8.手紙
「あのねー、僕ね可愛いお部屋がいいの」
スワンはすっかりユウリに懐き甘えた声でねだる。
「そうですか、スワンは可愛いですから可愛いお部屋がぴったりですね」
ユウリはスワンを愛おしそうに眺めながら両手を前に出す。
「こんなお部屋はどうですか?」
ユウリが両手をふわっと広げ小さな声で何かを唱える。
すると、さっきまで打ちっぱなしの釘があちらこちらから出ていた粗末な一部屋があっという間に水色を基調とした愛らしい部屋になっていた。
「わあっ」
スワンはそう叫ぶと水玉模様の天蓋付きのベッドに飛び込んだ。
「うわー。ふかふかだよっ、ユウリ様ありがとう」
スワンはよっぽど気に入ったのかすぐにそのベッドですやすやと息をたてて寝てしまった。
「まあ、スワンったら……」
布団もかけないで寝てしまったスワンに近寄りゆっくりと布団をかけてやると。
ユウリはそっと部屋の扉をしめた。
「おやすみなさい」
と小さく呟いて。
「まあ、ハイドっ。勝手に女性の部屋に入るものではないですよ」
ユウリは寝ようと自分の部屋に入るとそこには堂々とベッドの上でくつろいでいるハイドが目に入ってきた。
「ここは俺の城だ」
ハイドは短く言う。疲れているのか珍しくうとうとしている。
「どこに行っていたのですか?そんなに疲れて……」
ユウリはそう言うとお湯を汲んできて柔らかなタオルに温かいお湯をふくませて絞る。
そして、ハイドに近づくと今まさに閉じられようとしている瞼を覗き込む。
するとハイドは目を細めながらユウリを見る。
ユウリはふんわりと微笑むと持ち上げられた瞼に手をあて閉じさせ温かいタオルをあててやる。
「……気持ちいい」
眠たそうにそう呟くとハイドは間もなく夢の中へと導かれていった。
「もう、質問には答えないし、人の部屋のベッドで寝るし……困った人ですね」
ユウリはぶつぶつと文句を小声で言ってみる。
しかし、いつもなら返ってくるハイドの悪態は返ってこない。
「本当に寝てしまったのですね」
ユウリはハイドの寝顔を覗き見る。
男のくせにその寝顔は無駄に美しくつい見とれてしまうほどである。
起きているとこの口からあんなに意地の悪い言葉が出てくるなんて信じられないほど。
寝顔は魔族でありながら天使のようである。
「可愛い……」
そう呟くとユウリもベッドの中にそっと入るとハイドの寝顔を見ながら眠った。
「ん……」
珍しくハイドがユウリよりも先に目を覚ます。
目を開けるとそこにはユウリの長い睫毛があった。
ハイドは目を見開くとすぐに愛おしそうな表情になりその顔の頬をそっと撫でてみる。
すると瞼が微かに動く。
ハイドはユウリの長い黒髪を指に絡ませる。
1本1本がサラサラとハイドの長い指からこぼれおちる。
ふと昨日のファーレンの言葉を思い出す。
『彼女には婚約者がいるんだ』
――ハイドはスッと無表情に戻るとユウリの髪を撫でていた手を止める。
ハイドはフッと鼻で笑ってみる。
こんなにも彼女に執着している自分が不思議だ……。
ハイドは心の中で呟くとフッと鼻で笑うと、ユウリを起こさないようにゆっくりとベッドを抜け出した。
「ふわあ……」
ユウリは上体を起こすと大きな欠伸をひとつする。
「あら?」
昨日、隣で寝ていたはずの吸血鬼がすでにいないことに気づくと素早くベッドからおりる。
小走りで城の螺旋階段をドレスの裾を手で持ちながら駆け降り大広間に入るとそこにはすでにハイドが紅茶のカップを優雅に持ちながら手紙のようなものを手にしていた。
「ハイド、今日は早いのですね」
ユウリは驚いたように目をまるくさせる。
「なんだ、悪いのか?」
「いえ、そういうことじゃないですけど…珍しいなぁと思って」
ユウリは少し困惑しながらハイドの向かい側に腰掛ける。
「昨日は疲れてて、いつもより早く寝たからな」
「それ、何ですか?」
ユウリはハイドが手にしている紙を指差す。
「パーティーの招待状だ…お前にも来ている」
ハイドはそう言うとテーブルからもう綺麗なピンク色をした封筒を放る。
ユウリは両手でそれを受け取る。
「まあ、こんなパーティー初めてですねっ。魔族と神格の親睦を深めるんですって」
ユウリは嬉しそうに目を輝かせる。
ハイドはユウリとは違い、あきらかにうんざりしたようにその手紙を見る。
「はあ……面倒だ」
「まあ、そんなことを言っていてはいけませんよっ。あなたは魔族の代表なのですから」
ユウリはやる気のないハイドに向かって説教をする。
「別になりたくてなったのではない」
ハイドがそう言って紅茶のカップをゆっくりとおく。
ユウリが何か言い返そうとした時、大広間の扉が申し訳なさげに僅かに開く。
そこから、黄色のブランケットを手に引きずりながらユウリが用意してやったパジャマを身につけたスワンが眠たげに涙目をこすりながら入ってきた。
「スワン、おはよう」
「おはようございます。ユウリ様、ハイド様」
ユウリは愛らしいスワンを手招きして自分の元へ呼ぶ。
スワンは大人しく言われるままにユウリの膝に座る。
「綺麗な髪の毛がほつれてしまっていますよ」
ユウリはそういうとテーブルに置いてあった櫛で優しくスワンの髪をといてやった。
「サラサラですね、あっ。そうだ……」
そう言ってユウリはスワンの髪を少量手に取ると細く編んでやる。
スワンの柔らかい髪の毛はユウリが編む通りにおとなしく形をなす。
スワンは自分の編まれた髪を触る。
「何これ?」
「可愛いですよっ」
ユウリはそう言って一人で手をパチパチと叩く。
「うーん……」
スワンは少し困ったような顔をする。
「可愛いですよ?ねえ、ハイド」
ハイドは手紙に目を落としていたがユウリに聞かれてはじめてスワンを見る。
「……ああ」
ハイドはしばしの間スワンの編まれた髪に目を止め、頷く。
「ほうら。ねえ、スワン」
ユウリは満足したようにスワンに笑顔を向ける・
スワンは納得していないような顔をしていたがしばらくするとニカッと笑ってユウリの膝の上に乗ったまま体の向きを変えてユウリに抱きついた。
「まあまあ、スワンは甘えんぼさんですね」
ユウリもぬいぐるみを抱くようにスワンをぎゅうっとしてやる。
「コホンッ」
ハイドが大きな咳ばらいをわざとらしくする。
すると、スワンがハイドを大きな瞳でギョロッと見、不思議そうな顔をする。
「ハイド様もギュッてしてほしいの?」
なんとも命知らずな子供の無邪気さとは恐ろしいもので、さすがのハイドもその発言には言葉を失った。
スワンはユウリの膝からぴょんと飛び降りるとハイドの元に近寄り。
ハイドにユウリにしたように抱きついた。
「まあ、そうだったの?ハイドもスワンが可愛いのですね」
ユウリは呆然としているハイドとニコニコと微笑んでいるスワンを眺めながら勝手に納得をする。
「どうして、そうなるんだ……」
ハイドは小さく呟いたがその声は膝にのっているスワンにさえ届かないような声でした。