宝山神社
車は市街地を抜けて幹線道路に合流した。土曜日の夜であったが道は案外空いていた。一般道を一時間半ほど走り僕たちは目的地に到着した。轡父は橋のたもとに設けられた観光客用のだだっ広い駐車場に車をとめた。他の車は見当たらず、夜中にこんなところに来るもの好きは僕たちくらいのようであった。
「お疲れさま。着いたよ」
轡父の掛け声を合図に僕たちは車を出ると皆伸びをしたり肩を回したりした。海からの湿った風が顔に張り付いてくる。この日は満月で比較的明るかったが、それでも辺りは街灯も人家もほとんどないため、少し離れただけで迷子になってしまいそうな怖さがあった。
「小さい頃に来たことあるけど、夜中だと全然雰囲気が違うな」健が暗い海の上にこんもりと浮かぶ塊を眺めながらつぶやいた。
「健君、わたし怖くて泣いちゃうかも~」宇賀神が甘えたような声を出して健の腕にしがみついた。
泣いてしまうというのは大げさだとしても、正直僕も恐怖を感じずにはいられなかったし、可能であるならすぐにでも帰りたい気分であった。霊感が強いせいか神社など神聖な場所に入ると頭痛やめまいに襲われることは珍しくなかったが、この日は神域に踏み入れる前から体調がすぐれなかった。嫌な予感がする。僕もだいぶ昔にここを訪れたことがあったが、そのときもこんな感じだったのだろうか。まったく記憶になかった。
宝山神社は姫島というごく小さな島の頂上にある。建立されたのは戦国時代だが、その後焼失し江戸時代に再建された。島へはかつて漁船で渡るしかなかったらしいのだが、三十年ほど前に宝山橋という不必要なほど立派な丹塗り風の橋が架けられたおかげで、今では徒歩五分ほどで行けるようになった。
もともとは自治体がこの一帯を観光地として再開発しようと計画していたのだが、財政難や市長の交代などで計画がとん挫したため、中途半端に周囲の景観にそぐわない橋だけが架けられてしまったらしい。もっとも姫島周辺には宝山神社以外にたいした観光資源はないのだから、この一帯を観光地化するという計画そのものに無理があったのではないかというのが地元住民の大多数の意見である。
では、宝山橋が架けられたことがまったくの無駄だったかといえば、そうとも言い切れない。姫島まで気軽に行けるようになったことで、学校の遠足地になったり釣りのポイントになったりと地元住民の憩いの場が増えたことは否定できなかったからだ。
加えて昨今ではいわゆるパワースポットとして隠れた人気を博しており、他県からの観光客も徐々に増加傾向にある。個人的には混雑している有名な観光地よりもこういった人の少ない穴場の方がゆっくりできて良いのではないかと思ったりする。そういった意味で、なんだか皮肉な話ではあるがこれはこれで観光地のひとつの成功例なのかもしれない。
「……みんな……集まって」人を集合させる気があるとは到底思えない小さな声で轡が僕たちを呼んだ。
「……それでは……これからイニシエーションを始めたいと思いますが……しおりは呼んでくれましたか?」
「一応は」
「読んだよ」
「読んでない」
「読んでなーい」
「読みました」
声の主は想像にお任せしたい。
轡はしおりを読んでない輩がいることにやや不服そうであった。参加者が増えたことで急きょ彼女はしおりを作り直し、改めて全員に配布していた。そこには今回のイニシエーションのルールが説明されているだけでなく、宝山神社や姫島の歴史までしっかりと網羅された力作だったのでなんだか気の毒であった。ちなみにさっき僕が偉そうに披露した知識はこのしおりの受売りである。
「……それでは一応ルールの説明をします……まずくじ引きで三組に分けます……それから一組目が神社のお賽銭箱のそばにこの人形を置いてきます」
そう言って轡は十五センチほどの人形を示した。
「ねえ、それなんの人形?」宇賀神が尋ねた。
「……バルタン星人」
「あ、ほんとだ。轡っちって特撮とかも好きなの?」
「……そんなに……バルタン星人は一家に一体くらいある」
「そっかー、そうかもねー」
いや、そんなことはないだろう。ていうか「轡っち」なんて呼ぶほど仲良かったっけこの二人は。
「……一組目が戻ってきたら……次に二組目はこの人形を置いてきます」
今度はダダの人形を示した。暗闇で見ると不気味だ。
「……二組目が戻ってきたら……最後に遠藤さんが前の二組の置いて来た人形を持って帰ってきます」
「あれ、遠藤さんはひとりなの?」堂島が尋ねた。
「……そう」
「それって結構ひどくない?」堂島にしては珍しくまともなことを言う。
「……イニシエーションは……試練が伴うもの」部外者はすっこんでろと言わんばかりに轡がにらみつけると堂島はもう何も言わなかった。
「補足するとね、島の石段を上ったところにある分岐を間違えなければ、まず迷ったりすることはないんだ。それに姫島は携帯電話もつながるから、いざというときは連絡を取ることもできる」轡父がフォローを入れた。
「でもさー、それならひとり余るんじゃない? 遠藤さんはひとりで行くんでしょ?」宇賀神が轡に尋ねた。
「……余った人は……ずっとお父さんと留守番」
土曜日の夜中にこんなところまで来てそれはちょっと嫌だな。僕たちは轡の用意したくじを順番に引いた。




