勧誘活動
翌日、僕はとりあえずこういったことを相談できる数少ない友人にあたってみることにした。
「なあ健、ちょっと相談があるんだけど」
一限目の授業が始まる前に僕は同じクラスの在原健に話しかけた。
「なんだよ改まって」カバンから教科書を出している最中であった健は僕の普段と違う態度に少し警戒しているようであった。
「いや、たいした話じゃないんだけどさ。健ってテニス部だろ。それって忙しい?」
「忙しいっていえば、忙しいな。今だって朝練してきたばかりだし。基本的に休みは日曜だけだから」
「そっか……」
「なんだよ、まどろっこしいな。結論から言えよ」
「いや、実はさ、俺オカ研に入ってるだろ。それが人数不足で廃部になりそうなんだよ。それで幽霊部員でいいから入ってくれないかなあと」
「別にいいよ、幽霊部員でよければ」
「え、いいの?」
健がこともなげに承諾してくれたため、かえってこちらが驚いてしまった。これで廃部を免れることができる。
「でも兼部の場合って正式な部員数にカウントしないんじゃなかったか?」
喜んでいるのもつかの間僕たちの会話に割り込む者がいた。堂島だった。健がまともな友人だとすれば、こいつは悪友の類だ。
「え、ほんとに? 聞いたことないけどな」
「一度確認してみ。確かダメだって以前誰かが言ってたんだよな。あ、委員長ちょうどいいところに」
たまたまそばを通りかかったうちのクラスの学級委員長を堂島が呼び止めた。委員長は堂島ごときに声をかけられても嫌な顔ひとつしない聖母のような慈愛と仏のような寛容さを兼ね備えていた。
「どうしたの?」
「委員長、俺の部が人数少なくて廃部になりそうなんだけど、兼部の人を部員数に含めないってほんと?」
「ええと、たしかダメだったと思う。兼部自体は禁止されてないんだけど、部活動に割ける予算に限りがあるから部の数が増えすぎないようにそういう規則があったはずだよ」
「ほれみろ」堂島が自慢げにこちらを見た。
しかしそうだとすれば、オカ研を廃部の危機から救う方法は他の部に所属している生徒を引き抜くか、四月に入学していまだにクラブに所属していない新入生を入部させるかのどちらかしかない。オカ研という魅力ゼロの部活の性質からいって前者は困難であった。しかし後者も茨の道であるのはこの一ヶ月で嫌というほど思い知らされている。まさに絶体絶命であった。
「蒲生君って何部だっけ?」
「……オカ研」面と向かってこの部の所属を明らかにするのはいまだに抵抗がある。
「へえ、オカ研なんだ。顧問の先生って誰だっけ? 兼部のこと言ってなかったの?」
「チープだけど――そんなこと一言も」
「チープかあ……。あいつなら知らないかもな」堂島はやれやれといった顔をした。
チープは教鞭をとってまだ日の浅い新米教師であったため、生徒の間でなめられている節がある。もっとも年齢が近い分話しやすいという長所があることは言い添えておこう。
「健、もしだめだったらテニス部やめてくれるか」
「いやいや何言ってんだよ。これを機会に大吉の方がオカ研じゃなくてもっと普通のクラブに入ったらいいだろ。そもそもなんでオカ研なんかに入ったんだ?」
「その理由は前に話しただろ。それに今さら他の部に移るのはちょっと……」
「ええと、誰だっけ――あの暗そうな子に気兼ねしてんの?」堂島が尋ねた。
「轡さん?」
「そうそう、クツワさん」
「それもあるといえば、ある」
轡さんを暗そうな子と言われて僕は少し不愉快な気分になった。いや、本当のことではあるんだけども。
「お前らの関係もよく分からないよな。仲いいの?」
「さあ、普通だと思うけど」
「ひょっとして轡さんのこと好きだったりするの?」委員長が食いついてきた。やはり女の子なので恋愛話には興味があるようだ。
「ないない。そんなわけないよ」
この言葉に偽りはなかった。僕はどちらかといえば年上が好きだったし、明るくて面白い女性の方が好みだった。そして何より美人で巨乳が大好きだった。もちろんいくら僕が夢と妄想で頭をいっぱいにした男子高校生だからといって、この条件をすべてクリアするような彼女ができるとはさすがに期待していなかったが、かといって轡はその理想とあまりにかけ離れていた。
「あ、そろそろ授業が始まる。とにかく、さっきの話はちゃんとチープに確認した方がいいと思うぞ」健が時計を見て言った。
「分かった聞いてみる。委員長、忙しいところありがとう」
「気にしないで。また何かあったら聞いてね」
やっぱ委員長は優しいなあと感心しながら、僕は自席について一限目の準備を始めた。