阿鼻叫喚
お化け屋敷は呪われた廃校舎をモデルにしたもので、特に凝った感じもなく、ごくごくありきたりなものだった。もっとも途中で派手に血のりをつけた幽霊やゾンビなんかが飛び出してくると、やはり暗闇からそんなのが突然現れれば驚くもので、僕はときおり変な声を漏らしてしまうことがあった。
じゃあ遠藤はどうなんだろうと思って様子をうかがっていると、暗くてあまり表情は読めなかったがやはり少なからず驚いてはいるようであった。こういうときの鉄板で、さりげなく手を握った方が良いのだろうかなどと考えたりしたが、結局実行には移せなかった。ヘタレめ。
「ふ~、やっと終わりましたね」
ようやく出口に到着した僕たちは心なしかほっとしていた。久々の照明に目がまだ慣れない。
「案外びっくりするもんでしょ?」
「そうですね。偽物のお化けも悪くないですね」遠藤の満足げな様子に僕は安心した。
「なあ、ちょっとお腹空かないか? そこでクレープ売ってるし食べない?」
「いいですよ」
遊園地でデートしてクレープを食べるとかいかにもだなあと思ったが、まあ良いではないか。販売車のところへ行くとおばちゃんが元気な声で全部おいしいよとすすめてくれたが、覚えきれないくらいたくさんの味があるので人気なものを二つほど作ってもらった。
「それは何味?」
「イチゴクリームキャラメルチョコバナナ」遠藤は復活の呪文を唱えた。
「俺のはオリジナルキャラメルチョコバナナクリームイチゴなんだけど何が違うんだろ?」
「……オリジナルなんじゃないですか?」
近くにベンチがあったのでそこで食べることにした。のんびりクレープを堪能しながら周囲を眺めていると、朝に比べてだいぶ客足が増えてきているようで、いつの間にか園内はかなりの賑わいを見せていた。
「ねえ、せんぱい」クレープをほおばりながら遠藤が話しかけてきた。
「ん?」
「私、ジェットコースターに乗ってみたいです」
僕は目を閉じて天を仰いだ。恐れていた事態がついに現実となったのだ。
「かなり怖いと思うけど、大丈夫? たまに泣いちゃう子とかいるよ」悪あがきで脅かしてみた。
「せんぱい、私があんなので泣くと思います?」
「……分かった」そりゃそうだ。僕は観念して残りのクレープを胃の中に押し込んだ。こいつが逆流してこないことを祈りながら。
これは遠藤にとって初めての遊園地なのだから、ひととおり体験させてあげるのが僕の役目なのだろう。自分の気持ちを押し殺して彼女をジェットコースターに連れていくことにした。多少待ち時間があった方が心の準備ができて良いなと期待していたのだが、たいして並ぶことなくすんなりと案内されてしまった。あれよあれよという間にシートに座らされ、安全装置をおろされ、身動きが取れなくなった。
「せんぱい、わくわくしますね」隣に座る遠藤は無邪気に笑っている。
「そうだな……」僕はかろうじて引きつった笑顔を返すことに成功した。
やがて大きなアラームが鳴り響くとジェットコースタ―がゆっくりと動き出し、きしんだ音を立てながら急坂をのぼり始めた。僕は処刑を待つ死刑囚のように来るべき瞬間を待っていた。できることならば今すぐこの場から逃げ出したかった。やがてジェットコースターは頂上まで来ると停止した。これが一番怖い。
「せんぱい、見て見てすごく高いですよ」遠藤の声が聞こえたような気がしたが周りを見渡すような余裕なんてなかった。
「ああ、ぁぁぁあああああ――――――!!!」僕のあいづちは絶叫の中に溶けていった。
苦行が終わった。
「……どうだった?」ジェットコースターを下りて、僕はげんなりしながら尋ねた。
「すっごく面白かったです。全然怖くないじゃないですか」
「ま、まあ個人差があるから……」
「せんぱい、次はさっき見たやつに乗りたいです」
「さっきのとは?」嫌な予感がする。
「上から垂直に落ちるやつ」
「……ほんとに? あれに乗りたいの?」
「ええ。何か問題でも?」
怖いからやめようと喉のところまで出かかったが、愚かなプライドが邪魔をした。本当は楽しい一日になるはずだったのにな。




