お誘い
「なんか微妙な空気になったな……」僕はどかりと椅子に座るとつい本音が漏れた。僕たちはいったん部室に戻っていた。
「……うん」轡も同様に疲れた表情を浮かべていた。
「あの、私何かまずいこと言いましたか?」遠藤が少し困惑した様子で尋ねた。
「遠藤はこの学校に来て間もないから知らないかもしれないけど、大川先生って何年か前に旦那さんを亡くしてるんだ。もちろん直接本人から聞いたわけじゃなくて噂で聞いただけだけど。多分二、三年生はほとんど知ってる。それでさっき幽霊がいたらいいなって話になったとき、ちょっとまずいなって思ったんだ」
「そうだったんですか――お子さんはいるんですか?」
「……小さい子がいる……はず」
「あれ、轡さん知ってたの?」律儀にチープとの約束を守って沈黙を貫いていたのに。なんだか損した気分だ。
「……意外と情報通」
「つまりシングルマザーってことですか?」
「……そういうことになる」
「随分きれいな方ですから、再婚されてもおかしくないような気がしますが」
「……まだ前の旦那さんのことが……忘れられないのかもしれない」
轡のくせに随分とロマンチックなことを言うとは口に出せなかったが、たしかに死別の場合はそういうこともあり得るのかもしれない。それにもし仮に再婚の意思があったとしても、やはり子供がいるというのは色々と難しいのだろう。ただ、だからこそあの母性にあふれた包み込むような笑顔にドキッとなってしまうのだ。たとえそれが決して癒えることのない哀しみの影に縁どられていたとしても。
結局これ以上の収穫が見込めそうもなかったため僕たちは帰ることにした。自転車で通学している轡とは校門で別れて、電車通学の僕と遠藤は二人で駅まで一緒に歩いて帰った。
「なんか今日は慌ただしかったな――何で相談なんて聞くことになったんだろ?」僕は後悔し始めていた。
「いいじゃないですか。どうせやることなんてなかったんですから」
「そりゃ、あの部にはないけどさ。家に帰ればすることはいくらでもあるから」
「男子高校生が早く帰宅してすることなんてどうせマスターベーションくらいですよね? ティッシュと一緒に青春の貴重な時間を無駄にするんですか?」
遠藤が真顔でとんでもない下ネタをぶっこんできたため僕は言葉を失った。ある程度図星だったからというのもある。
「まあ、その、なんだ――とにかく、こんなの俺たちに解決できるわけないよ」僕は恥ずかしまぎれに言った。
「たしかにそうですね――本来人間が手を出すべき問題じゃありません」遠藤の口調が急に真剣なものになった。
「……どういう意味だよ」
「この一件にはおそらく死神が絡んでいます」
「え……?」
「せんぱい、少しお茶しませんか?」そう言って遠藤が指さしたのは駅前にあるハンバーガーチェーン店であった。




