塞翁が馬
「せんぱい、具合はどうですか?」遠藤が心配そうに僕の顔を覗き込む。
結局あの後垂直落下をして、それで許してくれるかと思ったらそうではなく、園内の残り二つの絶叫マシンも乗るはめになった。さすがに僕の体力は限界を迎えた。少し休ませてほしいと懇願し、抜け殻のようにベンチの上であおむけになっていた。
「だいぶマシになってきた」僕は彼女を見上げながら、膝枕でもしてくれたら随分回復するんだろうけどなあ、などと邪なことを考えていた。
「ジュース買ってきましたけど、飲めそうですか?」
「もらうよ。ありがとう」僕は上半身を起こして紙コップに入ったジュースを受け取った。
「……もうこんな時間だし昼食にしたら?」
「せんぱいはどうするんですか?」
「もうちょっとここで安んでる――俺に遠慮しないで何か食べてきなよ」
「でも……」
「なら、俺も一緒に行くよ。それならいいだろ?」
「すみません、せんぱい。私がわがまま言ったせいで」
「いいよ、わがまま言ったって。変に遠慮されるよりそっちの方がずっといい。それに遊園地初めてだったんだろ? それならちゃんと満喫しなきゃ。俺はこのとおり回復したから」僕は強がって元気なそぶりを見せた。遠藤の楽しみに水を差すわけにはいけない。
「せんぱいって優しいとこありますよね」
「な、何言ってんだよ。別に普通だろ」
「そんなことないですよ」
「と、とにかく昼食にしよう」照れ臭くなった僕はベンチから立ち上がると逃げるように歩き出した。
「無理しないでください。ふらふらしてますよ」
「大丈夫大丈夫」
「仕方ないですね」そう言って遠藤が僕の手を握ってきた。
「な、ななな何すんだよ!?」
「こうなったのは私のせいですから、ちゃんと介護してあげます」遠藤は動揺する僕の心を見透かしたようにいたずらっぽく笑った。
何というか、彼女が死神であることをつい忘れてしまいそうになる。それくらいかわいいと思ってしまう自分がいた。まるで本当に普通の女の子とデートしている気分だ。結局僕は彼女のされるがままにべったりとくっついた状態で近くにあったレストランに入った。遅い昼食であったため特に待たされることもなく僕たちはテーブルに案内された。
「食べれそうですか?」遠藤がメニューを差し出した。
「うーん……」
正直食欲はまったくなかったが、何も注文しないと遠藤が気を使うだろうからそれは憚られた。
「じゃあ、ボンゴレロッソで。遠藤は決めた?」この手のレストランだとパスタ類はたいした量はないだろうと判断したのだ。それに麺類の方が食べやすい。
「私は料理長特製オムライスで」
料理を待っている間アトラクションの感想なんかを話し合っていたが、やはり遠藤は刺激の強いものを気に入ったらしかった。もしまた彼女とどこかに出かける機会があったとしたら遊園地以外の場所を選ぶとしよう。しばらくすると注文した料理が運ばれてきた。
「……なんか、量多くない?」
僕が注文したボンゴレロッソは予想どおり食べ盛りの高校生には物足りないくらいの量であったが、反対に遠藤のオムライスはかなりのボリュームであった。ウェイターが料理と一緒に取り皿も置いていったので、ひょっとするとこれって複数人で食べるやつじゃないのか。
「まあ、なんとかなるでしょう。おなかも空いてますし」
体調が万全だったら少しもらおうかと聞いたところだが、とてもそんな余裕はなかった。しかしそんな僕の心配は杞憂であることがすぐに分かった。その華奢な身体のどこに入ったんだろうかと不思議でならなかったが、遠藤はひとりでオムライスをぺろりと平らげてしまったからだ。僕もどうにか自分の分を完食し、無事に店を出ることができた。
「このあとどうします?」
「遠藤の好きなやつでいいよ。ただ絶叫マシンは悪いけど俺は見学してる」
「それはもう十分乗ったからいいですよ。じゃあ、次はメリーゴーラウンドにしましょう」
「それならまあ……」回る系はまだ若干不安だったが、メリーゴーラウンドくらいなら何とかなるだろう。
その後僕たちは安全なアトラクションをいくつか巡り、次第にそれらをごく普通に楽しめるほど僕の体調も回復していった。やがて日も傾いてきた。
「だいたい全部乗りましたね」
「いや、大事なのが残ってる」僕は夕焼け空にそびえる観覧車を指さした。
「ああ、よく映画とかドラマで爆破されてるやつですね」
「……不吉なこと言うなよ。基本的には安全な乗り物だから。あれでラストにしようか?」それにしてもこいつの知識は本当に偏っている。
「はーい」遠藤が無邪気に返事をした。




