不正疑惑
「それじゃあ、いってきま~す」
宇賀神が元気な声で手を振りながら出発した。もう片方の腕はすでに健の左腕を絡めとっている。宝山橋を渡る二人の後姿はまもなく夜の闇と海に溶けていった。
「今時の女の子は随分と積極的なんだねえ」轡父が感心して言った。
「みんながみんなああではないです」堂島が少し呆れた様子で訂正していた。
「それにしても堂島君、残念だったね」
「大丈夫です、こういうのは慣れてますから……」堂島は先端にバツ印の書かれたクジを哀愁に満ちた表情で見つめた。
「なんなら私と二人で行くかい?」
「遠慮しときます」
轡父と堂島が仲良く語らっている隣で、僕は「2」と書かれた自分のクジをいじくっていた。そして少し離れたところにいる轡の方を見た。はた目には分かりにくいが、すごくうれしそうな顔をしている。僕の視線に気づいた彼女は、少し恥ずかしそうな顔をしてかすかに微笑んだように見えた。
「ちょっといい?」僕は轡を他の人から声を聞かれないところに連れ出した。
「……外だと……見られちゃう」轡は羞恥と期待が入り混じったような顔をした。何考えてんだこいつ。
「いや、話があるだけだから。あのさ、さっきのくじに細工とかしてないよな?」
「……」轡は無言で目をそらした。
「健と宇賀神さんが一緒になる可能性はたしかにゼロじゃない。でも、ちょっと上手くいきすぎな気がするんだけど」
「……」轡は黙秘を貫いた。
「沈黙はYesとみなすけど、いいな?」僕は取調べをする刑事のように彼女の顔の前で懐中電灯をチカチカと明滅させながら尋問した。
「……!」轡は眩しそうに顔をしかめていたが頑なに返事を拒んだ。
「強情だな。早く吐いた方が楽になれるぞ」そう言って僕は執拗に光撃を繰り返した。なんだかこうしていると自分の中に眠っているサディスティックな感情が目覚めてくるような気がする。
「……ッ!!」彼女はやはり首を振って答えようとしなかったが、こっちはこっちでまんざらでもないようだった。
「おおい、何やってるんだ。こっちに来て休んだらどうだ?」
「あ、はい。今行きます」轡父の声で正気に戻った僕は慌てて返事をした。
「ていうか手伝えよ!」堂島が不満そうな声を上げた。
轡父はいつの間にか車からキャンプ用の折り畳み式の椅子やテーブルを運び出しており、食べ物や飲み物の用意までしていた。そして遠藤と堂島はその手伝いをしていた。
「運転してもらったうえにすみません」僕は駆け寄って謝った。
「いいよいいよ。趣味みたいなもんだから。ここから宝山神社に行って戻ってくるのに早くても二十分はかかる。ただ待ってるだけじゃつまらないだろ。はい、大吉君の分」
轡父は携帯用ガスバーナーで沸かしたお湯でドリップ式のコーヒーをいれてくれた。
「ありがとうございます」
ガソリンランタンの灯りに照らされて飲むコーヒーは普段より何倍も美味しく感じられた。
「今日は満月だから夜道は明るくていいけど、その分星が見えにくいから残念だね」轡父は夜空を見上げながら言った。
「天体観測なんかもするんですか?」
「いや、そこまで本格的なのはしないね。興味はあるんだけど、お金がかかるし軽い気持ちで踏み込めないよ。何より家内が許してくれない」
「……お母さん……お金には厳しい」
話を聞いていると轡父はオカルト以外にも色々趣味があるようなので、何かとお金を使うから奥さんも財布のひもが堅くなるのだろう。それでもなお趣味を継続していられるのは轡父が某有名自動車メーカーの社員で高給取りだからこそである。
こうして僕たちはしばらくのんびりと談笑をした。やがて橋の方からチラチラと明かりが見えるのに気付いた。
「あ、そろそろ戻って来たんじゃないですか」
「おっと、もうそんな時間か」轡父が海外製の腕時計を見ながらつぶやいた。
「わ~っ! なんかわたしたちのいない間にすごいことになってるね!!」まもなくこちらへ戻ってきた宇賀神が僕たちのささやかな宴会に驚いていた。
「ささ、君たちも休みなさい。で、どうだった?」
「すっごい怖かったです! でも、健君が頼もしくって、どうにか神社までたどり着けました。なんか二人の距離がぐんと近づいたような気がします!」そう言って宇賀神がくっつくと健は困ったように笑っていた。無邪気にはしゃいでいる彼女とは対照的に彼の方は明らかに疲れた様子であった。
「おい、大丈夫か?」僕は小さな声で健に尋ねた。
「まあ一応。でも色々と疲れたよ……」
「色々ってのは?」
「まあ色々とな……とにかく気をつけろよ、神社の階段とか足元全然見えないから」
色々ってなんだよ気になるな。
「分かった――でも、正直あんまり乗り気じゃない」
「なんで?」
「何というか――いい感じがしない」
「ああ、霊感的な話か。それに関しては特に何もなかったぞ。もっとも俺には霊感なんてないから気付かなかっただけかもしれないけど」
健も僕の霊感のことを知っている。身内以外でそれをからかったりしない数少ない存在だ。
「そうだな……」
「なんだよ、不安なら堂島に代わってもらえばいいじゃないか。一緒に行くのが轡さんでも、多分――きっと喜ぶだろ」
「いや、いい。無理してまで轡さんの相手してもらわなくても」
「……なんだかんだで大吉って轡さんのこと好きだろ」
「そんなことない」僕はぶっきらぼうに答えると橋の方へ向かった。
すでに轡は準備万端で僕を待っていた。




