恋とジェットコースター
ドラゴンパークまでは駅から徒歩五分ほどであった。すでに入場ゲートには列ができており、田舎の遊園地だと侮っていたが案外人気なのだなと感心した。もっとも客層は圧倒的に家族連れが多く、僕たちみたいな若い男女は少なかった。電車で一時間も移動すればもっと大きくて有名なテーマパークや遊園地があるのだから、金銭的に余裕があればそちらに行ってしまうだろう。
「じゃあ、何から乗りたい?」
「うーん、そもそも何があるのかもよく分からないんですけど」
「それもそうか」
初めて遊園地に来たのだから当然といえば当然だった。というより本当は僕がそれを見越してどこをどの順番でまわるかくらいは計画しておくべきだったのだろう。ここら辺は経験値のなさが露骨に出てくる。もっともドラゴンパークに来たのは本当に久しぶりだったからどんなアトラクションがあるのか実は僕もあまり把握していなかった。キョロキョロと周りを見回すと園内の地図が載った大きな看板があった。
「とりあえず、あれを見て決めよう」
絶叫系から観覧車、お化け屋敷、メリーゴーラウンドまでひととおり人気どころは抑えてあるようであった。そういえばこんなのあったなと懐かしい名前もあれば、初めて見るようなのもあった。
「へー、色々あるんですね」遠藤が妙に感心した様子で言った。
「地味だけど、案外ちゃんとした遊園地なんだぞ」
「すみません、少し侮っていました。それで、どれがオススメなんですか?」
「えーっと――」
遠藤には話していないことだが、実を言うと僕は絶叫系があまり得意ではない。まったく乗れないというわけではないのだが、決して自分から進んで乗ろうとは思わないし、仮に乗るとしても一回で十分であった。ただ、今回は遊園地初心者の遠藤を連れてきており、さすがに絶叫系をまったく体験させずに帰らせるのはどうかと思ったので、おりを見てそんなに強烈でないのを一回くらい乗るつもりではあった。
「――じゃあ、いかにも遊園地って感じのコーヒーカップにでも乗ろうか?」とにかく最初は安牌を切ることにした。
「分かりました」
コーヒーカップのあるところまでの道すがら色々なアトラクションの脇を通り過ぎたが遠藤はそれらを興味深そうに眺めていた。
「やっぱ珍しい?」
「そうですね。テレビなんかで見たことはあるんですけど、生で見るのは初めてですから――あ、せんぱい、ジェットコースターですよ」
遠藤が指さした方から髪の毛を逆立ちさせた人達の悲鳴が聞こえる。なぜみんなあんなのに乗りたいと思うのだろう。
「ああいうの乗ってみたい?」
「興味はあります。面白いんですか?」
「好きな人は好きだね。何回も繰り返し乗ったりする人もいるくらいだから」
「せんぱいはどうなんですか?」
「うーん、普通かな」少し見栄を張ってしまった。
「そうですか……」遠藤はバンザイをしながら猛スピードで消えていく人々を目で追いかけていた。
(あ、まずい、乗りたそうにしてる)戦々恐々としながら急いでコーヒーカップを見つけようと目を凝らしていると、ようやくお待ちかねのものが姿を現した。
「あ、遠藤、ほらほらコーヒーカップ!」
「わあ、やっぱり大きいですね」
カップはそれなりに年期が入っているもので、この遊園地の財政事情が慮ることができた。多少補修はされているだろうがおそらく僕が昔乗ったのと同じものだろう。
「せんぱい、早く乗りましょうよ」
「うん」
周囲を見渡すと親子連ればかりでなんだか気恥ずかしかったが、軽快な音楽とともにカップが回りだすと遠藤が妙にはしゃいでいたので、これはこれで良いのかなと思ったりもした。
「どうだった?」コーヒーカップから下りると僕は遠藤に尋ねた。
「案外楽しいですね。でも動きが単調なので、もっと激しくてもいいかもしれません」
「これはそういう乗り物だから――それじゃあ、次お化け屋敷でも行こうか」遠藤がさっきのジェットコースターに乗りたいと言い出すのを恐れて僕は間髪入れずに提案した。しかし彼女はなんとも言えない顔をした。
「あんまり行きたくない?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが――大吉せんぱいは霊感が強いのにわざわざお化け屋敷に行くんですか?」
「そりゃ普段から本物のお化けを見てるけど、それとこれとは別だから」
「わざわざ偽物を見に行くんですか?」遠藤は解せない様子だった。そういえば死神をお化け屋敷に連れて行くというのはたしかに妙な話ではある。
「そういう場所だからね。霊感のないお客さんだってお化け屋敷に本物を期待して行ってるわけじゃないから。むしろ出てきたら閉鎖されちゃうよ」
「たしかにそうですけど――じゃあ何で行くんですか?」
「うーん、それが分かったうえでドキドキするから行くんじゃない? いや、俺だってずっと行ってないから何とも言えないけど」
「……分かりました。勉強だと思って行ってみましょう」
遠藤はあまり乗り気ではないようであったが、結局お化け屋敷に行くことになったので移動していると彼女は目ざとく余計なものを再び発見した。
「せんぱい、あれなんですか?」
そう言って遠藤が指さしたのはタワーの形をしたアトラクションだった。いわゆる垂直落下型の絶叫系だ。ちょうど僕が最後にこの遊園地を訪れた頃に完成したものだが、あまりにも恐ろしかったのでついに一度も乗ることはなかった。それにしてもあんなの発明したやつは一体何を考えているのか。
「……あ、あれは座席があの塔の一番高いところまで上がっていって、そのあと自由落下するやつだ」
「面白いんですか?」
「好きな人は好きだね……ただ、ジェットコースターより人を選ぶと思う」
「せんぱいは?」
「……普通かな」
「わわっ! 本当に高いとこまで上るんですね」
遠藤はゆっくり頂上まで上がっていく人々をしげしげと眺めていた。やがて最高点まで達した後、悲鳴とともに彼らは自由落下していった。僕の目にその光景はさながら断頭台に映った。
「……そろそろ行こうか」見ているだけで胃が痛くなる。
遠藤は特に何も言わなかったが明らかに強い興味を示していた。ジェットコースターくらいならまだ我慢できるが、あれはちょっと無理だな。僕は彼女からもし乗ってみたいとせがまれたとき、どうやって言い逃れするかを考え始めていた。




