が駆け付けてきて『大丈夫か?』とか『ケガはないか?』とか話しかけてきた。あおむけになって曇り空を見上げながら、車にはねられて大丈夫なわけないだろって内心思ってたんだ。でも案外大丈夫だったんだけどさ。それでふと気付いたらもう女の人はいなくなってた。意識が朦朧とする中その人をずっと探してたんだけどやっぱり見つからなくて、その後到着した救急車で俺は病院に運ばれたんだ」
僕は喉が渇いたのでストローをくわえた。なんだか思ってたよりも随分長い昔ばなしになってしまったと後悔していたが、遠藤は特に退屈した様子も見せていなかったので少し安心した。




